【Vol.555】トランプ政権

米国トランプ大統領による関税政策が4月3日から発動されることになりました。日本を含む対象国は対応に追われています。グリーンランド、カナダ、パナマ運河等々、領土的野心も露わにしており、トランプ劇場が始まりました。今後の展開は予想ができませんが、この機会に、第1次・第2次トランプ政権の閣僚・幹部の面々を整理したうえで、第2次政権の滑り出しの状況を概観したいと思います。

1.スティーブン・バノン

まずは、閣僚・幹部の面々からです。そもそも、第1次トランプ政権と第2次トランプ政権では、閣僚・幹部のタイプが本質的に違います。

第1次政権では、それぞれの分野のプロフェッショナルを配置しました。だからこそ、それぞれ一家言あり、その分野の官僚や利害関係者、大統領側近から警戒されました。

その結果、大統領、側近、閣僚・幹部、利害関係者の間で意見対立と確執が発生し、多くの閣僚・幹部が退任・交代し、支援者が離反していったのが特徴的でした。ちょっと振り返ってみます。

当初から注目されたのがスティーブン・バノン(Stephen Bannon)大統領首席戦略官。名前の「Stephen」は綴りから「ステファン」と表記されますが、アメリカでの発音通りの表記は「スティーブン」です。

極右的なポピュリスト思想を持ち、トランプの「アメリカ・ファースト」政策を支えましたが、まもなく政権を去りました。

バノンとともに当初から注目されたのが国務長官のレックス・ティラーソン(Rex Tillerson)でした。元エクソンモービルCEOで、ビジネス界出身の国務長官として、ロシアとの関係改善を重視しましたが、トランプ大統領と意見対立して1年も経たずに解任されました。

後任はマイク・ポンペオ(Mike Pompeo)。当初はCIA長官でしたが、国務長官に横滑り。元カンザス州下院議員
で陸軍士官学校卒業生です。ティラーソン後のトランプ政権の外交政策を担い、中国への強硬姿勢を強めました。

ポンぺオとともに務め上げたのが副大統領のマイク・ペンス(Mike Pence)。元インディアナ州の知事、元下院議員。保守派キリスト教福音主義者として知られ、共和党内の伝統的な価値観を代表する人物でした。

ティラーソンとともに、政権発足当初から話題になったのが国防長官のジェームズ・マティス(JamesMattis)。「マッドドッグ」の異名を持つ元海兵隊大将、NATO司令官等を歴任した冷徹な軍人でしたが、トランプ大統領のシリア政策などに反発して約2年で辞任。

マティスの後任はマーク・エスパー(Mark Esper)。元陸軍士官、国防企業レイセオン幹部でしたが、2020年の大統領選後にトランプ大統領によって解任されました。

国防長官代行を務めたパトリック・シャナハン(Patrick Shanahan)もあげておきます。元ボーイング社幹部
で、短期間の代行でしたが、軍事予算管理などで手腕を発揮したと言われています。

以上は、外交・軍事関係ですが、財務長官を務め上げたのがスティーブン・ムニューシン(Steven Mnuchin)。元ゴールドマンサックス幹部、映画プロデューサーで、トランプ政権の減税政策や対中貿易戦争に関与。経済制裁の実施も担当し、結果的に見るとトランプ政権の中で完投した数少ないひとりです。うまく立ち回ったと言えます。

第1次トランプ政権では大統領と司法省及び特別検察官とのバトルも一貫して話題になりました。ジェフ・セッションズ(Jeff Sessions)は最初の2年間の司法長官。元アラバマ州上院議員で、移民政策の強硬派でしたが、トランプ大統領のロシア疑惑捜査から身を引いたことで大統領の怒りを買って辞任されました。

後を受けたのがウィリアム・バー(William Barr)。元ジョージ・H・W・ブッシュ政権の司法長官で、トランプ大統領寄りの立場を取り、ロシア疑惑捜査の終了を推進したものの、2020年大統領選後に大統領と対立して解任。

ロシア疑惑特別検察官のロバート・ムラー(RobertMueller)も記憶に新しいところです。トランプ陣営のロシアとの関係を調査し、最終的に「共謀の証拠なし」と結論づけました。

マシュー・ウィテカー(Matthew Whitaker)は元連邦検察官で、短期間ながらロバート・ムラー特別検察官の捜
査監督を担い、連日マスコミ報道に登場していました。

このほか、ジョン・F・ケリー(John F. Kelly)は元海兵隊大将の政権発足当時の国土安全保障長官。その後、ホワイトハウス首席補佐官に転じました。不法移民対策を推進しましたが、その後トランプ大統領と対立して辞任。

国土安全保障長官の後任はキルステン・ニールセン(Kirstjen Nielsen)。やはり移民政策に注力し、特に親子分離政策で批判を浴び、トランプ大統領の信頼を失い辞任。

側近として忘れてはならないのは、娘婿のジャレッド・クシュナー(Jared Kushner)大統領上級顧問。不動産経営者でありトランプ大統領の娘イヴァンカの夫。中東和平交渉を担当し、イスラエルとアラブ諸国の関係改善を推進しました。娘のイヴァンカ自身も上級顧問に就任。女性支援政策や経済政策に関与しました。

ケリーアン・コンウェイ(Kellyanne Conway)という大統領顧問もいました。2016年の選挙キャンペーンを指揮し、「オルタナティブ・ファクト」という言葉で有名になりました。

マーク・メドウズ(Mark Meadows)は第1次政権終盤のホワイトハウス首席補佐官。トランプ大統領の最側近として大統領選の対応を指揮しました。

ほかにもあげたい人は何人かいますが、まあ、こんなところでしょうか。さて、第2次政権の閣僚・幹部の面々も整理しましょう。

2.スティーブン・ミラー

筆頭は副大統領のJ.D.バンス(J.D. Vance)でしょう。元オハイオ州上院議員、作家としても著名です。ミレニアル世代初の副大統領として注目を集めました。

国務長官はマルコ・ルビオ(Marco Rubio)。フロリダ州選出の上院議員で、2016年大統領選挙の共和党予備選挙候補者でもありました。外交政策に精通し、特に対中政策で強硬な姿勢を示しています。

国防長官はピート・ヘグセス(Pete Hegseth)。イラク・アフガニスタン戦争の退役軍人、FOXニュースのコメンテーターで、保守的な視点からの軍事解説で知られています。しかし、国防長官が務まるかどうか、省内でも懸念されています。

財務長官はスコット・ベセント(Scott Bessent)。著名な投資家であり、元ソロス・ファンド・マネジメントの最高投資責任者。金融市場に関する深い知識を持ちます。

続いて司法長官のパム・ボンディ(Pam Bondi)。元フ
ロリダ州司法長官で、トランプ氏の長年の支持者、及び
法執行における強硬な姿勢で知られています。

国土安全保障省(移民・テロ対策)の長官はクリスティ・ノーム(Kristi Noem)。元サウスダコタ州知事で、保守的あるいはトランプ的な政策で州を運営してきました。

インテリジェンス系では、 国家情報長官はタルシ・ギャバード(Tulsi Gabbard)。元ハワイ州下院議員、2020年民主党大統領予備選挙候補者。外交・軍事経験を持つ民主党出身の異色の人事です。

中央情報局(CIA)長官はジョン・ラトクリフ(JohnRatcliffe)。元国家情報長官、元テキサス州下院議員。情報分野での経験が豊富なことで一目置かれています。

保健福祉省長官はロバート・F・ケネディ・ジュニア(Robert F. Kennedy Jr.)。ケネディ家の一員であり、環境問題に精通する弁護士、ワクチンに関する独自の見解で知られています。

環境保護庁(EPA)長官はリー・ゼルディン(LeeZeldin)。元ニューヨーク州下院議員で、2022年ニューヨーク州知事選挙候補者。環境規制の見直しを推進しています。

国連大使はエリス・ステファニク(Elise Stefanik)。ニューヨーク州選出の下院議員で、若手保守派のリーダーのひとりです。

そういえば、第1次トランプ政権の国連大使ニッキー・ヘイリー (Nikki Haley)はインド パンジャーブ系米国人。実業家出身で元サウスカロライナ州 下院議員、元サウスカロライナ州知事でしたが、今回の選挙ではトランプ氏と争いました。ステファニクも今後台頭してくることを予想する声もあります。

ホワイトハウスの重要人物も挙げておきます。まずはスージー・ワイルズ(Susie Wiles)大統領首席補佐官。トランプ氏の選挙キャンペーンを指揮し、トランプ氏の信頼が厚い人物です。

忘れてはならないのがスティーブン・ミラー(StephenMiller)政策担当副首席補佐官。第1次トランプ政権でも政策顧問を務めました。第1次、第2次で一貫して側近として仕えている数少ないひとりです。

名前の「Stephen」は綴りと発音の違いは前項のバノンの同じです。2020年にはマイク・ペンス副大統領の報道
官を務めるケイティ・ウォルドマンと結婚しました。

2007年、デューク大学卒業。大学卒業後の7年間はトランプ政権の初代司法長官に指名されたジェフ・セッションズ上院議員の演説秘書を務めた後、2016年大統領選挙の期間中は1日に数本の演説をスラスラと作成したため、書く「機械」というニックネームがつきました。

ミラーが起草した「忘れられた人たち」に向けた「私はあなたたちの声になる」という訴えは、トランプが当選する原動力のひとつになりました。ティーブン・バノンは「彼が加わってからトランプの演説に変化が起きた。発想がより力強くなり、主張がよりはっきりとしていった」と評価しています。

2017年1月20日、大統領に就任したドナルド・トランプによって、政策担当上級顧問に任命。「アメリカファースト」を宣言した大統領就任演説の起草者もミラーでした。トランプの主張を上手く草稿で表現できる側近として信頼を得ており、今後もミラーの動静からは目が離せません。

3.魔法の杖

米国の現在の状況は「カオス(混沌)」と評されることが多いですが、それはトランプ大統領の思うツボかもしれません。

例えば、閣僚人事の議会承認では懸念事項を抱える候補が多数いたため、各候補への注目度は相対的に希薄化。民主党は反対材料が多すぎて、逆に何を攻撃すればいいのか当惑気味で、気迷いムードでした。

結果的に閣僚承認ペースはトランプ第1次政権やバイデン政権と比べても格段に早くなりました。

なお、この閣僚指名の顛末の背景にはイーロン・マスクの存在を指摘する見方もあります。共和党上院議員が閣僚指名に反対した場合、その議員の共和党予備選で対立候補を擁立し、対立候補にはマスクが多額の資金援助をすることが噂され、その情報が共和党造反議員の動きを止めたという話も聞きます。

ちなみに、第1次トランプ政権当初に側近・参謀として名をはせたスティーブン・バノンは、あえて「カオス」を創り出す戦略を「Flood the Zone(情報の氾濫)」作戦と呼んでいました。

混乱と想像を超える破天荒な政策や発言の氾濫で、敵対勢力の無力感と混沌と衝撃を惹起して、抵抗力を奪うということだそうです。嘘みたいな本当の話です。

トランプ政権は良くも悪くも電光石火の如く政策を推し進めています。2月18日の大統領令で、SEC(証券取引所)FTC(連邦取引委員会)等の独立規制機関への統制を強化し、大統領直轄のOMB(行政管理予算局)に審査を義務付けました。

連邦政府の不正を監視する独立監察官も大量解雇。独立性を低下させた組織が政治利用されることが懸念されています。

司法省の捜査・起訴に介入しない慣行も転換。ニューヨーク市のアダムス市長の起訴取り下げを連邦検察庁に指示しました。

イーロン・マスク率いるDOGE(政府効率化省)によるリストラ圧力も始まっています。その裏返しとして交代要員を政治任用にするならば、140年ぶりの猟官制復活です。DODGによるIRS(内国歳入庁)やSSA(社会保障局)への圧力もかけられています。

第1次政権時の反省に加え、2020年大統領選敗退後の4年間の準備期間が活かされている気がします。重要な動きを何点かチェックしておきましょう。

第1に、関税政策の展開はまだ予断を抱けません。今後4年間ずっと話題になり続ける(対外交渉のカードにし続ける)可能性もあります。

一律関税が、チップ収入免税などの新たな減税財源に組み込まれて議会で成立する場合、その後は頻繁に変更できない可能性が高く、関税政策は一旦落ち着くかもしれません。

しかし、トランプ大統領が関税収入を組み込んだ予算案を認めることはないと思います。大統領にとって関税の対象国や対象品目の選定は「魔法の杖」であり、議会にその権限を渡すことはないでしょう。また、企業経営者が「特定品目への関税除外」を陳情してくる状況をトランプ大統領は望んでいると想像できます。

対中関税は表向きバトルが続くでしょう。米国内の対中脅威論への対応上も、中国への強硬姿勢は維持せざるを得ません。但し、水面下での中国との様々なディールの駆け引きに関税が使われることは間違いありません。

むしろ予想が難しいのが隣国のカナダ・メキシコ、同盟国である欧州や日本への関税政策です。それは、移民政策や安全保障政策との連立方程式だからです。

なお、関税政策とインフレの関係には注意が必要です。バイデン政権ではインフレが支持率に悪影響を及ぼしましたので、トランプ政権下でもインフレが進行するようだと関税政策の判断に影響する可能性が高いと言えます。

第2に、移民流入は緩やかに減少すると予想されます。不法移民流入は2023年に240万人、在留総数1100万人超(議会予算局試算)に達した一方、2024年6月以降はバイデン前大統領が移民規制を強化したことを背景に大きく減速。このため、トランプ政権が更なる不法移民の大
幅抑制を実現できるかどうかは不透明です。

また、不法移民の大規模な強制送還には高いハードルがあります。都市警察や都市当局・経済界はコストや対応マンパワー、労働力確保等の観点からそもそも協力的ではありません。さらに不法移民は子供を持つケースが多く、強制送還には「家族の離別」が社会問題化します。

不法移民と比べて合法移民の流入数は制御可能ですが、大規模な移民ビザ制限は移民労働力に依存するITや農業部門の反発を招く可能性が高いでしょう。

なお、移民とインフレの関係を巡って、日本では「移民減少、労働力減少、賃金上昇、インフレ」との連想が目立つ一方、米国では「移民減少、需要減少、インフレ傾向は軽微(むしろデフレ傾向)」との主張の多い印象です。

第3に安全保障。米国バンス副大統領は2月のミュンヘン安全保障会議で「もはや欧州の安全保障を担保しない」と表明しました。

欧州が米国に代わるためには、軍事力強化が不可欠です。現状、米国より国防費比率が高いのはポーランドだけです。EU27ヶ国の財政赤字と政府債務の対GDP比は米国よりかなり低く、国防費増強は財政上は可能です。

実際に取り組む際には、欧州の軍備が米国製に依存しているため、米国にもプラスになります。トランプ外交の背景にはこうした力学も影響しています。

そうした中、欧州主要国の政治は不安定化しています。24年11月に連立政権が崩壊したドイツ、7月に与党過半数割れとなったフランス。ユーロ圏の二大国独仏の政治経済が不安定しているほか、自由と民主主義という欧州的価値に対抗するハンガリー、スロバキア、オーストリア等の勢力も台頭しています。世界の安全保障は予断を許しません。

第4に、財政政策は大きく変化せず、財政赤字も横ばい圏で推移すると思います。共和党は上下院ともに3議席だけ過半数を上回っていますが、財政健全化を志向する30名程度の下院議員(フリーダム・コーカス)のほぼ全員を説得し、大規模な減税予算を議会で通すのは困難でしょう。

イーロン・マスク率いるDOGEについても、一定の歳出カットは実現できると思いますが、連邦予算全体でみれば小規模に留まるでしょう。抜本的歳出削減には社会保障費や軍事費の削減が必要ですが、大統領と議会がこれらに関して合意する可能性は低いと言えます。

第5に、金融政策は利下げを予想する向きが多く、利上げに転じる可能性は意識されていない印象です。その背景には「関税は物価水準を押し上げるだけであり、インフレ率(前年比変化率)を恒常的に押し上げるわけではない」との捉え方が影響しています。

またトランプ大統領は金融政策の実際の決定には影響を及ぼせないでしょう。FRBの統治体制を規定する「連邦準備法」の改正には上院で60票の賛成票が必要ですが、パウエル議長が連邦議員と良好な関係を築いており、大統領にとっては高いハードルです。

また、パウエル議長がFRB(連邦準備制度理事会)議長という「組織の長」と、FOMC(連邦公開市場委員会)議長という「意思決定機関の長」の2つの役割を持っているため、トランプ大統領が仮にFRB議長としてのパウエル氏を解任した場合においても、FRB理事としての職を解任するのは困難です。

FOMC議長はFOMC参加者による投票によって選出されるため、FOMC参加者がパウエル議長を支持する限り、パウエル氏はFRB議長を解任されようとも、FOMC議長として金融政策決定への影響力を保持しつづけることができます。

以上を踏まえ、世界にとっての当面の要注意リスクの第1は米国の保護主義化による貿易紛争の拡大です。トランプ政権が輸入関税引上げを実施すれば、各国が報復を行い、世界的に貿易コストが高まります。

第2に中国経済失速。米国との関税引き上げ応酬のエスカレートなどを契機に、不動産不況に苦しむ中国経済が失速すれば、中国向け輸出の減少を通じて世界経済に悪影響が及ぶでしょう。

今後、貿易戦争等を契機にクラッシュが発生する場合、第1に経済難の国が輸出し易いように開かれた市場を維持すること、第2に困窮国に長期資金を貸し付けること、第3に世界の中央銀行として緊急的な短期融資に応じること、この3つの機能を果たす大国が存在すること
が世界恐慌を回避する要諦です。

今の米国や中国にはなかなか期待できないことから、2025年の世界の政治経済は大きなリスクをかかえています。

(了)

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