政治経済レポート:OKマガジン(Vol.21)2002.3.25

元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。

私事で恐縮ですが、3月14日に母が他界致しました。享年79歳、たいへん優しい母でした。本当に多くの方々からご弔慰を賜り、誠にありがとうございました。天国の母に叱られないように、しっかりと職責を果たしたいと思います。

1.デフレは「原因」ではなく「結果」ではないか?

このところ株価が上昇し、3月危機を巡る緊迫感も若干後退した感があります。政府の総合デフレ対策や、スタートから1年を経た日銀の量的緩和政策が効果を表してきたのでしょうか・・・・。そういう可能性を完全に否定するつもりはありませんが、実態はおそらく違うでしょう。僕も、当局によるカラ売り規制や、年金資金による株式投資(いわゆるPKO=プライス・キーピング・オペレーション)による官製相場という傾向が強いと考えています。

理由が何であれ、株価が下がるよりは上がる方がいいでしょう。もっとも、これで、デフレ傾向が変わるということではありません。引き続き、デフレをどうやって解決していくかということに腐心する必要があります。

デフレを巡る経済環境は、1年前、2年前とは随分変わってきたと思います。デフレが、現在の不況や不良債権問題の「原因」だと主張する方々は少なくありません。たしかに、ちょっと前まではそういう傾向があったと思います。しかし、デフレを巡る経済環境はかなり変化し、今や、デフレは「原因」ではなく「結果」だという面を看過できません。「よく分からないなぁ・・・」という読者の皆さんの呟きが聞こえてきそうですが、今回は、この問題を少々論理的に考えてみたいと思います。

2.クラウディングアウトと金利水準

またまたよく分からない言葉が出てきたと思って、ここでメルマガを閉じないでください。クラウディングアウトとは、政府の活動が民間の経済活動の邪魔になるということを表わす経済用語です。

もう少し正確に言えば、政府が公共事業等を行う場合、税金や国債発行でそのための資金を集めなくてはなりません。そうすると、その分だけ民間経済が利用可能な資金を政府が吸い上げることになりますので、マネーマーケットの需給が逼迫し、金融市場が引き締まります。例えば、今、1000億円の資金があると考えてください。200億円の設備投資を行いたいと考えている企業が5社あるとします。政府が公共事業を行わない場合には、5社が各々200億円を獲得することができます。しかし、政府が200億円でダムを建設したいと考え、国債発行によって200億円の資金を吸い上げたとします。5社のうち、1社が資金を調達できないか、あるいは、各社が200億円全額を手にすることができなくなります。

さて、1000億円の資金を基準にして考えると、5社の企業は資金の需要者です。一方、その資金を供給する人がいるはずです。例えば、銀行です。銀行が1000億円の資金を供給し、5社の企業が1000億円の設備投資資金を獲得するという構図です。

お金の価格は金利です。政府が登場する前の上記の金融市場では、銀行が年5%で設備投資資金を貸し出す用意があったとします。しかし、公共事業の資金調達のために、政府が銀行に200億円分の国債を買ってもらったとします。その結果、企業の設備投資資金が足りなくなることは、既にお示ししたとおりです。

それでも、5社の企業が何とか1000億円分の設備投資資金を銀行から借りようとする場合、「年5%ではなく、6%でもいいから貸して欲しい」と言って銀行と交渉するかもしれません。つまり、お金の価格である金利を引き上げることで、何とか資金を調達しようとするのです。

このように、政府部門の活動によって、民間の経済活動が影響を受け、金利水準が上昇するという現象が、クラウディングアウトのより正確な意味です。さて、このことが、デフレは「原因」ではなく「結果」だという話と、どういう関係があるのでしょうか。

3.ゼロ金利政策下のクラウディングアウト

皆さん、ご承知のとおり、日銀は量的緩和政策とともに、実質的なゼロ金利政策も続けています。市場金利をほぼゼロ%の水準に維持するという政策です。デフレ対策の一環として行っています。

さて、金利水準がゼロの下で、2.でご説明したクラウディングアウトが起きるためにはどういう条件が必要でしょうか。

過去10年以上に亘り、国の毎年の当初予算とは別に、150兆円近い景気対策が行われています。平成13年度も、2度の補正予算が組まれたことは記憶に新しいことと思います。つまり、政府が公共事業等のために民間経済が利用できる資金を、その分、吸い上げていることになります。クラウディングアウトが起きている可能性があるということです。

でも、ちょっと待ってください。金利水準は日銀がゼロに抑えています。では、どうしたらクラウディングアウトが起きるのでしょうか。その答えを得るためには、名目金利と実質金利という概念を理解して頂く必要があります。

名目金利とは、まさしく表面上の金利のことです。2%と言ったら、2%です。一方、実質金利は、名目金利に物価動向を加味したものです。皆さんの預金のことを考えて頂ければ、理解し易いかもしれません。銀行の定期預金利(名目金利)が1%でも、物価が2%下落していれば、預金は1年間で1%目減りすることになります。

さて、日銀がゼロ金利政策を継続している中で、もし、クラウディングアウトが起きているとすると、背後で、実質金利が上昇するような「現象」が発生していることが必要条件となります。もう、お気づきの方も多いと思います。その「現象」こそが、物価下落、すなわちデフレです。

4.「ゼロ金利政策の呪縛」と「公共部門の縮小」

長引く不況の中で経済効果の低い(あるいは、全くない)公共事業等を続け、公共部門が肥大化し続けたことが、民間経済の利用可能な資金を少なくしています。その一方で、政策的に名目金利をゼロ水準に維持しているために、結果としてデフレが発生している可能性があるのです。デフレは「原因」ではなく「結果」かもしれないのです。

「じゃあ、日銀が名目金利を上げればいいじゃないか」と思う方もいると思います。しかし、現在の不況の中で、しかも、これだけ浸透してしまったゼロ金利政策を修正するというメッセージは、経済に強烈なインパクトを与えます。簡単には、金融引締的な政策転換を行えなくなってしまいました。「ゼロ金利政策の呪縛」と言えるでしょう。

だからこそ、「結果」としてのデフレを緩和するためには、大胆に「公的部門の縮小」を行うことが必要なのです。けっして、緊縮財政ということを主張しているのではありません。経済効果の低い(あるいは、全くない)政府活動は、思い切って縮小することが必要だということです。

政府には、こうした視点で、予算や事業の中身を徹底的に見直すことが期待されています。族議員の影響を排除して、意味のない公的資金(=皆さんの税金)の使い方を改めることが期待されています。政府は、はたして、十分にやっているでしょうか。

明日(26日)、参議院の財政金融委員会で質問に立ちます(議会用語で、「バッターになる」と言います)。今回のメルマガの考え方を、塩川財務大臣、柳沢金融担当大臣、速水日銀総裁と議論してみたいと思います。竹中経済財政担当大臣とも議論したいと思っていましたが、また、お出で頂けないようです。やはり学者出身の岩田政策統括官が出席してくださるそうです。

(了)