【第253号】以心伝心

皆さん、こんにちは。いよいよ夏本番です。くれぐれもご自愛ください。

かわら版では日常会話の中に含まれている仏教用語をご紹介しています。知らず知らずのうちに使っている仏教用語。それだけ日本人の生活に溶け込んでいるということです。

暑い夏にはクーラーが欠かせないですが、クーラーが嫌いな人もいます。複数の人がいる部屋では、温度調節にも以心伝心で気を使うことが必要ですね。と言って使った「以心伝心」も実は仏教用語です。

先月は隠密をお伝えしました。その際に、言語道断、以心伝心、方便も仏教用語と記しましたが、言語道断と方便はこれまでにご紹介済み。今月は以心伝心です。

お釈迦さまの教えは経典に記されていますが、文字や言葉に拠らないで、師の心から弟子の心へと直に伝えられることを指す言葉が「以心伝心」です。「心を以(も)って心を伝える」という意味です。

「以心伝心」はもともと「不立文字(ふりゅうもんじ)」「教外別伝(きょうげべつでん)」と並んで、禅宗の教えの伝え方を表現した仏教用語として知られていました。仏法の真髄を言葉を用いずに、師の心から弟子の心に伝えることを意味します。唐の禅僧慧能に始まる言葉です。

「不立文字」は何となくわかりますね。経典の文字だけに頼っていると教えは会得できないことを指します。「教外別伝」は経典に書かれていないことを伝授するのが禅の実践であるということを指します。

「以心伝心」「不立文字」「教外別伝」の原点とも言える言葉に「拈華微笑(ねんげみしょう)」という言葉もあります。

お釈迦様が霊鷲山(りょうじゅせん)で八万の衆生(大勢の人々)に向かって華(はな)を拈(ひね)って見せました。衆生の中で弟子の摩訶迦葉(まかかしょう)一人がお釈迦様の心を覚って微笑したという故事から生まれた言葉です。すなわち「拈華微笑」です。

摩訶迦葉はお釈迦様の十大弟子のひとりで、お釈迦様から正法を以心伝心で伝授された仏教第二祖、頭陀第一と呼ばれています。お釈迦様が入滅された後の経典編纂会議(第一結集)を取り仕切った魔訶迦葉の像は日泰寺山門に立っています。

現在では、文字や言葉に拠らなくても心や気持ちが自然に伝わるという一般的な意味で「以心伝心」は使われています。日常用語に転じて意味が変わって使われているものが多い仏教用語の中では、比較的元の意味に沿った使われ方をしています。しかし、本来は「人の気持ち」を理解するのではなく、「お釈迦様の教え」つまり「言葉では表わせない覚りや真理」を理解するということです。

人間関係も以心伝心の境地まで到達すると立派なものですが、もっと軽く「二人は何も言わなくてもツーカーだ」というような意味でも使われます。ちなみに「ツーカー」は戦後の言葉で、「つうことだ」と言うと「そうかあ」と返すので「つう」「かあ」となったというのが俗説です。真偽は不明です(笑)。

それでは皆さん、また来月。暑さにはお気をつけください。