韓国で大統領弾劾決議が可決されました。今後は弾劾決議に関する最高裁の判断に移るそうですが、目が離せません。国内でもAI等の技術進歩に伴う社会の変化が加速しています。それでも世界の変化には遅れている感が強い日本。どのように迅速に社会実装を進めていくかが問われています。今後とも関心を持ち続け、豊かさと進歩と平和のために微力を尽くしていきます。今年最後のメルマガです。本年は大変お世話になりました。
1.言うは易し、行うは難し
最近はどうしてもAI関連の話題が多くなりますが、それだけAIが世界や社会に激変をもたらしている証左です。そんな中、日本は世界の動きに遅れている感があります。
10月に米AMDが発表した新しいAI半導体「M1325X」は、盟主NVIDIAの現状の主力AI半導体「H200」の4倍の推論データ処理性能があるそうです。年初に想定していた展開がさらに加速しており、最新情報のキャッチアップすら容易ではありません。
今月9日、Chat GPTのOpen AIが「Sora」をリリース。文章による短い指示でプロが作るような高品質の動画を作成できます。有料版チャットGPTの利用者を対象に、日米などで利用できます。
ChatGPTの加入プランによって「Sora」の利用できる機能に違いがあります。ChatGPT Plusユーザーは最大解像度720p、5秒の動画を最大で月に50本まで生成できます。
ChatGPT Proユーザーは、最大解像度1080p、20秒の動画を最大で月500本まで、しかも同時に5つまで生成可能。Proでは「電子透かし」マークなしでダウンロードできる等のサービス面でPlusとの違いがあります。
サム・アルトマン最高経営責任者(CEO)等が実演して動画を創るニュースを見ました。「砂漠を歩くマンモス」とプロンプトを打ち込むと、巨大なマンモスの群れが広大な砂漠を砂埃をあげながら移動する動画が簡単に作成され、晴天下の影の動きも実にリアルに表現されていました。
さらに「マンモスをロボットに置き換える」と指示を加えると、マンモスが金属製の4本足のロボットに変更された動画が作成されました。
現時点での「Sora」の機能は主に5つあります。第1は、気に入ったシーンを分離し、その差分を生成して尺を伸ばす「Recut」。
第2は、1つの動画をシーンごとに分割してそれぞれプロンプトなどで調整できる「Storyboard」。第3は、動画がループするように編集してくれる「Loop」。
第4は、2つの動画を混ぜて1つの動画にする「Blend」。第5は、動画をモノクロ写真風やペーパークラフト風など動画のスタイルを変える「Style presets」です。
動画には基本的に「電子透かし」を入れることで、AIで制作したことが識別できるような仕様になっています。上記のとおり、Pro版は「電子透かし」を削除することができるそうです。
性的な虚偽動画等、悪質なコンテンツの作成指示はブロックされます。また、18歳未満の利用も禁止されています。
Open AIは2月に「Sora」プレビュー版を発表し、リスク管理の専門家やアーティスト等に試用してもらって改善を重ねてきました。今回リリースされたのは「Sora Turbo」という高性能バージョン。
2月のプレビュー版と比較すると「Sora Turbo」は大幅に高速化しているうえ、一般人(素人)がプロのような高品質な動画を作成できるようになり、企業の商品CM等の動画制作分野の雇用を奪う可能性が指摘されています。
今後は、誰もが利用できる価格帯にするために更なるバージョンアップを検討しているとのことです。また、この動画生成技術が発展していく中で、動画制作基準や安全対策を社会全体で構築するために、自発的ルールの確立とともに、関係当局とも協議していくとしています。
さて、AIは日本の現実世界にも著しい影響を及ぼしつつあります。内閣府は2018年、医療分野におけるAIの活用・発展を決定し、国家プロジェクトとして推進しています。そのプロジェクトの目玉となっているのが「AIホスピタル」です。
「AIホスピタル」は、AIを活用して医療の効率化や医療従事者の負担軽減などを目指した技術やサービスの開発を行う一連のプロジェクトです。
内閣府が2014年度に立ち上げた「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」。SIPは日本の科学技術イノベーションを目的に創設された国家プロジェクトで、縦割り行政の弊害を乗り越え、基礎研究から技術の実用化・事業化までを視野に入れた省庁横断の取り組みを目指しています。とは言え「言うは易し、行うは難し」です。
2018年度のSIP第2期で「AIホスピタルによる高度診断・治療システム」がテーマとして採択され「AIホスピタル」事業が始まりました。
2.AIホスピタル
日本を筆頭に、世界は今後半世紀で急速に高齢化が進むため、超高齢社会に向けた医療体制整備が喫緊の課題です。また、医療技術の進歩は急速で、最新の技術や情報を医師や医療関係者が適時適切にキャッチアップすることは容易ではありません。
「AIホスピタル」は、AI、IoT、ビッグデータ等の技術を活用してこうした状況に対応するものです。
「AIホスピタル」の医療提供側のメリットは、医療従事者の負担軽減、本質的業務(診察、手術等)へのリソース投下、人的ミスの回避、医療の質向上、高度化・先進化した医療サービスの提供と医療の効率化、各病院で集めた医療情報のビッグデータベース化、それに伴う患者へのより適切な治療法提示等々、概念的には枚挙に暇がありません。
患者側にとっては、AIによるビッグデータ分析に基づいてより適切な診療が受けられる可能性が高まります。属人的な判断ミスによる医療過誤等のリスク軽減も期待できます。
また、「AIホスピタル」発展の過程で得られる新技術には多くの分野の研究者が関わりますから、医療分野のみならず、日本全体の競争力向上にも寄与します。
「AIホスピタル」の背景には医師不足や働き方改革が関係しています。一般企業では、2019年に施行された働き方改革関連法により長時間労働の改善、時間外労働時間の上限規制が始まりました。
医療界でも、医師や看護師の時間外勤務や休日労働などの過重労働が大きな問題となっていましたが、即応は難しいとの判断から5年の猶予期間が設けられ、今年からスタートしました。そのため、マンパワー確保が重要課題ですが、とりわけ地方では深刻です。
医師の負担軽減、先進的テクノロジーによるDX推進による病院運営の効率化は、優秀な医療人材の育成・獲得にも繋がっていくと思います。
「AIホスピタル」を支える医療AIプラットフォーム構築のため、「医療AIプラットフォーム技術研究組合(HAIP)」という組織が設立されており、日本ユニシス、日立製作所、日本IBM等々、企業、大学、研究所等の法人がメンバーになっています。日本医師会も当該プラットフォームのガバナンス機関として「日本医師会AIホスピタル推進センター(JMAC-AI)」を設立しました。
医療AIプラットフォームは、第1期(2021年8月開始)、第2期(2022年1月開始)と運用されましたが、その間のコロナ禍における混乱等から様々な課題に遭遇しました。
現在は第3期ですが、このプラットフォーム外の医療AI/DXに関する多様な製品・サービス群も氾濫しており、それらとの融合や標準化が行われないと「いつか来た道(結局、成功しない)」に至る蓋然性は低くありません。
政府は2019年策定の「AI戦略2019」で医療分野におけるAI社会実装を目標に掲げたほか、2022年策定の「AI戦略2022」では深層学習を重点分野と位置付け、AIによる医療診断システムの開発運用を目指しました。
しかし、その最中に登場したChat GPTに端を発した生成AIブームで、それまでの検討や開発が陳腐化した(吹き飛んだ)感もあります。
典型例は電子カルテです。筆者が国会で仕事をするようになった直後(2001年)に、当時の厚労省担当者と電子カルテについて協議した際、「3年後には全国的に普及します」と語っていましたが、そうはなりませんでした。
日本を尻目に韓国等ではアッと言う間に標準電子カルテが普及した一方、日本では医療機関、ベンダー等の利害関係者の思惑等も影響し、標準化が進まず、世界から遅れをとっていた中での「AIホスピタル」構想でした。
しかし、生成AIの登場で、自然言語処理(NLP)によるデータ化やAI学習によって電子カルテの概念も一気に変わりました。
そこで、SIP第3期では「統合型ヘルスケアシステムの構築における生成AIの活用」が採用され、医療LLM(大規模言語モデル)基盤の研究開発・実装、医療データ基盤の構築と運営手法の検討等に焦点が当たっています。
この取り組みは10年後を見据えたタイムスパン。しかし、2年後、3年後には様々な変化(技術的進歩)が起きている可能性が高く、タイムスパンの設定が適切でないように思えます。
医療AIの活用は米国では急速に広まっており、米品医薬品局(FDA)ではAI製品やサービスを積極的に認可。AI機械学習対応の医療機器件数は急増しています。
日本でAI医療機器を用いた診断が保険適用されたのは2022年12月。AI製品・サービスの認可件数は徐々に増えていますが、米国のみならず欧州・中国と比べても遅れています。承認審査に時間がかかることに加え、AI医療機器に対する保険適用が進んでいないことが影響しています。
医療AIの典型的活用例を整理しておきます。第1に画像診断。X線、CT、MRI等の画像を学習に基づいて診断します。第2に自然言語処理によるカルテ作成とデータ分析。カルテ記載内容を解析し、患者の疾患リスクを予測したり、パーソナライズされた治療計画を提案します。第3に、それらの結果として診断の精度・質・速度の向上、治療計画の最適化。早期発見・早期予防等に繋がります。
また、医療分野におけるビッグデータ利用も加速するでしょう。従前は収集した医療情報は各医療機関が保有していたため、情報の共同利用ができませんでした。しかし2018年5月に「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律(次世代医療基盤法)」が施行されたことで、医療ビッグデータとして活用できるようになりました。代表的なものが画像診断です。大量のデータを学習したAIが診断を支援することで、病気の早期発見やヒューマンエラーを防止します。
このほかにも、新薬開発加速、医療アクセス向上、ゲノム解析による疾病診断、診療器具への活用、入院患者の異常事態察知、医療事務効率化等、多岐に亘りますが、オンライン治療による地域格差是正も期待できます。
手術ロボット高度化もAI利用と密接に関係しています。前立腺がんや腎臓がんなどのロボット支援手術(ダヴィンチ手術)が2010年代から国内でも普及しています。今後はAIと連携することで、高技能の医師の繊細な動きを学習し、より高い精度、低い侵襲度、高度な手術を行えるようになるでしょう。
種々のセンサーから得られる患者データにAI技術を適用し、患者の健康状態をリアルタイムで監視し、リスクがあると診断されたタイミングで素早く介入する患者モニタリング技術も実装が進んでいます。入院患者の状態把握、手術後の状態管理等に活用されています。
2018年の介護報酬改定で、病院等の施設で夜間駐在人員を削減する代わりに機械的な見守り機器を使用することが可能になりました。カメラやセンサー等で患者の入居者の状態を把握し、AIで異常を検知することで無人見守りを行う施設が増加。看護師等の負担軽減に繋がっています。
もちろん、AI活用のデメリット・課題もあります。学習データの偏り、アルゴリズムの欠陥、プライバシーとセキュリティの懸念、誤診の可能性、トラブル発生時のリスク管理、AIの判断の「ブラックボックス問題」等々、今後も対応が必要です。
3.常山蛇勢
さて、毎年年末最終号は恒例の干支の話をお伝えしています。干支は十干十二支の組み合わせで決まります。
十干は「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」、十二支は「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」。したがって、「十」と「十二」の最小公倍数の「六十」でひと回り。六十歳になると自分が生まれた年の干支に戻るので「還暦」と言います。
干支は十干の「甲」と十二支の「子」の組み合わせである「甲子」がスタート。現在は1984年の「甲子」から始まった60年循環の中にあります。その60年前、1924年の「甲子」の年に建設されたのが甲子園球場です。
干支は「陰」「陽」の2つ、及び「木」「火」「土」「金」「水」の5つの性質との関連で様々な解説がなされます。陰陽五行説(陰陽思想及び五行思想)です。
水は木を育み、木は火の元となり、火は土を作り、土は金を含み、金が再び水を生む。「五行」の組み合わせにより「相生」「比和」「相剋」「相侮」「相乗」に分類され、相互に強め合ったり、弱め合ったりします。
2025年(令和7年)の干支は「乙巳」。十干の2番目「乙」と十二支の6番目「巳」が重なる年です。陰陽五行思想では、「乙」は「陰の木」、「巳」は「陰の火」で、「相生」となっていることから、「乙巳」の年は「吉」となっています。
「乙」は、困難があっても紆余曲折しながら進むこと、しなやかに伸びる草木を表しています。「巳」は蛇のイメージから再生と変化を意味します。脱皮し強く成長する蛇は、その生命力から不老長寿を象徴する動物、または神の使いとして信仰されてきました。
この2つの組み合わせである「乙巳」は「努力を重ね、物事を脱皮させ、安定させていく」といった縁起のよさを表しています。
「困難を乗り越えて、新たな段階へ進む」という暗示かもしれません。「成長」や「変革」の年です。蛇が脱皮して新しくなるように、日本社会も大きな変化や再生に繋がる出来事が起きるかもしれません。
但し「成長」や「変革」を得るためには、「柔軟性」が必要であるとも指摘されます。固定観念にとらわれず、新しい考え方や方法を積極的に取り入れることで、「成長」と「変革」を遂げられるでしょう。
さて、恒例の十二支に纏わる諺(ことわざ)や慣用句です。よく聞くのは例えば「蛇の道は蛇」。同類の者は互いにその事情に通じているので、同類の者のすることは容易に想像できることの喩えです。
「長蛇の列」は行列が長いことを蛇の長い胴体に喩えたもの。「長蛇を逸する」は、惜しい獲物や大事な機会を取り逃がすこと。
「蛇に見込まれた蛙」は、逃げることも手向かうこともできず、体がすくんでしまうことの喩え。大敵に狙われて抵抗できないことを意味します。
「蛇に噛まれて朽ち縄に怖(お)じる」(「朽ち縄」とは「腐った縄」)とは、蛇に一度噛まれてからは腐った縄を見ても怯えるという意味。一度の失敗に懲りて必要以上に用心深くなることの喩えです。
「草を打って蛇を驚かす」は、誰かを懲らしめて、関係する他の人々をも戒める喩え。何の目的もなくやったことが、とんでもない結果を招くことも意味します。
蛇に纏わる諺や慣用句にはあまり前向きなものがありませんが、最後に比較的前向きなものをご紹介します。
「常山蛇勢」は、統一がとれていて、欠陥や隙が全くないこと。どこをとっても整然として、うまく組み立てられている文章や状態のことを指します。戦国時代には、先陣・後陣・右陣・左陣のどれもが互いに呼応して整然と戦う陣法のことを意味しました。
「蛇の如く、鳩の如く」は「人生は賢く、温和であれ」と諭します。日本の諺と言うより、聖書マタイ伝に登場する表現です。
それでは皆さん、よい年をお迎えください。
(了)