26日(日)に時間帯が深夜からゴールデンタイムに変わった田原さんの「朝生」にお招きいただきました。昨年11月から変わったそうです。テーマは自動車産業についてでした。時間が2時間と従来の半分以下ですので、番組での発言の補足も含めて、今回は自動車産業について書きます。メルマガは当初概ね5000字を目安にしていました。最近はやや長文傾向でしたので、極力5000字を目安にまとめます。
1.AFIR(代替燃料インフラ規制)
EU(欧州連合)は脱炭素社会実現に向けた政策として、2010年代後半以降、環境負荷を考慮したLCA(ライフサイクルアセスメント)を重視しつつ、エネルギー転換を加速させています。
過去のメルマガで何度も記しているとおり、この動きは単なる環境政策ではなく、対EU外諸国に対する戦略的政策の側面が強く、当初から日本や中国等の非EU勢の自動車をEU市場から締め出す意図が見え隠れしていました。
その流れは継続しています。EUは「Fit for 55」政策パッケージ(2030年までに温室効果ガス排出量を1990年対比で55%削減するための政策群)の一環として、2035年までに新車販売から内燃車(ガソリン車・ディーゼル車)を排除する方針を明確にしています。
この目標を達成するため、EUはLCAを引き続き重視しています。今さらですが、LCAとは、製品の製造から廃棄に至るまでの全過程で発生する温室効果ガス(GHG)の排出量を測定し、環境負荷を評価する手法です。
LCA導入により、製造過程やエネルギー供給において高い再生可能エネルギー比率を誇る欧州企業は有利になります。特に、風力や太陽光を用いたグリーン電力を利用して製造される欧州製EV(電気自動車)は環境負荷が低いと認められ、EU市場で優位に立っています。
一方、中国や日本のメーカーがLCA基準を満たすには、再生可能エネルギー利用率を高めるか、製造工程を抜本的に見直す必要があり、ハードルが高いのが現実です。
しかし、皮肉なことにEU内の自動車メーカー、特にVW(フォルクスワーゲン)やBMWなどがEVシフトに遅れをとり、中国BYDや米国テスラに市場シェアを奪われています。
特に中国は、巨大な国内市場を有することを背景にBYDやGAC Aionといったメーカーが急成長。当初は中国のEV製造は石炭火力を中心とする電力供給網に依存していましたが、2010年代以降、急速に再生エネルギー比率を高め、EUの思惑通りにはなっていません。
日本は、HV(ハイブリッド車)、PHV(プラグインハイブリッド車)中心の市場となっており、EVシフトは遅れています。政府は2035年までに新車販売の電動車比率100%を目指す方針を掲げていますが、充電インフラの整備が遅れているほか、欧州のLCA基準に対応しきれておらず、中国や欧米に対して劣勢です。
日本はHV、PHVで築いた技術基盤を活用しながら、その分野での優位性を堅守しつつ、戦略的にEVシフトを進めことになるでしょう。同時に、再生可能エネルギーの拡充や電力供給網の脱炭素化を進め、LCA基準への対応力を高めるべきです。
EUは2023年にはAFIR(代替燃料インフラ規制)という新たな戦略的政策も始めました。欧州主要高速道路網に、60km毎にEV充電ステーション、120㎞毎に大型EVトラック用充電ステーション、200㎞毎に水素燃料補給ステーションを整備する計画です。
中国は、政府の補助金を活用し、低価格モデルで国内外のEV市場を席巻しています。中国企業の成長は米欧日企業にとって脅威であると同時に、EV市場全体の拡大にも寄与しています。
米国ではトランプ政権が誕生し、早くもパリ協定脱退等の動きに出たことから、今後、LCAを巡る議論は、環境問題だけでなく、産業政策、国際競争、ひいては国際政治に影響を与える重要テーマとして再浮上するでしょう。
2.宏光MINI EV
上述のような展開の中、EV市場では中国BYD(Build Your Dreams)が急成長を遂げ、欧米日の伝統的自動車メーカーにとって脅威となっています。
BYDは、2003年にバッテリー製造からEV市場に参入し、現在では世界有数のEVメーカーに成長しました。
2023年には世界のEV市場でテスラと首位争いを繰り広げ、最新データの2024年第3四半期の販売台数では42.4万台(前年比プラス9%)を記録。2024年通年実績ではテスラを上回る可能性があります。
BYD成功の背後には独自の戦略があり、欧米メーカーとは異なるアプローチが奏効しています。その成長を支えているのは、以下のような要因と考えられます。
第1は垂直統合型のビジネスモデルです。BYDは、車載用バッテリーの製造から車両の設計・生産までを一貫して行う垂直統合型のビジネスモデルを採用しています。これにより、コスト削減と供給網の安定化を実現しました。
特に、LFP(リチウム鉄リン酸塩)バッテリーの大量生産技術は、低価格モデルの競争力を高める上で大きな役割を果たしています。
第2に低価格モデルの投入。BYDは低価格帯のモデルを数多く展開し、中国国内の中間層や地方市場を中心に支持を広げました。
たとえば、SGMW(上汽通用五菱)との共同開発である「宏光MINI EV」は約65万円という圧倒的な価格競争力で市場を席巻しました。こうした低価格モデルは、新興市場や購買力の低い地域での普及を促進しています。
第3に政府支援の活用。中国政府は、EV市場拡大のための補助金やインフラ整備を積極的に行ってきました。
2023年以降、補助金が終了しても、BYDは価格競争力を維持し続け、販売台数を伸ばしています。呼び水政策としての補助金は所期の目的を達成したと言えます。政府主導の政策と、BYDの大量生産、低価格路線の戦略がシナジー(相乗)効果を発揮し、中国市場で圧倒的なシェアを獲得しました。
第4に海外展開の強化。最近では、東南アジアや欧州市場への進出も加速しています。特に、アジア新興国では、欧米メーカーにとって脅威となっています。
一方、欧米の自動車メーカーは伝統的な内燃機関車(ガソリン車・ディーゼル車)からEVへのシフトに苦戦しており、生産・販売戦略においてBYDのような柔軟性を欠く面が目立ちます。VWやBMWといった大手メーカーの戦略には、以下のような特徴と課題があります。
第1に高価格帯への依存。欧州メーカーは高価格帯のプレミアムEVを中心に展開しています。BYDのような低価格モデルを持たないため、購買層が限定されます。特に、中国市場ではBYDにシェアを奪われ、2024年はVWの中国販売台数が前年比約1割減と苦戦しています。
第2にEV製造コストの高さ。欧米メーカーは、バッテリーを外部調達に依存しているため、BYDのような垂直統合型モデルと比較して製造コストが高い傾向にあります。
第3にインフラ整備の遅れ。欧米では充電インフラの整備が進んでいるものの、中国市場と比べると規模や速度で劣っています。特に、急速充電器の普及が不十分です。
世界の公共EV充電器は最新データで約390万基、うち約270万基が中国です。しかも、中国ではそのうち約4割の120万基が急速充電器であり、こうしたインフラの差も中国優位の背景です。
第4にブランド価値への依存。欧米メーカーは長年のブランド力に依存している部分があり、テスラやBYDのような革新的な技術や低価格競争力の新ブランドで勝負する姿勢が弱いと指摘されています。このため、テスラに米国市場を、BYDに中国市場を奪われるという状況に陥っています。
総じて言えば、BYDと伝統的な欧米メーカーの戦略の違いは、「低価格と大量生産」に重点を置くか、「ブランド価値と高付加価値」に重点を置くかという点にあります。
つまり、BYDは中国市場を中心に低価格モデルでシェアを拡大し、新興国市場でも優位に立っています。一方、欧米メーカーはプレミアムモデルの展開に注力し、先進国市場を中心にシェアを維持しようとしています。
しかし、相対的に低所得の新興国シェアが漸増するグローバル市場では価格競争力を持つメーカーが優勢になりやすく、BYDのような垂直統合型のビジネスモデルがさらに支配力を強める可能性が高いでしょう。
BYDと伝統的欧米メーカーの戦略の違いは、EV市場における競争構造そのものを映し出しています。繰り返しになりますが、BYDは垂直統合経営による「低価格と大量生産」で市場を席巻する一方で、欧米日の伝統的メーカーはこれに対抗するための柔軟性や競争力を欠いているのが現状です。
今後、EV市場がさらに拡大する中で、BYDを模倣した新興メーカーの台頭や、米国テスラのような技術力・革新性に重きを置いたスタートアップメーカーが、伝統的な米欧日自動車産業の構造を根本から変える可能性があります。
3.内需先導型外需取り込み
上述のような産業政策的視点のみならず、もちろん、EV普及は気候変動対策やエネルギー政策にとって重要であることに変わりはありません。各国はEV普及を推進するためにも、政策やインフラ整備、さらにはビジネスモデルの変革に取り組んでいますが、そのアプローチは地域ごとに大きく異なります。
欧州は、気候変動への取り組みを最優先課題と位置付け、2035年までにガソリン・ディーゼルエンジン車の新規販売を禁止する厳格な政策を掲げています。一部例外として、合成燃料(e-fuel)を使用する車両の販売が許可される可能性があるものの、EVへのシフトが基本方針です。
欧州の強みは中国に次いで充実している充電インフラと政策の一体性にあります。2023年時点で約70万基の公共充電器が設置されており、上述のAFIR(代替燃料インフラ規制)によって、2030年までに主要高速道路120km毎に大型トラック用の充電ステーションを整備する計画等が進められています。水素燃料インフラの整備も視野に入れており、再生可能エネルギーを活用した次世代のエネルギー供給体制の構築が目指されています。
欧州の課題は、電力供給の安定性と生産コストです。再生可能エネルギー比率を増やす中で、安定的で安価な電力供給が求められています。それが実現しないと、充電インフラの拡張等の影響から生産コストが下がりにくいという課題に直面しています。
米国では、市場主導型のEV普及が進む一方、政策も重要な役割を果たしています。バイデン政権は2030年までに新車販売の50%以上をEVおよび燃料電池車とする目標を掲げ、2022年には「インフレ抑制法(IRA)」を制定しました。
この法律では、車両の最終組み立てを北米で行うことを条件に最大7500ドルの税額控除を付与するなど、国内生産促進を企図していました。
しかし、トランプ政権に変わったことから、今後どのような政策転換が行われるのか、注視が必要な局面です。
インフラ面では、テスラの主導によるNACS(北米充電規格)の採用が進みつつあります。テスラの充電コネクタ「J3400」がNACS統一規格に採用するなど、充電網整備が競争力を高めています。2023年時点で米国には18万基の公共充電器が設置されていますが、急速充電器の割合は4.3万基と少なく、インフラ拡充が引き続き重要課題です。
米国のもうひとつの特徴、と言うよりも非常に重要な特徴は、ソフトウェア主導型の新たなビジネスモデルの展開です。テスラのワイヤレスアップデート(OTA)技術や、ロボタクシー事業の試みは、販売後の収益を最大化する新しい方向性を示しています。
自動運転の実用化・普及と相俟って、ソフトウェア主導型のビジネスモデルは予想よりも早く産業構造に大きな影響を与えると予想します。
中国は世界最大のEV市場を築いています。2023年には世界全体のEV販売台数の約60%を占め、810万台を販売しました。この背景には、それまでの政府による積極的な補助金政策と規模を活かしたコスト削減が奏効しています。
また、公共充電器の数では圧倒的なリードを保っており、上記のとおり2023年時点で約270万基の公共充電器が設置されています。特に急速充電器が120万基と高い割合を占めており、他国に比べてインフラの整備速度が際立っています。
さらに、都市部ではロボタクシーや完全自動運転車両の実証実験が進み、EVを中心としたモビリティサービスの拡大が見込まれています。
中国の戦略は、国内市場の圧倒的な需要を背景に、海外市場にも進出するという「内需先導型外需取り込み」モデルです。BYDなどのメーカーが低価格で高品質なモデルを提供し、そこで得た利益、ユーザーニーズを反映した新たな技術等を武器に、新興市場でも競争力を発揮しています。
日本は2035年までに新車販売の100%を電動車(EV、ハイブリッド車、燃料電池車)にする目標を掲げていますが、EV普及率は2023年時点で1%程度と低迷。政府は2030年までに公共充電器を30万基まで増やす目標を掲げていますが、現時点では3.16万基と約1割程度にとどまっています。
この遅れの背景には、HV、PHVの好調さ、EV生産コストの高さがあります。しかし、最近ではトヨタを筆頭に各社ともEV技術の開発に本腰を入れ始めており、政府もCE(カーボンニュートラルエネルギー)自動車導入促進補助金やインフラ整備費用の増額を行うなど、巻き返しを図っています。
また、ホンダと日産の経営統合等、新たな動きも出てきていますので、今後の展開に注目したいと思います。
EV普及において充電網の整備は不可欠です。また、インフラ整備だけでなく、上記のような新しい収益モデルへの転換も鍵となるでしょう。繰り返しになりますが、上記のテスラのOTA技術を活用した有料ソフトウェアアップデートや、ロボタクシー事業の展開は、EV時代ならではの収益モデルの一例です。
AIを活用した自動運転技術の進化に伴い、車両そのものがサービス提供の基盤になる未来が見えつつあります。車両がアップデート可能な「ソフトウェア化」された存在となることで、購入後も収益を生むプラットフォームとしての可能性が広がっています。
欧州、米国、中国、日本のEV政策やインフラ整備には、それぞれの社会的背景や市場特性が反映されています。欧州は環境規制を軸に、米国は市場主導型の成長、中国は政府支援と規模拡大、日本は遅ればせながら新たな戦略と方向性を模索しています。
EVを巡る動きは、単なる移動手段の変化にとどまらず、産業構造全体を変革するものです。各国がどのように競争し、協調するか、世界の経済覇権構造にも重大な影響を与えます。(了)