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1.ペロブスカイト太陽電池
今年4月、岸田首相は再生可能エネルギー普及拡大に向けた閣僚会議で「2030年を待たずにペロブスカイト太陽電池の社会実装を目指す」と表明しました。
今月1日、UAE(アラブ首長国連邦)ドバイで開催された国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)で「2030年再エネ3倍増」が合意され、関連会合に出席した小池東京都知事はペロブスカイト太陽電池のサンプルを手にしながら「東京はあらゆる場所で発電できる世界初の未来都市になる」と発言しました。
ペロブスカイト太陽電池は日本発の技術です。厚さ約1mmの薄いフィルム型で、軽くて曲げることができ、従来のシリコン太陽電池が対応できなかった壁面や湾曲した屋根にも設置できる画期的製品です。
発電を行う鉛やヨウ素等から構成される結晶層を、電気を通す金属酸化物の膜や有機物の膜で挟みます。
ペロブスカイト(灰<かい>チタン石)と同じ結晶構造を有する物質を総称してペロブスカイトと呼んでいます。コンデンサー材料であるチタン酸バリウムや、銅酸化物の高温超伝導体の結晶構造として知られています。
ペロブスカイトの結晶構造は様々な物質を合成して作ることもでき、その物質の組み合わせは数百種類に及ぶそうです。つまり、希少ではないということです。
原子が稠密に凝縮されているため、超高圧環境下では一般的な構造です。地球内部、地下約660kmから約2700kmのマントル層はペロブスカイト構造と推測されています。さらに深い超高圧高温環境下では、より一層原子が稠密に詰め込まれたポストペロブスカイト構造と呼ばれます。
太陽電池には様々な種類がありますが、基本的には光エネルギーが当たると、電子(-)と正孔(+)が発生し、それらが移動することで電気を生み出します。
電子と正孔を発生させるペロブスカイト構造を人工的に作り、その結晶を溶剤で溶かしてフィルムに塗り、ホットプレートで温めれば瞬時に黒いペロブスカイトの膜が生成され、それに必要な部材を重ねれば太陽電池となります。
シリコン太陽電池と異なり、極薄フィルム(ガラスやプラスチック等の基板)上にペロブスカイト結晶構造を有する物質を塗布または印刷することで製造できます。簡単な方法のため、製造コストはシリコン太陽電池の半分程度。量産、低コスト化に適しています。
歪みに強く、薄くて軽量で柔軟性があり、フィルム状のため折り曲げることも可能です。
シリコン太陽電池の母材であるシリコンウエハーは薄く、割れ易く、ガラス等で保護する必要があります。厚さ3 mm程度のガラスに貼り付けてポリマーシートで挟む構造になっており、1平方m当たり11~13kg程度の重量のため、強度のある設置場所が必要です。
厚さ1μm(マイクロメートル)程度のぺロブスカイト太陽電池は、シリコン太陽電池に比べて厚さ100分の1、重さ10分の1です。
そのため、上述のとおりシリコン太陽電池のように広い敷地は必要なく、オフィスビルの壁や曲面等、これまで設置が難しかった箇所や場所も使用できます。駐車場、工場、倉庫、店舗等、耐荷重の大きくない建物の屋根等に設置できます。
また、ぺロブスカイト太陽電池はシリコン太陽電池に比べて光の吸収効率が高く、非常に弱い光でも発電できます。例えば屋内の蛍光灯の光や曇天下の太陽光でも発電できます。発電効率(エネルギー変換効率)は既にシリコン太陽電池に匹敵する水準に達しています。
宇宙空間では太陽光発電が唯一無二の日照中の実用的エネルギー源です。ほぼ全ての宇宙船や衛星に太陽電池が搭載されています。ペロブスカイト太陽電池は宇宙における最大の劣化要因である放射線に対して極めて高い耐性を有しています。
現在宇宙船や衛星で使用されているシリコン太陽電池のエネルギー変換効率は約30%とペロブスカイト太陽電池を上回るものの、ぺロブスカイト太陽電池のコスト面と放射線耐久性における優位性はその差を凌駕するメリットがあると考えられています。
ペロブスカイトは、太陽電池以外にも半導体レーザー、次世代光半導体素子、発光ダイオード等の用途もあり、様々な可能性を秘めています。
2.研究先行・実用劣後
ペロブスカイト結晶は圧電材料や電力を光に変換する発光材料としての研究が行われてきましたが、2009年、桐蔭横浜大学宮坂力教授がこれを太陽電池に使うことを考え出し、論文を発表しました。
宮坂教授は2006年に研究を始めましたが、当初の変換効率は3%台。論文発表時の2009年でも3.9 %程度に過ぎませんでした。
しかしその後、変換効率が10%台まで向上。2012年に科学雑誌で紹介されると世界的に注目され、その研究は世界に広まりました。
固体にすることで変換効率は10%以上となり、さらに研究が進んで実験室レベルで20%を超え、シリコン太陽電池に匹敵するまでになりました。現在の研究室レベルでは25%程度まで向上しているそうです。
EV、ドローン、衛星等への活用が見込まれるほか、低照度の室内でも発電できるためIoT端末機器等でも利用可能と考えられます。
2017年、理化学研究所がスパコン「京」を用いて材料スクリーニングを行い、鉛を用いない51個のペロブスカイト太陽電池の候補化合物を発見しました。
2021年、東芝はペロブスカイト太陽電池の独自成膜技術を開発し、フィルム型では世界最高のエネルギー変換効率15.1 %を達成しました。
東芝は2025年までに変換効率20%以上、受光部面積9平方メートル、発電コスト1 kWh20円以下の製品実用化に向けて開発を進めています。既に、塗布速度も量産化に必要とされる毎分6mを確保しています。
経産省はペロブスカイト太陽電池を次世代ソーラーシステムの本命と位置付けており、2030年度までに1 kWh14円以下の発電コスト達成を目標としています。総額2兆円のグリーンイノベーション基金事業でも最大498億円を開発に充てています。
今年に入り変換効率は実験室レベルで33.2%に達しているほか、シリコン太陽電池と重ねることでさらに効率を高めることができ、高付加価値の太陽電池を製造できるそうです。
日本は30cm四方のモジュールで太陽電池としては世界最高効率を達成しています。現状、日本の材料メーカーのこの分野における優位性は高く、世界中にペロブスカイト太陽電池を供給しています。
さらに、エレクトロニクス系メーカー、材料メーカー、化学メーカー等が実用化に取り組んでいます。
しかし、それだけ画期的な技術、製品であればこそ、海外勢も開発に注力しています。2011年、韓国成均館大学の研究者が初めてデバイスの全固体化に成功し、2012年にはオックスフォード大学と日本の産総研の共同研究で固体型太陽電池のエネルギー変換効率10%以上を達成し、世界の注目を集めました。
2014年、ケンブリッジ大学とオックスフォード大学の合同研究チームが、ペロブスカイト太陽電池が光吸収だけでなく発光性能にも優れていることを実証しました。
2021年、ポーランドのスタートアップ企業サウレテクノロジーズ社が世界で初めて量産に成功し、建物の外壁等に設置する太陽電池として出荷。英国や中国の企業も2022年に量産開始。
実用化に向けて世界各国で研究が進み、特に2021以降、韓国や中国において関連論文が数多く提出され、ベンチャー企業も誕生しました。1 平方cm以下の小さな研究用サイズで世界最高の変換効率を実現しているのは韓国です。また欧州でもいくつかベンチャー企業が誕生しています。
またまた基礎研究では日本が先行した分野で、実用化では海外に先行を許しています。「研究先行・実用劣後」「技術で先行して市場で負ける」日本の体質是正が急務です。
3.産出量世界2位
2010年頃、太陽光による発電シェアは全電源の僅か0.3%。その後、東日本大震災による原発事故を受けて政府は再エネ本格導入へ舵を切り、電気を買い取る制度をスタート。
太陽光は高値が付けられたこともあって大規模開発が進み、今では全電源の8.3%を占め、再エネを牽引。政府は2030年にシェアを14~16%へ倍増させる目標を掲げています。
太陽光の大規模設置が可能な平坦な土地は開発が進み、IEA(国際エネルギー機関)統計では平地面積当たりの太陽光発電容量は日本が世界断トツです。
しかし、導入量の伸びは近年縮小傾向にあり、適地が残り少なくなってきていることの証左です。
森林を伐採して設置し、雨で崩れる被害も相次ぎ、各地で反対運動も強まっています。自治体が条例で開発を規制するケースも2016年度26件から2022年度240件と急増。宮城県は森林伐採を伴う大規模開発には課税することを決めました。
その点、ペロブスカイト太陽電池はビルの壁や住宅のベランダ、耐久性が低い屋根や自動車のボディ等、森林伐採とは無縁の身近な設置場所を飛躍的に増やします。
ペロブスカイト太陽電池の実用化には市場形成が鍵となります。いかに優れた技術でも、市場がなければ普及しません。
日本はシリコン太陽電池では早くから政府が補助金で普及を支援。2000年代中頃まではシャープ、京セラ、三洋電機等の日本メーカーが世界シェアの半分を占有。しかし、その後補助が打ち切られて失速しました。
これに対し、中国は市場が拡大した欧州に狙いを定め、大型設備投資に注力して市場を席捲。日本企業は中国との価格競争に敗れて次々と撤退。今では世界シェアの大半を中国が奪取していますが、ペロブスカイト太陽電池で同じ失敗を繰り返すわけにはいきません。
ペロブスカイト太陽電池に関して、政府は2030年までに約650億円の支援予算を用意していますが、規模は十分とは言えません。また、予算打切りの懸念もあります。
政府は実用化見通しを示していますが、導入目標は立てていません。需要目処があれば企業も計画を立て易く、投資がし易くなります。政府施設、民間高層ビル等々、官民合同の導入目標の設定が急務です。
量産化によってコストダウンが実現できれば、やがて家庭用も普及すると思われますが、おそらく早くて2030年以降。まずは大規模建築物等への活用が期待されます。
日本が「研究先行・実用劣後」「技術で先行して市場で負ける」失敗を繰り返さないためには、政府による先導と普及完遂が不可欠です。
実用化を目指しているのは日本だけではありません。中国は政府の全面支援を受けた複数企業が量産化設備の整備を進めています。世界に約3万人と言われているペロブスカイト研究者の半分は中国籍と目されています。
さらに欧州でも、英オックスフォード大学を筆頭に大学発スタートアップ企業等が商品化に注力しており、競争は激化しています。
シリコン太陽電池失敗の原因は他にもあります。中国ではベンチャー専業企業が多く、退路を断って事業に臨み、政府も設備投資を支援しました。一方、日本は総合電機メーカーの一部門による事業でした。太陽電池が成功しなくても他部門で企業収益をカバーできたため、投資に迫力を欠きました。半導体産業衰退の構図とよく似ています。
現状、日本ではベンチャー企業も1社参入しているほか、政府の支援を受けて積水化学、カネカ、東芝等、5つの企業グループが実用化を目指しています。
ペロブスカイト太陽電池は湿度が高い環境に弱いほか、室内照明の光でも性能が劣化します。そこで重要なのはフィルム保護の技術です。精密機器等に埃や湿気が入り込まないよう密閉保護する技術をペロブスカイト太陽電池にも応用すべく、積水化学等が腐心しています。
同社は試作品を屋上に設置し、耐久性と発電効率を検証中。既に10年程度の耐久性に目処が立ったとして、2025年に大型化、量産化を目指しています。
NTTデータは来年4月から電力消費量の多いデータセンターの壁に設置して実証実験を行うと発表。全国16ヶ所のデータセンターでペロブスカイト太陽電池導入を目指しています。
京大発スタートアップ企業エネコートテクノロジーズ社はトヨタとペロブスカイト太陽電池を共同開発すると発表。現在はシリコン太陽電池と同程度の発電効率を最大で5割高め、2030年迄にEVの屋根等への搭載を目指します。
トヨタはプリウスPHVや一部EVで屋根に太陽電池を搭載するオプションを提供しています。今年発売のプリウスの場合、1平方m程度のシリコン太陽電池が載ります。
一般的な気象条件下で年間約1200km走行分の電気を発電し、屋根以外も活用して太陽電池面積を2倍に増やせば、計算上は約3倍の3600km走行分を発電できるそうです。
自家用車の年間走行距離は約1万km。その3分の1を太陽光で賄う計算であり、年間を通して近距離使用の車ならば、ほぼ充電不要です。
世界のペロブスカイト太陽電池の市場規模は2035年に約1兆円、2022年対比31倍との予測も出ています。シリコン太陽電池の轍を踏まず、市場シェア獲得に腐心すべきです。
もうひとつ重要なことは、ぺロブスカイト主原料のヨウ素の日本の産出量が、チリに次ぐ世界2位という点です。日本列島にはヨウ素を豊富に含んだ地下水があるため、原料を国内調達できます。
原材料のサプライチェーン網強化、経済安全保障の観点からも、ペロブスカイト太陽電池はシリコン太陽電池とは異質の価値を日本にもたらします。(了)