【Vol.470】全固体電池

緊急事態宣言の延長が決まりました。何とか9月末で解除になるといいですが、予断は抱けません。また、秋に感染が縮小しても、冬場には第6波が予想されます。それまでの間に、医療体制整備や経済対策に万全を期すことが必達です。加えて、世界の技術開発競争、経済競争は、コロナ禍の中でも止まってはくれません。日本を待ってくれるような悠長な世界ではありません。技術や産業の革新に向けて、少しでも寄与できるように頑張ります。

1.上海蔚来汽車

今やファーウェイは誰もが知る中国のスマホメーカー。しかし、数年前には日本人の多くは知らなかったと思います。僕自身も認識したのは2010年頃でした。

中国企業の漢字名称は非常にわかりにくいです。簡体文字や日本の常用漢字にない文字で表記されると、さらに読めません。

しかし、今や「華為」と書いて英語名称がファーウェイと多くの人が連想できます。ファーウェイは1987年創業です。

米国のトランプ前大統領がキックオフした米中対立の焦点企業のひとつであり、日本のニュースで連日報道されるようになって多くの日本人が知ることとなりました。

日本のメディアの報道内容はかなり偏っている気がします。とくに世界の政治経済の動向を視聴者や読者に伝える機能は低いと言えます。世界で報道されていること、注目されている企業等の情報が相対的に薄いと感じます。

昨年からにわかにカーボンニュートラルが話題になった感がありますが、世界のトレンドはもっと早くから始まっていました。

カーボンニュートラル実現に向けて様々な手法や課題が語られていますが、注目のひとつはもちろん電気自動車、EVです。

EVの車体価格の半分を占めるのがバッテリーです。バッテリーの性能と価格がEVの勝敗を決します。

寧徳時代新能源科技、文字化けではありません。この社名を見てCATLとわかる日本人もだいぶ増えましたが、中国のバッテリーメーカーです。

2011年創業のCATLは、2014年から出荷を始め、2017年にはパナソニックを抜いて世界最大のバッテリーメーカーになりました。わずか3年です。

現在のEVが積んでいるバッテリーはリチウムイオン電池が主流です。CATLが出荷を始めた頃は、パナソニックが世界の圧倒的シェアを占め、韓国のLGと2社でほぼ100%でした。それから7年、今やCATLが断トツで、パナソニックとLGが追走します。

上海蔚来汽車はどうでしょうか。英語名称、というより略称はNIO。日本では略称から「ニーオ」とか「ニオ」と呼ばれています。今や中国のテスラと言われる2014年創業のEVメーカーです。

そのNIOが、今年1月に2022年中に全固体電池EVを発売すると発表し、各国自動車メーカーに激震が走りました。

NIOは2014年11月に設立され、高性能EV開発に特化しており、量産は安徽江淮汽車(JAC)が担当しています。

会長の李斌(英名ウィリアム・リー)氏らが中国内で設立。設立当時の社名はNextEVで、2017年にNIOに改名。リー氏は自動車産業対象のインターネットサービス等を展開した事業家です。

本社は上海で、R&D(研究開発)拠点を上海、北京、米サンノゼ、独ミュンヘン、英オックスフォードに構えています。

2018年9月にニューヨーク証券取引所に上場しました。テスラ大株主の英運用会社がニーオの株式を約1割取得。このことから、投資家や競合他社がニーオのEVメーカーとしての可能性を認めていることがわかります。

2.全固体電池

電池は「電極」「活物質」「電解質」の3つで構成されています。円筒状の容器の両側が蓋で閉まっている状態を想像してください。両側の蓋が「電極」です。片方が「正極」で、もう片方が「負極」です。

その間には「電解質」が詰まっており、「活物質」や「活物質」に含まれているイオンが「電解質」の中で活動することによって「電極」間で電気が発生します。

リチウムイオン電池のイオンはリチウムイオンです。そして「電解質」はイオンが早く、活発に動き回れるような特性を持っていることが必要です。

電池メーカーによって「電極」「活物質」「電解質」に何を使うかは区々であり、その選択、組み合わせの工夫を競い合っています。

リチウムイオン電池ではそれらの選択や組み合わせはほぼ出尽くしており、次の技術革新が何かを巡って競っているわけです。

ここ数年脚光を浴びているのが全固体電池です。現在のリチウムイオン電池の「電解質」には有機溶媒、つまり液体が使われています。

しかし、液体の「電解質」は漏洩や発火、爆発の危険があります。また、リチウムイオン電池の性能(発電量、航続距離、重量等)向上はかなり限界に近付いています。

そこで「電解質」を液体ではなく固体にすることで、高性能の次世代電池として期待されているのが全固体電池です。「電解質」に固体を使うことで、安全性(発火抑止)、高出力、長寿命等のメリットがあると言われています。

その全固体電池実用化について、トヨタは2020年代前半、フォルクスワーゲンは2025年、日産は2028年を目標として掲げています。

そこに、NIOが2022年中の全固体電池EV発売を発表したことから、上述の激震につながりました。

日本の全固体電池の第一人者と言われ、トヨタと組んで開発を進めている東工大菅野了次教授は、今年春の経済誌インタビューで「実用化までは茨の道」と発言しています。

仮にNIOが発表どおりに来年実用車を販売開始すると、EVの主役の座をテスラから奪取し、世界の先頭に立つことになります。

では、その全固体電池はNIOの内製化なのか、あるいはバッテリーメーカーが提供するのか。そうであれば、そのバッテリーメーカーはどこか。現在、そうしたことが自動車業界関係者や投資家の間で話題になっています。

噂されているのが、中国の清陶能源(シンタオ・エナジー社)、衛蘭新能源(ウェイロン・ニュー・エネルギー・テクノロジー社)、台湾の輝能科技(プロロジウム・テクノロジー社)などです。いずれも、日本ではほとんど報道されていません。

あるいは、やはりCATLではないかとの情報も聞きます。仮にCATLが全固体電池でも先鞭をつければ、パナソニックもLGも追随できないでしょう。

また、NIO自身も既に時価総額で自動車メーカー世界3位につけており、全固体電池EV実用化トップとなれば、テスラの地位を脅かすことになるのは必至です。

NIOと並んで注目すべきは米国QS(クオンタムスケープ<Quantum Scape>)社。全固体電池開発の最先端を走る企業です。

同社はスタートアップ企業ではなく、2010年にスタンフォード大学のスピンアウト(研究者、教員、学生が創業)企業であり、既に10年以上が経過しています。

当初から同社の技術力と潜在力に着目する先は多く、2012年には早くもVW(フォルクスワーゲン)が出資しています。

これまでに製品化したものはほとんどないにもかかわらず、既に約20億ドル(約2200億円)の資金調達をし、しかも昨年秋にはSPAC上場企業と合併して時価総額は約30億ドル(約3300億円)以上に達しています。

SPACはSpecial Purpose Acquisition Companyの略です。上場時には事業をもたないペーパーカンパニーのため「空箱上場」と言われ、上場後にスタートアップ企業やベンチャー企業を買収して、被買収企業と合併することで実質的な上場企業は被合併企業側になるという手法です。

QSは昨年末時点で全固体電池に関する67の特許ファミリー(複数国で出願された単一の特許)を有し、テスラの前CTO(Chief Technology Officer)を役員として抱え、全固体電池の実用化製品のリリースは近いと言われています。

それが実現し、全固体電池のフロントランナーのポジションを数年間キープすると、その間にQSの株価は100倍以上になると指摘する市場関係者もいます。

全世界の自動車メーカー、関係企業にとって、NIOとQSの動向から目が離せません。

3.BaaS

NIOに話を戻しましょう。NIOがEV販売で急速に業績を伸ばしているのは、技術力や製品力によるものだけではありません。「BaaS」というEVの新しいビジネスモデルを実現したことも特筆すべきです。

「MaaS」はよく聞くようになりましたが、「Mobility as a Service」の略です。つまり、ICT(情報通信技術)を活用して自動車による公共交通システム全体をサービスとしてとらえるという概念です。

一方「BaaS」はNIOが生み出したEVのビジネスモデルであり、「Battery as a Service」の略です。「MaaS」に便乗した造語のようですが、中身は一理ありです。

つまり、EVのバッテリーは充電が必要であり、充電時間や航続距離、寿命等がEVの評価を左右します。

NIOは発想を転換し、バッテリー交換式という新しい仕組みを実現しました。つまり、バッテリー交換所を設け、そこにEVを持ち込んで、バッテリーを「充電する」のではなく「交換する」ということです。

NIOは国内に独自にバッテリー交換所を設けました。全自動で行われる交換作業は約3分、EV所有者はバッテリーの経年劣化を心配する必要がなく、しかも新規格のバッテリーが発売されれば、より高性能のバッテリーにバージョンアップできる仕組みです。

「BaaS」利用者はNIOのEV購入者の6割に及ぶそうですが、その場合は車体価格が購入時に20%ほど安くなり、約1万2千円の月会費で月6回までバッテリー交換が可能です。1万5千円の会費なら、使い放題だそうです。

つまり、月会費はガソリン代と同じであり、かつバッテリーの「サブスク」と言ってもいいでしょう。使い放題コースは自動車のヘビーユーザーには魅力的です。

NIOのEV航続距離は既にガソリン車並みであり、来年発売予定の全固体電池EVは約1000kmと噂されているので、ガソリン車を上回ります。

NIOの発表どおりになるのか、本当に全固体電池なのか、実は一過性の半固体電池ではないか、だからバッテリー交換式を前提にしているのではないか等々、競合他社は気を揉んでいます。

NIOは今年1月に新型セダンET7を公開しました。2022年発売予定ですが、ET7は自動運転用に設計されており、3.9秒で時速100kmに達し、航続距離1000kmと謳っています。これが全固体電池EVであれば、画期的です。おまけにQSの実用化発表が重なると、自動車市場の風景が一変するかもしれません。

NIOは自社開発のプラットフォームソフトウェアを使用した自動運転システムNAD(NIO Autonomous Driving)の構築も進めています。

超長距離高解像度LiDAR(ライダー<Light Detection And Ranging<光による検知と測距>)カメラ、ミリ波レーダー、超音波センサー等、計33台のセンシングユニットを装備していると説明しています。

自動運転レベルには言及していませんが「レベル3(条件付き運転自動化)」以上と考えられます。AIアシスタントシステムを搭載し、人間と自動車の音声コミュニケーション実現を狙っています。

1月のNIOによるET7発表直前の昨年11月、中国工業情報化省は同省主催のイベントで「2025年に国内販売自動車の半数を自動運転車にする」という工程表を公表しました。

最先端の科学技術分野で政府の統制を強化している中国ですから、工程表策定の前提としてNIO等とも綿密に擦り合わせをしていると考えた方がよいでしょう。

「サービスとしての自動運転」という表現も使っています。MaaSを実現するために段階的に「XaaS(X as a Service)」を具体化していく中国の戦略が垣間見えます。

そのステップのひとつが「BaaS」であり、その次は「AaaS(Autonomous)」のような気がします。自動車の保有形態や利用形態も変わっていくかもしれません。

中国のインターネット大手バイドゥ(百度)は自動運転レベル4(高度運転自動化)のロボタクシー公道実験を緊急時対応ドライバー同乗で昨年4月から始めています。

配車サービス最大手ディディ(滴滴)は早くも2018年に米カリフォルニア州での公道試験走行の許可を取得しています。米中は対立しているのか、実は協力しているのか、不思議な関係です。

自動運転レベル4の技術開発に特化したスタートアップ企業WeRide(文遠知行)は、完全無人での自動運転公道実験を昨年から中国国内で開始。次世代通信規格5Gを前提とした設計になっており、セーフティドライバーなしの公道実験です。

こうした他社の状況、QSの全固体電池の開発状況等を踏まえると、NIOが来年、全固体電池、自動運転レベル3のET7を発表しても、競合他社は「想定外だ」とは言えないでしょう。今からそれに備えること、対抗することが急務です。

NIOの今後の課題は自社生産体制です。これまでは安徽江淮汽車に製造委託していましたが、テスラ同様、自社生産体制を確立することで業績は飛躍的に向上します。

テスラは2021年の生産台数目標を100万台超と掲げています。NIOの2021年実績には要注目です。

CATLがリチウムイオン電池発売からわずか3年で世界トップシェアの座を奪取したように、NIOが数年でテスラを追い抜くことがあるかもしれません。

だからこそ、テスラは間接的にQSの大株主になって臨戦態勢を整えていると言えます。日本の産業界、それを支援する政官学各界も正念場です。(了)