【Vol.544】中国不動産不況

本日、石破茂102代内閣総理大臣が誕生します。政治不信と内外情勢多難の中での新政権発足です。10月27日総選挙ですが、今朝の中日新聞報道にあるように、いよいよ名古屋市長選挙も行われます。私は名古屋市長選挙に臨むことになりますが、何とか市政を担わせていただきつつ、引き続き内外諸情勢にも関心を持ち、名古屋・尾張・愛知・東海・中部、ひいては日本の発展に貢献できるように頑張りたいと思います。今日は中国経済の最新状況を整理してお届けします。ご参考になれば幸いです。

1.時限爆弾

今や中国のGDP(国内総生産)は世界2位。2023年の1位米国シェアは26.1%、中国は16.9%。日本はドイツに次ぐ4位で4.0%まで縮小しています。

2023年の日中貿易総額は42.2兆円(3007億ドル)。日本にとって中国は最大の貿易相手国、中国にとって日本は米国に次ぐ2番目の貿易相手国。日本の輸出の17.6%、輸入の22.2%を中国が占めています。

中国にある日系企業の事業所は最新データで3万1324ヶ所。日系企業の海外拠点数として第1位です。

2023年の訪日中国人観光客数は約242.5万人。コロナ明けで団体旅行が解禁されたことから、中国は訪日観光客全体の約9.7%を占め、シェアは韓国、台湾に次いで第3位。

このように日中間は政治的緊張の一方で貿易・投資・観光等の経済関係は依然緊密。4億人の中間層がいる巨大市場中国の異変は日本経済に動揺をもたらします。

その中国について、米国バイデン大統領が「時限爆弾」と評しました。経済が低迷しており、国内で不満が高まっていると指摘。その結果、国内の不満を抑えるために何らかの危険な外交政策上の行動に出ることを懸念しての発言です。

「内政に不満を抱く国民の目を外交に向かせる」のは古今東西の常套手段。プロイセンの軍人カール・クラウゼヴィッツは「戦争は他の手段による政治の継続」と表現。英国の政治家トニー・ベンは外交を弄ぶ顛末を「戦争は外交の失敗」と述べています。

「時限爆弾」との指摘に中国は反発。李強首相は「2023年は大規模な景気対策なしで5%の目標成長率を達成」と強弁し、2024年の目標成長率5%も堅持。つまり「時限爆弾」ではないと主張しています。

しかし本年入り後の実績を見ると、第2四半期のGDPは前年同期比4.7%増と第1四半期の5.3%から鈍化。先月発表された8月の工業生産高も2021年9月以来の減速。今月発表の第3四半期のGDPも軟調で4.7%程度の予想。第4四半期も同水準と目され、通年成長率は5%成長目標に届かない見込みです。

その場合、1990年代初めに成長目標設定を始めて以来、2022年に続く2度目の未達。コロナ禍の影響が響いた2022年の未達とは意味が異なります。

低迷の主因は不動産市況悪化。不動産は中国経済の牽引役です。最近までフロー(GDP)の4分の1、ストック(国富)の3分の1を不動産が占有する異常さでした。

高層住宅、ホテル等の建設は、建材・家具・家電等、様々な分野に影響を与えるため、不動産市況悪化は景気の先行き不透明感に繋がっています。

中国の不動産セクターは過去20年間、開発と建設で活況を呈してきました。水面下では過剰投資とバブル懸念が語られていましたが、2018年頃から現実化。そしてコロナ禍と同時に人口減少局面に入り、不動産セクターにブレーキがかかり始めました。

バブル崩壊を恐れた中国政府は開発業者に借入限度額を設定。2021年からは金融当局が資金調達規制を導入。つれて資金繰りに窮する不動産事業者が急増。建設がストップしている物件が多数あります。

中国主要都市の7割で新築住宅価格指数が前月比減少が続いています。不動産開発投資額も月を追って前年比減少率が拡大。不動産市況低迷は事業者の経営悪化、住宅所有者の購買力低下に繋がっています。

その象徴が2020年頃から経営危機に陥った不動産大手恒大グループ。国内のみならず米国や日本でも事業を拡大していた同社は、2023年8月に米連邦破産法適用を米裁判所に申請。今年1月には香港高裁が恒大グループの法的整理開始を決定し、香港高裁の清算命令を受けて3月に米連邦破産法申請を取り下げました。

中国では「不動産投資は貯蓄」と言われ、中国人は株式投資や銀行預金よりも不動産投資を選好。その嗜好性と中国国内での不動産市況低迷が訪日中国人による日本の物件買い漁りに繋がっています。

欧米諸国と異なり、中国ではコロナ禍後のリベンジ消費ブームは起きていません。不動産市況低迷で資産価値が目減りした保有者が消費抑制気味であるためです。

土地が国有化されている中国では、地方政府が土地使用権をデベロッパーに売って開発が行われ、売却収入は地方政府の景気対策やインフラ開発の主要財源になってきました。そのため、不況になると地方政府は不動産売却を促進する傾向があります。

一方、住宅価格高騰は国民の不満を招くため、不動産バブル抑止のための政策も必要でした。この相矛盾する動きが事態を複雑にしています。

中国人民銀行は住宅ローン指標金利5年物を4.2%から3.95%に引き下げたほか、中央政府は地方政府と銀行の連携融資を促進する「不動産協調融資メカニズム」を発動。これらは不動産投資促進策です。

一方、習近平主席はバブルと不動産高騰の抑制を企図して、5%成長目標未達を是認。目標必達を目指す政策運営は、結果的にバブル維持、住宅価格高騰に繋がり、富裕層以外の国民の不満を高めるからです。

こうした矛盾と捩れを伴う事態の影響で、本年入り後、建設資金調達のために土地を自らに売却する地方政府があることが発覚。開発計画、財源調達、市況悪化、中央政府からの締め付け等々の要因が輻輳した結果の蛸足現象です。

中国政府は日本のバブル発生と崩壊の過程を研究してきたものの、日本とは一味違うバブル発生と崩壊に直面しています。地方に林立するゴースト高層住宅やホテルの後始末は困難を極めるでしょう。バランスシート不況と長期低迷に陥るリスクが高まっています。

2.雁行型経済

不動産以外の経済指標も低迷しています。例えば個人消費。かつては不動産の資産価値向上を背景に家電や宝飾品が飛ぶように売れていましたが、最近は時に前年割れを記録。CPI(消費者物価指数)も昨年以降は前年比マイナスとなる月が散発しています。

中国は2022年末にゼロコロナ政策に伴う行動規制を解除。2023年以降は一気に需要が回復するという期待がありましたが、購買意欲は落ち込んだままです。消費支出が前年比プラス10%増の勢いだったコロナ禍前には到底及びません。

景気低迷は雇用環境悪化に繋がっています。バブル崩壊後の皺寄せが若者に集中して「就職氷河期世代」が生まれた日本と同様に、若年層の雇用が悪化。現在の中国は当時の日本より酷い状況です。

昨夏、16~25歳の失業率が過去最悪21.3%と公表された直後、中国政府は「より正確に実態を反映するため」という理由で公表中止。その後、定義変更されて15%程度のデータが公表されましたが、恣意的な感じを否めません。よほど状況が悪いと推察できます。

今年の新卒大学生の内定率は前年比2.4%ポイント減の48%。新卒者の過半が職に就けない状況です。背景には不動産不況に伴う景気低迷に加え、人気企業や役所への希望集中、大都市ホワイトカラー偏重の求職動向、IT企業の人員削減、中小企業の経営不振等が影響しています。

生活不安、将来不安を抱える若年層では「リベンジ貯金」という言葉が流行っているそうです。生活リスクに備えて貯蓄を増やしており、そのことは需要不足に繋がっています。

こうした経済事情も影響して少子化も深刻。「公共の場での乳児や子供の声が煩わしい」とする子育てに不寛容な世相も少子化を助長。高齢化と相俟って、閉鎖幼稚園が介護施設に転用されるケースも増加しています。

「結婚離れ」も進行。婚姻数ピークは2013年の1346万組でしたが、2023年は約半分の768万組。中央テレビ(CCTV)の報道によれば、去る9月22日、政府(民政省)、中華全国婦女連合会主催の1万人合同結婚式が開かれました。

北京をメイン会場に全国50ヶ所をオンラインで繋いで同時開催。「結婚離れ」抑止の政府の思惑に対し、SNS上では「無意味」といった若者の書き込みが拡散しているそうです。

上記のような状況を反映し、経済のデフレ傾向が鮮明化。生活実感に近い名目GDPが実質GDPを下回る「名実逆転」が5四半期連続で続いています。

デフレ化により資金循環も低迷。直近(6月)の新規人民元建て銀行融資は2.1兆元(約42.6兆円)と前年の3.1兆元(約61兆円)を大きく割り込んでいます。

ベンチャー市場への投資資金流入も急減。昨年のベンチャー投資額は141億ドル(約2.2兆円)と直近ピークだった2021年から約7割減。世界全体(約5割減)と比べても落ち込みが大きい状況です。

リスクマネー縮小の一方で、投資は国債に集中。中国人民銀行は市場関係者に投資過熱を再三警告していますが、国債利回りは記録的低水準で推移しています。

この間、景気低迷、需要不足を映じ、商品在庫が爆発的に増加。世界の銅の9割、原油の3割、主食用作物の半分余りを保有する中国ですが、それらの在庫が積み上がっています。その結果、各種商品市況も低迷。

在庫増加に関しては別の見方もあります。十分な在庫確保が使命の国有輸入業者は、在庫増加を気にしていないということです。コロナ禍やその後の電力不足を契機に中国政府は経済安全保障を重視し、食品・鉱物・エネルギー等の在庫を政策的に積み増しているという見方です。この点は日本も見習うべきかもしれません。

最近の中国の状況は「雁行型経済」という旧ソ連や中国の発展モデルの限界を浮き彫りにしています。中国の過去30年間の驚異的成長は、あらゆるものを建設することで推進されてきました。道路、橋、鉄道、工場、空港、住宅、都市等々です。そして多くの事業の実施主体は地方政府。旧ソ連や中国は、それらが雁の群れの先頭の数羽の役割を果たす「雁行型経済」で成長しました。その「雁行型経済」が限界に直面しています。

状況打開のためには不動産以外の分野を牽引役にする必要があります。例えばITや金融です。しかし、最近の習近平政権はアリババのような大手IT企業や金融資本家を享楽的と称して締め付けており、牽引役にはなりにくい状況です。

習近平主席は「共同富裕(共に豊かになる)」運動を推進していますが、所得格差は是正されず、中国人の平均所得の伸びは1980年代後半以降で最も低くなっています。格差拡大によって「共同富裕」実現という社会契約(豊かな生活を保障する代わりに一党支配を是認)が成立しなくなれば、政情不安に繋がります。

米戦略国際問題研究所(CSIS)が9月9日に発表した調査結果によれば「裕福な家庭で育つことが豊かになれる主因」と考える中国人の割合が最多を記録。この項目が最多となるのは過去20年間の調査で初です。一方、2004年に62%に達していた「努力が必ず報われる社会」という見方に賛同する人の割合は26%に激減。現在の経済社会システムに対する不満が高まっています。

1億人の富裕層、4億人の中間層がいる一方で、全国民の平均年収は1万2850ドル(約190万円)程度の中国。国民の約4割は農村部で暮らしています。こうした実情は今後の更なる成長の潜在的可能性であるとともに、政情不安に繋がるリスクでもあります。

3.戦狼外交

そこで気になるのが、冒頭に記したように「内政に不満を抱く国民の目を外交に向かせる」という古今東西の常套手段です。

2015年、中国に向かう機中で「戦狼」という映画を見て、ハリウッド風のストーリーとアクションに加え、好戦的な内容、CG等の出来栄えの良さに驚きました。

さらに2017年、「戦狼2」が公開され、これも機中で見ました。この映画は中国を含むアジアでの観客動員数が1.6億人を突破、歴代興行収入1位を記録。人民解放軍退役兵がアフリカに取り残された中国人を保護するために欧州民間軍事会社と戦うストーリーです。

キャッチコピーは「犯我中?者??必?」、英語字幕では「Even though a thousand miles away, anyone who affronts China will pay」、日本語訳は「中華を犯す者は遠きにありても必ず誅せん」。映画の最終カットは中国のパスポートの表紙をバックに「外国で危険に遭っても必ず祖国が守ります」という文章が表示されていました。

作品中で人民解放軍は国連決議を遵守する理性的存在として描かれる一方、米軍は横柄で暴力的に描写。撤退する米艦艇と進駐する人民解放軍艦艇が洋上ですれ違い、人民解放軍伸長と米軍衰退を印象付ける演出も記憶しています。この頃から、現実の世界でも米中対立が一層先鋭化しました。

この映画に端を発して「戦狼外交(Wolf warrior diplomacy)」という単語が飛び交うようになりました。つまり、攻撃的、好戦的な外交やそれを担う外交官の代名詞です。

秦剛元外相や外交部報道官に抜擢された趙立堅等が象徴的存在。とりわけ趙立堅は在パキスタン大使館員時代の2019年7月、米国内の人種差別等をTwitter上で批判したことを契機に注目を浴びて抜擢されました。欧米諸国の反中姿勢に反発する中国政府が趙立堅の戦狼外交スタイルを容認したということです。

記者会見やSNS、報道機関の取材やインタビューで、中国批判に対して先鋭的に反論。従前では考えられない口調や表現で日米欧諸国と対峙するようになりました。

戦狼外交は上述のとおり2017年頃から目立ち始めましたが、コロナ禍の際にとりわけ苛烈化。コロナウィルス中国起源説等に対する反発です。

戦狼外交によって「中国の台頭は避けられず、抵抗しても無駄」「米国は自国問題で手一杯で同盟国を助けられない」という暗黙のメッセージを諸外国に摺り込んでいます。

中国は鄧小平が残した「韜光養晦(とうこうようかい)有所作為」(能力を高め、才能を隠し、時期を待つ)方針を堅持していましたが、2008年に胡錦涛主席(当時)が「堅持韜光養晦、積極有所作為」と述べて「堅持」「積極」という接頭語を加えた頃から、戦狼外交的片鱗が見え始めました。

アフリカ諸国等地理的に接していない国々への外交攻勢、地政学的に重要な港湾等の長期租借、一帯一路構築、AIIB(アジアインフラ投資銀行)設立、南シナ海での洋上基地建設と行政区設立、中印国境での兵力増強と紛争惹起、日本の領海領空侵犯、香港への国家安全法適用と反対派弾圧、反中国的諸国への経済的圧力、コロナウィルス起源調査要請に対抗して発動した豪州産牛肉禁輸措置、韓国THAAD配備への制裁として中国人の韓国旅行停止措置等々、戦狼外交の延長線上の施策は枚挙に暇がありません。

この間、戦狼外交の推進のために外交部職員の業績報告書に広報項目が追加されたそうです。そのため、中国外交官はSNSを活用し、物議を醸す発信に注力。趙立堅のような中堅・若手外交官が登用され、中国外交官の体質変化を感じます。

一方で2021年5月、習近平主席は「自信を示すだけでなく謙虚で、信頼され、愛され、尊敬される中国のイメージづくりに努力しなければいけない」とも語っています。戦狼外交が国際社会の反中世論を高める「諸刃の刃」であることも認識している証左です。

バイデン大統領の「時限爆弾」発言は、中国の経済情勢や社会情勢、内政と外交の実情を巧みに言い当てた表現と言えます。(了)