【Vol.450】官製相場とロビンフッター

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1.バフェット指数

米投資会社バークシャー・ハサウェイを率いる投資家ウォーレン・バフェット(90歳)が重視するバフェット指数が気になります。

バフェットについてはメルマガ421号(2019年5月10日)等でも取り上げましたが、少し再述して本論に入ります。

バフェットは同社の筆頭株主であり、会長兼CEO。1930年、ネブラスカ州オマハ生まれ。1951年から投資家に転身し、今でも27歳の時に約3万ドルで購入した家に住んでいることから「オマハの賢人」との異名もあります。

5歳の時にコーラを転売、11歳で株式投資、13歳で所得税を申告して自転車を経費控除、18歳でピンボールを理容店に置くビジネスを始め、この商権を退役軍人に売却して成功等々、幼少期から数々の逸話の持ち主です。

ハサウェイは19世紀から続く古い綿紡績会社。1965年にバフェットが経営権を取得。1985年に綿紡績業から撤退し、保険や投資ビジネスに転換。今日に至っています。

そのバフェットが参考にしているのがバフェット指数。具体的には「株式市場の時価総額」を「GDP」で除したもの。国単位、及び世界全体の指数を算出できます。

バフェット指数は、株価はGDP(国内総生産)拡大と比例して上昇するという認識がベース。したがって、指数100%超は割高、100%以下は割安と考えます。

そのバフェット指数が高水準になっており、株価の調整局面が近い可能性を示唆しています。米国のみならず、世界各国で同様の傾向が見受けられ、日本も例外ではありません。

因みに、米国では主要株価がコロナ禍による大暴落から回復したものの、GDPは低迷。その結果、米国バフェット指数はパンデミック期間中に過去最高値を更新しました。

バフェット指数算出時の米国株式時価総額はウィルシャー社が公表している「ウィルシャー5000」と呼ばれる指標が使われます。対象取引所はニューヨーク、アメリカン、ナスダックの3つ。

ニューヨークは大・中型株中心、アメリカンは(MKT)は中小型株やオプション中心、ナスダックは新興・IT株に強い取引所です。

米国バフェット指数が高い背景には、米国がイノベーションの最先端を走り、IT企業やPF(プラットフォーマー)が勃興する特異な国家であることも影響していると思います。つまり、米国バフェット指数が高いことにはそれなりの合理的理由もあります。

一方、日本は経済成長も技術革新も停滞気味。そのため、株式時価総額がGDPを上回ることは稀でしたが、アベノミクス後はバフェット指数が100超となり、以後、高止まり。

その状況に米国のような合理的理由があるか否かが重要です。合理的理由がなければ、100超のバフェット指数は割高を意味し、相場反落が懸念されます。

バフェット指数のほかにも参考にすべき指標はあります。10年前のメルマガ213号(2010年4月15日)でご紹介したVIX指数(Volatility Index)。投資家の不安心理を測る指標として珍重されており、別名「恐怖指数(fear index)」。

シカゴオプション取引所(CBOE)がS&P500を対象とするオプション取引のボラティリティを参考にして算出し、向こう30日間の株価の変動可能性を示します。

市場が平穏な時には10から20程度の水準ですが、リーマンショック直後は80まで上昇しました。

過去の実績から、VIX指数が概ね40を超える局面では市場に株価下落懸念が充満していると見られています。そのVIX指数、コロナ禍で急騰後に反落したものの、以後40前後で高止まりしています。

CBOEには金融市場の歪みを示す「SKEW(スキュー)指数」もあります。VIXやSKEWから目が離せない局面です。

2.官製相場とロビンフッター

日本株のバフェット指数が高いこと、つまり割高な株価には理由があります。日銀とGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による株購入。すなわち「官製相場」です。

「官製相場」に不安を感じている投資家も多いと思いますが、「官製相場」であるからこそ買いに走っている投資家もいます。

「官製相場」はいつまで株価を支えられるのか、誰もわかりません。

日銀よりもGPIFの投資額の方が大きいものの、GPIFは売りも行っており、投資家としての実態もあります。

問題なのは日銀。今のところ買いのみ。仮に日銀がETF(株式投資信託)買入れを止めたり、売却を始めれば株式市場は大混乱に陥るでしょう。

つまり、売却できないのです。一方、永久に買い続けられるかと言えば、それも定かではありません。しかし、永久に買い続けることになれば、日銀も東京市場も信認を失うでしょう。

今年3月末の株保有額は、GPIF36兆円、日銀31兆円の計67兆円。東証1部(2166社)全体の時価総額の12%を占めます。

大手紙の調査(各社有価証券報告書から試算)によれば、約1830社で公的マネー(日銀及びGPIF)が大株主(保有率5%超)になっています。4年前の調査から倍増です。

公的マネーが10%以上になる企業は約630社、20%以上も28社。最も高いのは半導体大手アドバンテストの29.0%、TDKは26.6%です。

巨額の公的マネーによる買い支えは株価を実体経済と乖離させ、バフェット指数を上昇させています。公的マネーが大株主、安定株主となることで、企業の経営努力、ガバナンスも弛緩させます。

しかも、公的マネーの買いを上手く利用して益出ししているのは、過去5年間で30兆円を売り越している外国人投資家。5年に及ぶ長期トレンドは一過性とは言えず、外国人投資家による日本株見切り売りとも言われています。

メルマガ421号(昨年5月10日号)でお伝えしたとおり、「投資の神様」バフェットも日本株投資に後ろ向きになっています。その理由には「官製相場」も影響しているでしょう。

米国株にも懸念があります。米国株価上昇の主因は金融緩和ですが、最近では個人投資家が株価を押しあげています。

特に若い世代の新規参入が顕著。いわゆる「ロビンフッダー」です。

ロビンフッダーとは、米国ロビンフッド証券が提供する「ロビンフッド」という名のスマホアプリ(証券取引アプリ)で売買する個人投資家を指します。主にミレニアル世代。ロビンフッダーが株高を支えているため「ロビンフッド現象」と呼ばれています。

ロビンフッドは取引手数料0が人気を集め、コロナ禍で在宅時間が増えたデジタルネイティブ世代の若者に浸透。「スマホで簡単取引」「外出できず、娯楽もない」「SNSで投資コミュニティ拡大」等が浸透した理由です。

また、コロナ対策の手厚い失業給付が投資原資化。通常給付に週間600ドル(月2400ドルから3000ドル)が加算されたため、コロナ禍で収入が増えた労働者も多く、ロビンフッターとして株式市場に参入しています。

今年第1四半期に300万口座が新設され、飛躍的に取引が増加。他社にも波及し、海外投資家も口座開設できる取引手数料0のサービスも登場しました。

ロビンフッド証券は顧客口座に滞留する流動性の金利やゴールド口座からの特別使用料で収益をあげています。ゴールド口座は月額6ドルの支払いで1000ドルの融資を受けられるサービス。約166倍の信用取引ができることを意味し、そこには手数料がかかります。

ロビンフッターが株価上昇に寄与しているか否かは両論あります。ゴールドマンサックスはロビンフット及び類似の個人投資家向けアプリを用いた取引を「new retail trader」と表現し、株価上昇に寄与していると判断しています。

一方、英国バークレイズはロビンフッターの動きと株価上昇は無関係と分析。ロビンフッターの運用実績はS&P500指数の上昇率以下であると指摘しています。

ロビンフッターの投資銘柄は公開資料から確認できます。意外にも、上位20銘柄の中にはコロナ禍で業績低迷の自動車・航空銘柄が含まれており、まずは名の知れた大企業銘柄に投資しているようです。

もちろん、そのほかにGAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)等のIT銘柄やテスラ等にも投資しています。

ロビンフッター現象をみると、現在の米国株式市場は金融緩和、カネ余りによる典型的な「金融相場」。ロビンフッターの投資失敗や富裕層との格差拡大等の弊害も予想されます。

なお、日本でも取引手数料0の証券会社、アプリが登場。口座開設数が増加し、個人投資家が自動車・航空会社等の大企業銘柄に投資しており、米国の傾向を追随しています。

3.靴磨きの少年

ロビンフッド現象による市場の歪(いびつ)な動きの象徴はレンタカー会社Hertz(ハーツ)を巡って起きました。

コロナ禍でレンタカー需要が激減。Hertzは苦境に陥っていましたが、ロビンフッター人気で株価は暴騰。ロビンフッダーは「有名銘柄なので株価は回復する」という考えで買い進み、SNSでも情報が拡散。買いが買いを呼んだ格好です。

経営破綻目前のHertzが新株発行で資金調達する異例の事態になったものの、結局チャプターイレブン(連邦破産法第11章)申請に至りました。

個人投資家は、プロ投資家の判断基準と異なる取引行動をとります。かつて日本のFX(小口外国為替証拠金取引)ブームの中でも、個人投資家「ミセスワタナベ」の市場センチメント無視のドル買いが海外市場を驚かせました。

「ミセスワタナベ」は主婦を中心とした個人投資家の俗称。欧米メディアが命名し、別名「キモノトレーダー」とも呼ばれました。

中国株でも個人投資家が多い上海市場は、機関投資家中心の香港市場よりも値動きが荒く、ファンダメンタルズ無視の展開になりがちです。

個人投資家の資金は回転が速く、デイトレード中心。そのため、個人投資家の影響が大きくなると、値動きが激しく、ボラティリティも高くなります。

ロビンフッドはミレニアル世代に投資機会を提供した一方、株投資をゲームのようにしてしまった面があります。ミレニアル世代が大失敗しないことを祈ります。

メルマガVol.421(2019年5月10日)で取り上げたバフェットの「投資の4条件」について再述しておきます。

バフェットの投資哲学はコロンビア大学時代の恩師、経済学者ベンジャミン・グレアム(1894年生、1976年没)の理論がベース。グレアムも「ウォール・ストリートの最長老」と呼ばれるプロ投資家でした。

グレアムは「市場は短期的には投票機械のように振舞うが、長期的には錘(おもり)を計る機械のように機能する」と表現。つまり、長い目で見ると株価はその企業本来の価値と等しくなることを指摘。

グレアムの影響を受け、バフェットの基本は長期投資。そして、バフェットの「投資の4条件」は、第1に事業内容を理解できること、第2に長期的に好業績が予想されること、第3に経営者に能力があること、第4に価格が魅力的であること。

事業内容を自分が理解できない分野には手を出さないため、ハイテク分野、IT企業投資には消極的でした。

バフェットの居住地であるネブラスカ州オマハで毎年5月に開催されるハサウェイ年次株主総会。「投資の神様」バフェットの話を直接聞ける機会とあって、毎年数万人の株主が世界各地から集合。

その盛り上がりぶりから、別名「資本家のためのウッドストック」。若者世代にはウッドストックが通じないですね(笑)。つまり、大イベントです。

昨年の総会で注目を浴びたのは、バフェットがIT株と中国株を購入し始めたこと。バフェットが中長期的に「IT株が伸びること」「中国の成長が続くこと」を確信したと言えます。

今年の総会は例年と同じ会場からバフェットの発言がオンライン中継されました。直前に公表されたハサウェイの3月末手元資金が過去最大1370億ドル(約15兆円)であったことから、コロナ禍の影響に対するバフェットの見方が注目されました。

リーマンショック時は投資の好機と判断し、優先株取得や経営懸念企業の救済に積極的に乗り出していたのとは対照的。今年前半のコロナ禍での株価急落局面は、バフェットには投資好機とは映っていなかったようです。

オンライン総会で個人投資家の成功の聞かれたバフェットは「先のことは誰にもわからない。投資は長期保有が基本。米国経済は強く、米国株の長期保有が基本」と発言。

また「株は手堅い投資対象で、ギャンブルの道具ではなく、信用取引はよくない」と指摘し、「日々の株価変動は気にせず、購入後は暫く忘れるぐらいがちょうどよい」と発言。

さらに「長期保有するための財務基盤、心の準備ができていなければ株を買うべきではない」と述べ、従来と変わらぬ基本哲学を披露していました。

最後に、第35代アメリカ合衆国大統領JFKの父、ジョセフ・P・ケネディと靴磨きの少年の逸話です。

ケネディは株式投資で大儲けしていた1928年のある日、オフィスに向かう途中で、靴磨きの少年に靴を磨いてもらいました。

靴を磨き終わった後、少年はケネディに向かって「おじさん、株を買うといいよ」と言って、銘柄まで伝えたそうです。

ケネディは「こんな少年までが株の儲け話をするなら、今後さらに新規投資家が現れることはないから、株価は暴落する」と予想し、保有する全株を売却。1929年の大暴落を免れたという逸話です。

バフェットには多くの名言があります。個人的に心にとめている名言は「リスクとは自分が何をやっているかよくわからない時に起こるもの」。

企業経営のみならず、国の舵取りにも共通する示唆と言えます。(了)


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