【Vol.452】脱炭素と技術革新

コロナ対策が迷走しています。ワクチンができてもコロナ根絶は困難と予測される中、ウィズコロナ、アフターコロナを巡る各国の鬩ぎ合いが激しさを増しています。デジタル化のみならず、脱炭素、ESG投資など、世界の潮流を見誤ることなく、かつ遅れをとることのない、大胆で本気の政策対応が求められます。


1.カーボンニュートラル

菅首相は所信表明に続いてG20オンライン会合でも2050年カーボンニュートラル(温室効果<以下温効>ガス排出量ゼロ)を宣言。年内にも実行計画をまとめるそうです。

脱炭素は世界的な潮流であり、環境負荷の小さいエネルギー技術や関連産業を創造することは日本経済の命運に関わります。

人間はローマクラブの警鐘に漸く応え始めたと言えます。京都議定書等の経緯も含め、若者世代にとってはもはや歴史の話。少し整理しておきます。

ローマクラブは1970年に設立された民間シンクタンク。資源・人口・軍拡・経済・環境破壊等の地球的課題に対処することを目指して設立されました。

世界各国の学識経験者等約100人がローマで準備会合を開催したことからローマクラブという名称が定着しました。

ローマクラブは資源と地球の有限性に着目し、1972年にまとめた報告書の中で言及した概念が「成長の限界」。環境汚染等の傾向が改善されなければ、100年以内に成長は限界に達すると警鐘を鳴らしました。

1972年、環境問題に取り組む国際機関として国連環境計画(UNEP)が設立され、「持続可能な開発」という概念が登場しました。

1987年、環境と開発に関する世界委員会(WCSD)の報告書「我ら共有の未来(Our Common Future)」において、「持続可能な開発」とは「将来世代が自らの欲求を充足する能力を損なうことなく、現在世代の欲求を満たすような開発」と定義されました。

1992年、国連加盟国、国際機関、NGO等が参加してリオ・デ・ジャネイロで「地球サミット」(国連環境開発会議)が開催され、「気候変動に関する国際連合枠組条約」を締結。155ヶ国が署名し、1994年に発効。これが、今日の潮流の出発点です。

同条約締約国の最高意思決定機関である締約国会議(Conference of the Parties、COP)は条約発効翌年から毎年開催されています。

1997年、COP3が京都で開催され、京都議定書に合意。先進国全体で1990年対比平均5.2%減の全体目標と国別目標を決定しました。

そのための手法である排出権取引(ET)やクリーン開発メカニズム(CDM)等を含む政策パッケージは「京都メカニズム」と呼ばれました。CDMは、先進国が発展途上国に資金・技術を供与して温効ガス削減対策事業を行い、その削減量を当該先進国の削減達成値に参入できるシステムです。

京都議定書で定められた国別削減目標は、1990年対比EUが8%減、米国が7%減、カナダと日本は6%減。発展途上国には目標は課されませんでした。

ところが2001年、排出量世界1位の米国が発展途上国の不参加を不満として京都議定書から離脱。本音は排出量規制が米国経済に悪影響を及ぼすと考えたためです。

2005年、発効要件である1990年の温効ガス排出量の少なくとも55%を占める55ヶ国の締結国が批准し、京都議定書は発効。しかし結果的に言えば、京都議定書は失敗。米国の離脱もあり、実績は4.3%増加に終わりました。

カナダも目標達成が不可能とわかった2011年に離脱。結果は18.2%増。その間、目標が設定されなかった発展途上国の排出量も増え続けました。

一方、EUはドイツやスペイン等が再生可能エネルギー発電電力を固定価格で買取る「固定価格買取制度(FIT)」を導入し、15.1%減の実績を残しました。

日本も自国としては1.4%増加と未達成。しかし、COP3開催国の面子を守るためにCDM等で削減量を積み増しました。

具体的には、中国やブラジルで再生エネルギー事業や工場での温効ガス削減事業等を展開。さらに期限直前にウクライナとチェコでの省エネ事業を決定し、実現後の削減量を事前にクレジット化する裏技「グリーン投資スキーム(GIS)」を考案し、帳尻を合わせました。

これらへの投下国費は1600億円。日本はクレジット分として5.9%減を確保し、さらに2001年COP7マラケシュ会議で国内森林による温効ガス吸収分も削減量にカウントすることを認めさせていたため、3.9%減を加算。

こうして、実績1.4%増からクレジット分、森林吸収分の9.8%を差引き、国連に対して8.4%減と報告しました。

2.PRI・ESG・SDGs・ICPP

2015年COP21 でパリ協定が成立し、各国削減目標の作成、及び目標達成のための国内対策が義務づけられました。また、各国対応を検証するグローバル・ストックテイク(世界全体での進捗確認)というルールを構築。各国に条約上の義務遵守を求めました。

しかし、パリ協定は各国削減実績に対して強制力がなく、結果的に全体目標の実現も保証されていません。

2016年、パリ協定は中国や米国の批准によって55ヶ国以上及び世界の温室効果ガス排出量の55%を超える国の批准という要件を満たし、発効しました。

ところが同年秋、米国大統領選でトランプが当選。トランプは温暖化そのものを否定し、2017年に協定離脱を宣言し、2020年11月4日、実際に離脱しました。

京都議定書に続く米国の離脱ですが、同日の大統領選でトランプは敗北。来年1月に誕生するバイデン政権の対応が注目されます。

温効ガス削減に関するこうした潮流を補完する動きも進んでいます。2006年、国連が投資家の「責任投資原則(PRI、Principles for Responsible Investment)」を打ち出し、ESGの観点から投資することを提唱しました。

PRIは企業の社会的責任(CSR)を投資の判断材料とする「社会的責任投資(SRI)」の延長線上にあり、当時の国連事務総長アナンが打ち出した構想です。

ESGは環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の頭文字。ESG投資は、この3点に配慮している企業への投資を促します。

ESG投資の手法には、ESG評価の高い企業を選好する「ポジティブ・スクリーニング」と、評価の低い企業を投資対象から外す「ネガティブ・スクリーニング」があります。

さらに、議決権行使等によって投資先企業の行動に影響を与える「エンゲージメント」、慈善事業等の社会貢献と経済的利益の両方を狙う「インパクト投資」等の手法があります。

国連PRI原則に賛同した資産運用機関は現在3552、うち日本はGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)を含めて90、署名機関の運用資産総額は103兆ドル(2020年3月末)(1京円超)、世界の運用資産の約4割と推計されます。

SDGs(持続可能な開発目標)にも触れておきます。SDGsに先立つMDGs(ミレニアム開発目標)は2000年に成立。2015年に向けて環境保全等の様々な目標を掲げました。

2015年、MDGsは2030年に向けた国連の新たな開発目標SDGsに継承され、SDGsには17のグローバル目標、169のターゲット(達成基準)、232の指標が提示されており、地球温暖化対策も重要な柱のひとつです。

PRI、ESG、SDGs等を通して、各国はカーボンニュートラルへの取組みを徐々に強化してきましたが、その間にもうひとつ重要な転換点がありました。

それは、国連における気候変動分析専門機関「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が2007に第4次評価報告書を発表したことです。

報告書は、地球温暖化の大部分は人間活動による温効ガス排出が原因と認め、その確率は90%以上と結論づけました。

予見される気候変動リスクとして、穀物生産量の減少、水温上昇による漁業資源減少、海面上昇と豪雨による洪水被害、森林火災等を指摘。全部現実化しています。

報告書に呼応し、温暖化懐疑派の急先鋒であった米国石油地質家協会が従来の見解を翻し、地球温暖化を認めたことが大転換点になりました。

欧米諸国、特に欧州各国の温効ガス削減の動きは加速し、京都議定書やパリ協定への対応も本格化。例えば、英国大手金融機関HSBCは2011年に石炭ポリシーを策定し、温効ガス排出量の多い低効率石炭火力発電所新設案件には融資しないことを決定しました。

同時期、日本では暗黙裡に世界の潮流から距離を置く動きが拡大。東日本大震災後の原発停止を受け、政府は石炭火力発電に活路を見出し、国内での新設と海外輸出に注力。大手メディアも政権に同調する傾向が強かった気がします。

日本はICPP第4次報告書とそれに伴う欧米諸国の変化を十分に認識・分析できず、脱炭素の潮流に乗り遅れたと言えます。これからの取組みが問われます。

3.完全自動運転電動車(AIEV)

パリ協定、PRI、ESG、SDGs、ICPP等の世界の潮流に加え、最近の自然災害頻発に直面し、遂に日本も2050年カーボンニュートラルを宣言したという印象です。

人気取りや、他の案件から眼を逸らさせるための戦術では困ります。掛け声だけでなく、実際に政策対応することが必要です。

政府は来年度税制改正で、脱炭素を図るグリーン投資を行う企業を対象に税制上の優遇措置を設ける見込みです。温効ガス削減につながる製品の生産設備投資や生産工程の省エネ化等が対象になります。

脱炭素への貢献度に応じ、投資額の5%か10%を法人税から控除可能とし、投資額上限は500億円、3年間の時限措置と発表されました。

これは如何にも脆弱。本気度が伝わってきません。脱炭素もDX(デジタル・トランスフォーメーション)も、投資額以上の控除を認める「ハイパー償却」を導入すべきです。

また、温効ガス排出量の4割弱を占める電力に関して、再生可能エネルギー関連技術の開発・実用化に大胆な税制優遇と予算投下を行うことが必要です。

水力を筆頭に、風力、太陽光、太陽熱、地熱、潮力、潮流、波力、揚力、バイオマスなど、あらゆる分野において日本が世界最先端を走る覚悟が問われます。

温効ガス排出量の2割弱を占めるのは自動車は、脱炭素だけでなく、技術革新を巡る各国の主戦場になります。

2050年カーボンニュートラルに続き、政府は急遽、2030年代ガソリン車ゼロの目標を打ち出しました。

国内販売の全新車を電気自動車(EV)、ハイブリッド車(HV)、プラグ・イン・ハイブリット車(PHV)、水素燃料電池車(FCV)等の電動車にする方針です。東京都は国より早い2030年時点でのゼロ目標を表明しました。

これも世界を追随した対応です。英国は11月にガソリン車販売禁止時期を2035年から2030年に前倒し。米国カリフォルニア州や中国は2035年、フランスは2040年にガソリン車販売禁止を打ち出しました。

ちなみに、英国や米カリフォルニア州はHVを電動車と認めていません。日本の2019年電動車国内販売割合は乗用車で約35%。その大半はガソリンエンジンと電気モーターを組み合わせたHVです。

日本はPHVで世界を先行しています。今後、PHVを電動車に含むか否かを巡って各国間の駆け引きが激化するでしょう。

EVやFCV普及のためには、販売価格引下げのほか、充電設備や水素ステーション等のインフラ整備、高性能車載電池の開発等が急務です。

こうしたことに予算や税制優遇の政策資源を大胆に投入しないと、世界との技術競争には勝てません。ここでも「ハイパー償却」を実行するぐらいの本気度が問われます。

来年度税制改正では、自動車重量税に適用するエコカー減税に現行よりも高い環境性能を求める2030年基準が導入されることから、ガソリン1リットル当りの走行距離は現行17.6kmから25.4kmに引き上げられます。

新基準に対してどの程度の達成率かによって車検時の免税回数等が決められますが、技術革新を促進する大胆な対応が必須。税収のことを気にしている場合ではありません。

さらに、自動運転車の開発・実用化を展望した政策支援も不可欠です。完全自動運転のレベル5も視野に入る状況になっています。

完全自動運転電動車(以下、AIEV<造語です>)実現のための技術やインフラとして、パーツである通常半導体や電力制御に資するパワー半導体は当然のこととして、AI、通信、測位衛星、スマートシティ等が必要となります。

つまり、最新技術の集大成、最終製品が「AIEV」です。この分野で遅れをとると、あらゆる技術・インフラで世界に劣後することになります。予算、税制優遇等、政策資源を徹底的に投入すべきです。

中央銀行(日銀)による財政ファイナンスが恒常化し、当分の間は正常化できなくなった中、この状況を逆手にとった発想の転換も否定しません。

この際、脱炭素、DX、「AIEV」等の推進政策に係わる財源を賄う国債、そのための人材育成に資する教育政策財源を賄う国債を、日銀が優先的に購入することも一案。次期通常国会は本気で推奨したいと思います。(了)


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