【Vol.459】イベルメクチン

緊急事態宣言が解除されましたが、感染者は漸増傾向。宣言再々発令の判断は簡単ではありませんが、増え続けるようなら検討せざるを得ないでしょう。問題は判断基準。医療リソースの状況次第とも言えますが、どうも判断基準が一貫していません。加えて、情報開示、医学的・疫学的・科学的説明が不十分。日本の構造問題です。

1.ワクチン

緊急事態宣言が解除されました。東京五輪聖火リレーに合わせて無理に解除した印象ですが、緊急事態をずっと維持することにも無理があります。

ワクチンと治療薬の普及で、社会全体としてインフルエンザ並みの抵抗力と治癒力を確保することが喫緊の課題です。

しかし、日本のワクチン接種率はあまりにも低い。3月20日時点でわずか0.4%。イスラエルの接種率59.6%が最も高く、他の主要国は英国39.6%、米国23.7%、ドイツ8.6%、フランス8.3%などです。

そうした中、アストラゼネカが2900万回のワクチンを秘匿していたことが発覚。物議を醸しています。ワクチンは必要ですが、どうも製薬会社の思惑どおりの展開になっている気がします。こういう事実が出てくるとますます怪しい。

ワクチンについて整理してみます。ワクチンの始まりは1796年。英国人医師エドワード・ジェンナーが牛の乳搾りをする人に天然痘患者がいないことに着目。

乳搾りに従事すると牛痘に感染しがちですが、重篤化はしません。ジェンナーはそれが天然痘に罹らない原因と推察し、8歳の少年に牛痘を接種。病原体を体内に入れることが感染防止になることを確認。ワクチンの始まりです。

以来、ワクチン開発は進み、製法によって複数の種類に別れました。現在は従来型ワクチンと新型ワクチンに大別されます。

従来型の第1は生ワクチン。天然痘ワクチンもこれです。感染予防効果が高いものの、生きたウイルスを接種するので、実際に感染し、副反応が生じ易いようです。

第2は不活性化ワクチン。生きたウイルスではなく、ウイルスを殺して(不活性化して)接種します。ウイルスを培養し、ホルマリン等で殺してから精製されます。

インフルエンザワクチンはこのタイプ。副作用が少ない一方、免疫反応(感染防止効果)が弱いため、補助剤(アジュバンド等)を用いて効果を高めます。

第3は組換えタンパクワクチン。ウイルスそのものを培養せず、ウイルスの一部(精製されたタンパク質)だけを合成精製して接種。不活性化ワクチンと同様、免疫反応は弱い一方、副反応は起きにくいです。

従来型と異なる新型ワクチンは、ウイルスの一部であるタンパク質の「設計図」だけを人工的に精製して投与し、体内でウイルス成分を作らせ、免疫機能を刺激します。

第1はウイルスベクターワクチン。ベクター(運び屋)と呼ばれるウイルスに「設計図」であるDNA(デオキシリボ核酸)を注入したもの。

第2はDNAワクチン。「設計図」であるDNAにウイルス突起(スパイクタンパク質)を作る情報を組み込み、それを接種して細胞内に届けます。

第3はmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン。やはりウイルスの「設計図」であるRNA(リボ核酸)を合成し、ヒトに接種します。

いずれも体内に入った「設計図」をもとに細胞内でウイルスの一部(精製されたタンパク質)を生成。免疫機能がそれに反応して抗体を作り、本物のウイルスが侵入した時にいち早く攻撃できる体制が構築されます。

遺伝子工学、遺伝子治療等の応用技術ですが、SARS、MERSが流行した頃から開発がスタート。しかし、SARS、MERSが収束し、症例数が減少したために中断しました。

新型ワクチン開発は将来のことと思われていた矢先に発生したのが今回のパンデミック。新型ワクチン開発が急務となり、これまでの蓄積技術がが実用化されました。

2020年12月、世界初の新型ワクチンをファイザー、ビオンテックが製造。mRNAワクチンであり、米国が緊急使用を許可。モデルナもmRNAワクチンです。

人工合成されたRNAは壊れ易く、細胞に届きにくいため、脂質粒子で包んでカプセル状にして体内に届ける技術が使われています。

アストラゼネカはウイルスベクターワクチン。安全性が高いと言われるチンパンジーのアデノウイルス由来のベクターが使われています。

2.イベルメクチン

治療薬では抗ウイルス薬のレムデシビルが既に使用されています。エボラ出血熱治療薬として開発されましたが、コロナにも有効とされ、ウイルス増殖を防止。日本で承認された一方、WHOは推奨していません。

重症化を防ぐ治療薬としてはデキサメタゾンというステロイド剤も使われています。本来はリウマチやアレルギーの薬ですが、免疫機能を強化し、炎症を鎮めます。

コロナの特徴のひとつとしてサイトカインストーム(ウイルスを撃退する免疫系が暴走して自身の細胞を傷つけて重症化する症状)が知られていますが、デキサメタゾンはそれを抑えます。

日本で未承認のアビガンも早くから各国で使われていました。今注目されているのはイベルメクチン。開発したのは北里大学特別栄誉教授の大村智博士です。

大村博士は微生物が生成する天然有機化合物を研究し、これまでに480種超の新規化合物を発見。うち25種が医薬、動物薬、農薬、研究用試薬として実用化。感染症予防、創薬分野の第一人者で、生命科学に多大な貢献をしています。

2015年に日本人で3人目となるノーベル生理学・医学賞を受賞。しかし、自然科学系のノーベル賞受賞者としては意外な経歴です。

山梨大学学芸学部(現教育学部)を卒業。高校教員をしながら、東京理科大学大学院理学研究科修士課程を修了。

山梨大学助手、北里研究所研究員として勤務。研究論文で東大から薬学博士、東京理科大から理学博士の学位を授与され、北里大学薬学部助教授に就任。米ウェズリアン大学客員教授を経て、帰国後は北里大学薬学部教授に就き、今日に至っています。

大村博士の発見物質のひとつに放線菌が生成するアベルメクチンというものがあります。静岡県伊東市内のゴルフ場近くで採取した土壌から発見した新種放線菌が産生する物質。それをもとに開発された薬がイベルメクチン。抗寄生虫薬として活用されています。

寄生虫等に由来する熱帯風土病に優れた効果を示し、中南米やアフリカで毎年約2億人が服用。沖縄や東南アジアの糞線虫症治療薬としても威力を発揮しています。

また世界中で年間3億人以上が感染する疥癬(かいせん)の薬としても知られています。疥癬はヒゼンダニによる皮膚感染症。湿瘡(しっそう)、皮癬(ひぜん)とも言いますが、皮膚疾患の中では最高度の掻痒(痒み)です。

ヒゼンダニの大きさは雌成虫で体長約400μm、体幅約325μm。肉眼では見えません。交尾後の雌成虫が皮膚の角質層内にトンネルを掘って寄生。約2ヶ月間、1日に1mm程度の速度でトンネルを掘り進め、100個以上の卵を産み落とします。

書いているだけで痒くなりそうです。その内服薬として2006年8月に保険適応となったのがイベルメクチン。商品名はストロメクトール。日本ではMSD(メルク)が製造しており、腸管糞線虫症、毛包虫症の治療薬でもあります。

MSDは2009年に米国製薬大手のメルクとシェリングプラウ社が経営統合した米国メルクの日本法人として2010年設立(旧万有製薬も統合)。

ルーツはドイツ。創業は17世紀に遡り、現存する医薬品・化学品企業としては世界最古の歴史を有します。

1668年、創業者(フリードリッヒ・ヤコブ・メルク)がドイツのダルムシュタットで薬局の経営権を取得したことに始まり、1880年頃から世界に事業展開。

しかし、第1次大戦末期の1918年、ドイツ国外の多くの事業拠点は連合国に接収され、米国では独立企業化。メルクグループは1995年、フランクフルト証取に上場しました。

2018年時点で275人と言われる一族が株の約70%を保有し、本社内にあるファミリー企業が経営を監督。事業の細部には関与せず、1億ユーロ以上の大型投資案件、役員報酬、人事等の諾否を握っています。

保有株は一族内の売買か相続でしか移転できず、新たに株主となる者は「メルク大学」と呼ばれる研修を受講することを求められると聞きました。

今回初めて知りました。要するに世界的ファミリーコンツェルンがコロナに有効と言われるイベノメクチンの帰趨を握っています。

3.大村博士とメルク

イベルメクチンは1981年にヒトより先に動物へ投与開始。ウシの寄生虫駆除にも使われていますが、牛肉に成分が残留するため、許容値が設定されています。

水溶性が低い一方、脂溶性が高く、脂肪細胞と肝臓細胞に局在し、ほとんど尿中排泄されません。血中半減期が約47時間と長く、副反応はほとんどなく、臨床上有用な薬物です。

上述のとおりコロナの特徴的症状がサイトカインストーム(免疫暴走)。イベルメクチンはサイトカインストームとウイルス増殖の抑止に有効と期待されています。

既に世界27ヶ国から有効性を認める研究報告が44件公開されています。合計15420人に投与され、予防89%、早期治療82%、死亡率75%の改善が観察されています。

ハーバード大学による投与群704例の致死率は1.4%、同数の非投与群は8.5%。人工呼吸器装着患者では7.3%と21.3%の差があります。

時系列で整理します。2020年4月、米国ユタ大学研究チームがイベルメクチンにコロナによる死亡率改善効果があるとする報告書を発表。

人工呼吸器使用患者のうち、イベルメクチン未使用症例の死亡率は21.3%、使用症例では7.3%と約3分の1。患者全体では、未使用症例の死亡率8.5%に対して使用症例では1.4%と、約6分の1に抑制されたそうです。

同年4月4日、豪州モナッシュ大学研究チームは、イベルメクチンでウイルス複製を48時間以内に止めることができたと発表。早期実用化を表明。

同年5月8日、これらの研究を受け、ペルーは早くもイベルメクチンを治療薬として承認することを発表しました。

2021年1月4日、英国リバプール大学は、イベルメクチン投与患者573人中8人の死亡に対して、プラセボ(偽薬)投与患者510人のうち44人が死亡したと発表。致死率が最大80%改善したほか、ウイルス除去時間を短縮できることも判明と説明。

同年3月5日、仏バイオテック企業(メディンセル社)がイベルメクチンの安全性を証明する分析結果を発表。

2021年入り後、報道されただけでも、南アフリカ、スロバキア、チェコ等で治療薬としての承認、採用を発表。因みにアフリカでは、イベルメクチンはオンコセルカ症(糸状虫症)患者にボランティアが配布しているほど安全だとされています。

コロナ対策(とくにワクチン接種)の最先端を走るイスラエルも、イベルメクチンがウイルスの排出量抑制、期間短縮、症状改善に効果があり、既知の用量であれば非常に安全であるとの見解を表明しています。

日本では2020年5月6日に北里大学がイベルメクチンの治験を実施すると発表。同年12月4日、厚労省のコロナ診療手引き(第4版)に国内治験が行われている薬剤としてイベルメクチンを追記。

2021年1月26日、東京都がイベルメクチン治験を都立病院等で実施検討と判明、2月9日、東京都医師会長が自宅療養者の重症化防止のための緊急使用提言、3月9日、東京都医師会が自宅療養者に対して副作用を説明したうえで投与検討と発表。

イベルメクチン製造元のメルクが効果に疑問を呈する一方、大村博士は「作用機序」から判断して変異株にも効くうえ、飲むのが簡単で、服用回数も少なくて済むと使用を推奨。

「作用機序(Mechanism of Action)」は薬学用語。薬が標的分子(タンパク質)にどのように作用して効果が発現するかの「仕組み」。対照語は「作用機構 (Mode of Action)」。薬による細胞レベルの機能的、解剖学的な「変化」を示すそうです。

メルクはなぜ否定的なのか。大村博士は雑誌の中で「メルクはイベルメクチンが使われては困るという考え」と指摘し、企業利益の問題が絡むと述べています。

メルクはワクチン開発に失敗したのち、新治療薬候補モルヌピラビルの治験を進めています。イベルメクチンは1錠700円程度に対し、新薬は1錠数万円と想定され、当然後者を推奨したいでしょう。イベルメクチンの有効性が公認されれば、高い新薬は不要となり、投入した開発費も回収できなくなるリスクがあります。因みにレムデシビルは1人分24万円です。

3月4日、米医学誌(JAMA)がコロンビアにおける治験でイベルメクチンの安全性と有効性は確認できなかったと発表。米ユタ大学の発表論文も取り下げられていることが判明。

3月8日、FDA(米食品医薬品局)がイベルメクチンを使用しないように注意喚起。コロナ治療薬としては未承認であり、リスクがあることを強調しました。

素人には何が正しいのか判断できませんが、新型ワクチン開発技術が確立した直後にコロナパンデミックが発生し、人類史上初めてウイルスベクターワクチンやmRNAワクチンが投与され始めたことも含め、いろいろ考えさせられます。(了)