【Vol.457】ロビンフッター相場の深層

関西3府県や愛知県が緊急事態宣言解除を要請しました。ワクチン接種も始まっています。このままコロナ禍が収束することを願いますが、コロナ禍対策として行っている財政出動、金融緩和は簡単に収束できない状況に追い込まれています。そんな中での株価の高騰。その背景要因との関係では、先行きが懸念されます。


1.YOLO

世界の主要金融機関で組織するIIF(国際金融協会)は世界債務残高が2020年末に過去最大281兆5000億ドル(約2京9707兆1795億円)に達したと発表。内訳は先進国が前年比11%増の約203兆ドル、新興国が同4%増の78兆ドルです。

2020年1年間で9.4%増。2019年末に321%だった世界GDP(国内総生産)比は356%に上昇。リーマンショック直後の2009年の15%ポイント上昇に対し、35%ポイントも上昇。コロナ禍に伴う各国財政出動が原因です。

各国の財政出動、それを支える金融緩和の結果として起きているのが株価上昇です。日経平均は30年6か月ぶりに3万円を突破し、米国株価は史上最高値を更新しています。

そうした中、米国で起きた「ゲームストップ」株を巡る騒動。ロビンフッターと呼ばれる個人投資家が主役です。

ロビンフッダーは、ロビンフッド証券が提供する手数料無料アプリを使って投資する個人投資家を指します。同社は2013年にシリコンバレーで創業したネット証券。

アプリ利用者(個人投資家)から手数料を取る代わりに、売買注文をマーケットメーカーに回し、マーケットメーカーからキックバックを貰う構造になっています。

ペイメント・フォー・オーダーフローと言われるビジネスモデルです。アプリ利用者のコストは実はゼロではなく、約定価格を調整する(アプリ利用者に少し分が悪い価格で約定する)ことで実質的なコストを負担させられています。

市場での約定価格とアプリ利用者との約定価格の差分が、マーケットメーカーとロビンフッド証券の儲けになっています。

ロビンフッドのアプリは株式売買をゲーム感覚で楽しめるように設計されており、「株式投資のゲーム化」につながりました。アプリ利用者は既に約2000万人と言われており、ロビンフッド証券はそれだけの顧客を獲得しているということです。

ロビンフッド証券は、初心者に対しても積極的にオプション取引を勧誘しています。レバレッジをかけて少額で大きな取引ができることから、投資元本の限られている個人投資家に人気を博していますが、率直に言って危ないですね。

しかも、ロビンフッター達の合言葉が「YOLO(You only live once)」つまり「人生は一度しかないのだから楽しもう」。やはり危ない感じがします。

ロビンフッターがオプション取引を発注した際、その反対側で注文を成立させる役目を果たすのがマーケットメーカーと呼ばれる証券会社です。

オプション行使価格に近づいてくると、マーケットメーカーはオプション行使時に備えて現物株を買い増し、ヘッジ比率を引き上げる必要が生じます。

マーケットメーカーはそうならないように、ロビンフッター達のオプション行使価格への到達阻止のために売り向かいます。言わば、敵対して売り浴びせるわけです。

ところがロビンフッダー同士(お互いに顔も名前も知らない同士)がSNSを通じて情報交換して結託し、マーケットメーカー相手にいわゆる「仕手戦」を繰り広げています。

ロビンフッター達が結託して買い上がると、マーケットメーカーは売り浴びせている場合ではなくなり、オプション行使に備えて現物株ヘッジ買いを余儀なくされ、それがまた価格を上昇させます。

ロビンフッダー達は空売り残高の多い銘柄を好んで買い上がります。その理由は、その銘柄を空売りしているヘッジファンド等の投資家が、予期せぬ急激な株価上昇で慌ててその空売りを買戻すことを誘発する狙いがあるからです。

1月の最終週、ゲームストップ株をショートしていた大手ヘッジファンドのメルヴィン・キャピタルが、株価急騰で大きな損を出し救済される展開になりました。

また、ロビンフッド証券が商いの集中したゲームストップ株の新規買い注文を受け付けない措置を打ち出しました。

証券会社は約定日から受渡日までの2日間、約定金額の一定の割合を証拠金として決済機構に差し出す必要がありますが、取引量が多かったために証拠金総額がロビンフッド証券の手元資金を超えてしまったためです。

この状況はロビンフッターと呼ばれる個人投資家と、ロビンフット証券、マーケットメーカー、ヘッジファンド等の機関投資家の「戦い」が限界に来ていることを示唆しています。

2.ダブルバブル

ロビンフッターというニューカマーも登場した今の株価はバブルか否か。この論争は、実際にバブルが崩壊しない限り、決着しません。

バブル派も非バブル派も金融緩和と財政出動がコロナ禍を支えている事実は否定できず、これを止めることを主張し難い状況です。

株式市場の神様のように扱われたFRB(米連邦準備制度理事会)グリーンスパン元議長も「バブルは終わってみないと分からない」と語っていました。バブル論争よりも、現状に至った経緯、及び今後の展開に影響する要因整理が重要です。

コロナ前の日米株価の傾向と背景は異なりました。日本はアベノミクスに端を発する黒田日銀総裁の異次元緩和。しかも日銀がETFを買って株価を直接支えていました。

一方、米国は米中貿易戦争の影響緩和のための景気対策。トランプ大統領がFRBパウエル議長に緩和を強要。金融緩和が社債市場に影響を与えていました。

信用力の低い企業も社債で資金調達が可能となり、その社債をパッケージングした証券化商品が販売され、低金利下で運用難の金融機関がそれを購入していました。

社債発行企業は調達資金による自社株買いで株価を上昇させ、株主と経営者はストックオプション等で稼得。利害関係者のウィンウィン構造の社債バブルでした。

ところが昨年初からのコロナ禍。社債バブルも、それによる株価高騰も崩壊。すると、リーマンショックから教訓を得ていた政府とFRBは未曾有の規模の財政出動と金融緩和を断行。FRBは社債の大量購入も行い、社債バブルが再燃しました。

コロナ対策の政策効果によって株価も高騰。コロナバブルで最高値を更新する米国株価に連動して日本の株価も高騰。現在に至っています。

非バブル派は、今はバブルではないことの根拠として、リーマンショックや日本の89年バブルとの比較論を語ります。

リーマンショックも89年バブルも、借金が投資に回り過ぎたことで発生しました。しかし、コロナバブルは「借金による投資拡大」ではなく、実体経済に急ブレーキがかかったことに対する財政政策、金融政策の結果として発生しています。

主要国政府はリーマンショックで信用収縮の怖さを経験したため、長短金利がゼロからマイナスゾーンになっても、財政拡大を支える金融緩和を深掘りししました。一度は暴落した株価を回復させ、その後の高騰につながっています。

また、リーマンショックや89年バブルはデリバティブ商品や土地が投機対象。今回はそうした現象は前回ほどは起きておらず、健全な企業株が買われていると主張します。

コロナ禍に対応したDX(デジタル・トランスフォーメーション)や新需要を取り込んだ企業の業績は好調です。それらの株が買われているのであり、現在の株価の動きは理性的、合理的と評価しています。

89年バブルの経験が活かされ、かつてのような意味でのバブルは発生していないとの見方です。

また、今回は日本単独の株高ではない点も強調します。89年バブルは85年プラザ合意後の円高対策としての金融緩和に伴う日本単独バブル。今回はコロナ禍克服のため日米欧3極同時の金融緩和及び財政出動に伴う株価高騰。根本的に異なると主張します。

そして、コロナ禍発生前後で信用リスクを負う主体が変化。コロナ前は専ら民間部門でしたが、コロナ後は政府部門が牽引。とりわけ米国において顕著です。

以上のとおり、非バブル派が今の日本株価はバブルではない、あるいは89年バブルとは異なると主張する根拠はいろいろありますが、現在の状況が超金融緩和による「カネ余り」がもたらす金融相場であることは否定できません。

これが、企業業績の改善が後押しする業績相場に本格的に転換していくかどうか、その点が今後のポイントです。

現在、業績が好転しているのはエネルギーや消費財等、業種に偏りがあります。逆にコロナ禍で現在の業績が芳しくないばかりでなく、コロナ収束後も消費者行動やライフスタイルの変化によって先行きが危ぶまれる業種も少なくありません。

この2極化状況が今後どうなるかも、コロナ後の景気動向や株価に影響を与えます。

3.コロナジレンマ

非バブル派は、株価上昇に「持たざるリスク(FOMO:Fear of Missing out<取り残される恐怖>)」を感じる人が増え、買いが買いを呼ぶと囃します。典型的な楽観論です。

実際に起きることは、グリーンスパン元議長の言うように終わってみないとわかりません。今は要因整理が重要です。

現在の相場に世界的低金利が影響していることは否定できません。利回りを求める投資マネーは行き場を失い、株やジャンク債に向かっています。

米国マネーサプライ(M2)は平時は成長率並みの増加率ですが、現在は前年比20%以上の高い伸び。FRBのこの量的緩和が米国株価を上昇させ、そのミラー(鏡)相場として日本株価も上がっています。日本ではさらに日銀が株(ETF)を直接買っています。

昨年末の経済誌に掲載された2021年末株価予想は、上値3万4800円、下値2万3500円。結果は神のみぞ知る世界ですが、変動要因について整理しておきます。

第1にPER(株価収益率)。米国では経験的にS&P500株価指数のPERが20倍を超えると高値圏となり、その後の調整が発生する確率が高いと言えます。

日経平均3万円超の2月15日終値で、予想利益(日経発表)に対する日経平均PERは23.2倍、東証1部全体で25.5倍。約25倍なので、米国基準に照らすと警戒が必要です。

株価理論値(P)は、利益成長率、割引率、1株当たり利益(E)から計算できますが、さらに分解すると、最終的には実質(リスクフリー)金利、実質成長率、リスクプレミアムの3要素で説明できます。

PER以外では、益利回り(E/P)5%(PER20%相当)、リスクプレミアム5%なども警戒基準になります。

第2に社債市場。各国でコロナ禍のために債務返済や利払いができない企業が増加。2020年は世界社債発行額が過去最高となった一方、債務不履行(デフォルト)に陥った企業も前年の2倍に達しました。

今後社債利回りが上昇すれば、社債デフォルト、倒産が増え、経済低迷、株価下落のトリガーになるかもしれません。

市場調査企業QUICKの調査によると、世界の上場企業約3万4000社(金融除く)のうち、2020年に3年連続で債務及び利払いをEBIT(利払い・税引き前損益)で賄えない企業は26.5%と過去最高。トップは米国34.5%、中国も増加して11.0%、日本は低水準ですが9年ぶりに4%を超えました。

第3はコロナジレンマ。コロナ禍収束により、財政出動及び金融緩和が後退するとコロナバブル継続が期待できなくなり、社債バブルにも影響します。

市場はワクチンによるコロナ収束、経済回復を株価に織り込み済です。コロナの終わりが、株価上昇の終わりの始まりと言えます。

コロナ対策の経済政策が続く中で、ワクチン効果でコロナ収束が見通せるようになるタイミングが株価のピーク。そこから先は何が契機で急落しても不思議ではありません。

第4は米国ファンダメンタル。FRBは緩和継続方針を示していますが、日本よりも政策の正常化志向が強いため、経済指標が好転すれば方向転換を模索するでしょう。失業率5%割れ、インフレ率3%超、2年債・10年債利回り1.5%超等が判断基準です。

FRBの動きを予測する観点から、雇用統計とインフレに着目すべきです。非農業部門雇用者数前月比が20万人以上、3ヵ月で60万人以上増加すると、FRBは緩和是正が必要と判断する可能性があります。

また、コアPCE(食料及びエネルギーを除く個人消費支出)物価上昇率が持続的に2%を超える見通しとなれば、現在の金融緩和は維持できなくなるでしょう。

さらに、昨年4月に原油価格が一時マイナスになるほど急落したため、今年4月の前年同月比は急騰を免れません。つまり、4月の米総合物価指数はかなり高くなる可能性があり、こうした指標が契機になるかもしれません。

山高ければ、谷深し。89年バブル経験者としては、やはり不安を拭いされません。(了)


戻る