【Vol.461】N501YとE484K

明日からゴールデンウィーク(GW)。東京、大阪、兵庫、京都には緊急事態宣言が出ているうえ、蔓延防止措置発令地域も増えそうです。去年に続いて自粛ムードのGW。行動様式の変更を定着させ、緊急事態宣言や蔓延防止措置がなくても感染が広がらない日常を実現しないと、夏も年末も同じことが繰り返される可能性大。正念場です。


1.細菌とウイルス

食中毒の原因になるサルモネラ、カンピロバクター、ブドウ球菌等は細菌。一方、胃腸炎や風邪の原因になるノロ、ロタ等はウイルス。改めて細菌とウイルスとの違いを整理しておきます。

第1は大きさ。細菌の単位は光学顕微鏡で見ることができる大きさで、1mmの1/1000のμm(マイクロメートル)単位。ウイルスは細菌よりもはるかに小さくμmのさらに1/1000のnm(ナノメートル)単位。ウイルスを見るには電子顕微鏡が必要です。

第2は構造。細菌は自己複製能力を有し、ひとつの細胞しかない単細胞生物です。ウイルスは蛋白質の外殻の内部に遺伝子(DNA、RNA)を有する単純構造微生物です。

細菌は糖などの栄養と水を摂取してエネルギーを生産する生命活動を行います。他の生きた細胞がなくても自分自身で増殖できます。

ウイルスは栄養と水があっても、単独では生存できません。自分自身で増殖する能力はなく、生きている他の細胞を宿主にして自分を複製、増殖します。

ウイルスが感染した細胞は、ウイルスが増殖して多量のウイルスが細胞外に出るために死滅します。その増殖したウイルスは、また他の細胞に入り込んで増殖を続けます。

宿主の細胞が次々と死滅するため、生物は耐えることができずに死に至ります。すなわち、ウイルスにとって他の細胞、他の生物に感染し続けることが生き残るための必須条件です。

第3は治療法です。細菌には、ペニシリンなどの抗生物質が有効です。抗生物質は細菌の細胞などを攻撃します。多細胞生物は真核細胞である(遺伝子が膜で覆われている)のに対し、細菌は原核細胞である(遺伝子が膜で覆われていない)ため、その異なる構造を利用して細菌だけに効くようにした薬です。

ウイルスには抗生物質は効きません。一部インフルエンザウイルスなどに有効な抗ウイルス薬(ウイルス増殖を抑制する薬)や中和抗体があります。

抗ウイルス薬はウイルスが細胞に寄生し、増殖した後、宿主細胞を脱出するサイクルの一部プロセスを阻害する、あるいは人体の抗ウイルス免疫機構に介入することで、ウイルス性疾患を治療します。中和抗体はウイルスの細胞への感染を阻害します。

ワクチンは、無毒化したウイルスを体内に入れて免疫力を高め、感染時のウイルス増殖を抑えます(不活性化ワクチン)。あるいは、遺伝子埋込型の新しいワクチン(mRNAワクチン)もあります。

今回使用されているワクチンは、中印露製品は前者、欧米製品は後者。mRNAワクチンは人類史上初の開発、使用です。詳しくはメルマガ459号をご覧ください。

感染予防には、清潔を保つことのほか、免疫力を低下させないことが大切です。十分な睡眠、栄養バランス、基礎体力、適度な運動、規則正しい生活、嗽(うがい)、手洗い等がポイントです。

部屋の換気、湿度や温度の調整等、ウイルスの生息しにくい環境作りも大切です。ウイルスは低温、乾燥状態で安定的に生息します。

2.N501YとE484K

昨年1月、国内で初めて確認された中国武漢株は、その後消滅。昨年3月から始まった第1波は欧州株由来。そして現在、欧州株由来のN501Y変異株に置き換わりつつあります。

変異株はなぜ発生するのか。ウイルスは人の細胞に入り込み、遺伝物質のRNAをコピーさせて増殖する際、一定確率でコピーミスを起こし、変異が発生します。

現時点における変異の主流は2つ。ひとつはN501Y。ウイルスタンパク質501番目のアミノ酸がN(アスパラギン)からY(チロシン)に変わり、スパイクタンパク質が人の細胞と結合しやすくなったことを意味します。英国で最初に見つかりました。

南ア株とブラジル株は484番目のアミノ酸がE(グルタミン酸)からK(リシン)に変化したE484K変異を併せ持つ二重変異株。

英国型は感染力が強く、重症化率や死亡率が高いようです。一方、現時点ではワクチンの効果に大きな影響はないとされています。

南ア型、ブラジル型も感染力は高いものの、重症化率は変わらないようです。抗体のウイルス攻撃力を低下させ、再感染リスクを高めると言われています。E484K変異の特徴かもしれません。

変異株は子どもへの感染リスクが高いことも確認されています。国立感染研は4月初時点の大阪と兵庫の新規感染者の約7割が英国型と推定しています。

さらに新たな変異ウイルスも続々見つかっています。フィリピンからの入国者からN501YとE484Kの両方の変異(二重変異)があるウイルスを検出。

インドで猛威を振るっている変異ウイルスも検出。やはり二重変異。インド型とは別の二重変異ウイルスも見つかっています。

さらにE484K変異のみを有する別のウイルスも約500例見つかっていると聞きます。上記のように抗体の力を弱める傾向が観察されており、要注意です。

ところで、政府がスクリーニング検査の対象としているのはN501Yのみ。E484Kは感染力が弱いとしてスクリーニング対象にしていません。

E484Kの感染力はN501Yほど強くなく、ワクチンの効力低下の影響もないとしているほか、検査試薬が十分にないこと等を理由に、検査対象に含めることには慎重のようです。

しかし、今や感染者数はN501Yより多く、子供の感染率、再感染率等に懸念があり、監視の必要性があります。検査負担が大きいことが対象を狭める理由にはなりません。

E484Kのみ変異株には、治療上の必要性等から自治体や医療機関が独自検査で対応しています。今後、英国型以外の新たなE484Kのみ変異株の動向に注意が必要です。

コロナ禍を克服するには、もちろんワクチンが重要です。ワクチンについてはメルマガ459号で整理しました。

しかし、生産量(供給量)にネックがあるうえ、将来的に変異株がワクチンの有効性を低下させる可能性があります。

したがって、治療薬の重要性が一段と増しています。当初話題になったアビガンは治験中。抗寄生虫薬イベルメクチンについてもメルマガ459号でお伝えしました。

今月、バリシチニブ(商品名オルミエント)が承認されました。国内でのコロナ治療薬承認は、レムデシビル、デキサメタゾンに続いて3例目です。

米国ではレムデシビルと併用して使用することで効果があるとして、去年11月から緊急使用が認められました。

バリシチニブは関節リウマチやアトピー性皮膚炎の治療薬です。肺炎治療に効果があり、レムデシビルとの併用投与になります。

対象となるのは酸素吸入が必要な中等症から重症の成人患者。1日1回錠剤を服用し、投与期間は14日間までです。

バリシチニブは、免疫機能が暴走して炎症が起き、急激に症状が悪化するサイトカインストームを抑える効果が見込まれています。

海外治験では、バリシチニブをレムデシビルと併用した場合、レムデシビル単独で使用した患者と比べて回復が早く、死亡率も大幅に低下しています。

3.ドラッグ・リポジショニング

2002年に中国で発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)の原因はコロナウイルスの一種。翌年にWHOが収束宣言を出すまでに約1万人が感染し、774人が死亡しました。

同じくコロナウイルスの一種が原因のMERS(中東呼吸器症候群)が中東地域で発現したのはSARS発生10年後の2012年。WHOが今年1月までに公表した感染者数は2566人、死亡者は881人。

1976年以来、アフリカを中心に流行と収束を繰り返すエボラ出血熱。30回超のアウトブレイク(突発的集団感染)が発生し、最大流行は初現から38年後の2014年。2万人以上が感染し、約4割が死亡。昨年、今年もコンゴ等で発生しています。

SARS、MERS、エボラとも完成したワクチンや治療薬はなく、対症療法に依存。新型コロナウイルスも完全収束は考えにくく、長く向き合わなくてはなりません。

前項のとおり、治療薬として現在日本で認可されたのは3つ。しかし、レムデシビルはWHOが「治療薬として推奨しない」と勧告しています。

このほか、日本で開発されたナファモスタットも注目されています。1986年発売の急性膵炎等の治療薬。現在、日本を中心にコロナ治療薬として臨床研究中です。

ナファモスタットの効果は主に2つ。1つは炎症を抑えること、もう1つは血液を固まりにくくすること(抗凝固作用)。

昨年3月、東大医科学研究所がナファモスタットには新型コロナウイルスが細胞に侵入するのを阻止する働きがあり、治療薬となる可能性があると発表。

コロナウイルスは遺伝情報が書き込まれたウイルスゲノムRNAが外膜に囲まれた構造です。外膜はエンベロープと呼ばれ、細胞感染時に必要なスパイクタンパク質が棘のような突起になっています。もはや見慣れたウイルスの姿です。

ちょっと専門的ですが、感染時のメカニズムを整理してみます。

スパイクタンパク質がヒトの気道の細胞膜にあるACE2受容体(アンジオテンシン変換酵素2受容体)に結合。続いて同じく細胞膜に存在するTMPRSS2(セリンプロテアーゼというタンパク分解酵素)によってスパイクタンパク質の一部が切断されます。

この反応が引き金となって新型コロナウイルスの外膜と気道の細胞膜が融合し、ウイルスが細胞内に侵入し、感染が成立します。

ナファモスタットは上記のセリンプロテアーゼの動きを抑制する薬です。

一見、コロナと関係がなさそうな薬であるナファモスタットがどうして着目されたのか。それには理由があります。

MERSウイルスもセリンプロテアーゼの動きが契機で感染します。東大医科学研究所は2016年にナファモスタットがセリンプロテアーゼの動きを抑えることで感染を阻止する働きがあることを発見。

同研究所は、新型コロナウイルス感染症の治療薬開発にあたり、4年前の研究結果からナファモスタットが有力候補ではないかと考えました。

そこで役に立ったのがドラッグ・リポジショニング。既存薬から別の病気に有効な薬剤を見つけ出すことを言います。

新しい薬剤をゼロから開発するには長い時間と多額の資金が必要です。もし、特定の病気に対する効果が証明済の医薬品を再利用できれば、時間と資金が節減できます。

ドラッグ・リポジショニングのために既存の医薬品や医薬品候補のデータベースが整備されており、そこからナファモスタットが見い出されました。

このメルマガを書いている最中にファイザーが新しい治療薬、しかも自宅でも服用可能な治療薬を開発したとの報道を知りました。年末にも発売されるそうです。

新型コロナウイルスとの闘いは長期化しそうです。しかも変異は続きます。治療薬、ドラッグ・リポジショニングに期待したいところです。(了)