皆さん、こんにちは。春真っ盛り。ゴールデンウィークが待ち遠しい季節になりましたが、朝晩は寒い日もあります。新型コロナウイルス感染症も含め、くれぐれもご自愛ください。

かわら版では日常会話の中に含まれている仏教用語をご紹介しています。知らず知らずのうちに使っている仏教用語。それだけ日本人の生活に溶け込んでいるということです。

春になると梅や桜の花見の季節です。まだまだ肌寒い季節なので、温かい室内での花見懐石もいいですね。と言って使った「懐石」も、実は仏教用語です。

初期のインド仏教には「非時食(ひじじき)戒」という戒律がありました。修行僧は午前中に托鉢に行き、そこで施された供物を昼頃に食べたら一日の食事は終わり。つまり、食事は朝と昼の2回でした。

やがて仏教はシルクロードや中国に伝わりましたが、インドより寒い地域での「非時食戒」は過酷です。とりわけ冬は、修行僧たちが寒さと空腹に苦しんだそうです。

そこで修行僧は寒さと飢えに耐えるため、石を温めて布に包んで懐(ふところ)に入れるようになり、それは「からだに良い薬のような石」という意味で「薬石(やくせき)」と呼ばれました。いわば懐炉(かいろ)ですね。

しかし「薬石」で暖はとれても空腹は満たされません。そこで夕方に粥(かゆ)などを食すようになり、これも「薬石」と呼ぶようになります。

しかし「薬石」で暖はとれても空腹は満たされません。そこで夕方に粥(かゆ)などを食すようになり、これも「薬石」と呼ぶようになります。

この「薬石」が転じて、温石(おんじゃく)を懐に入れて空腹を凌ぐ程度の粗食という意味で「懐石」という表現が登場します。

とりわけ、中世以降に茶道が広まると、茶を美味しく味わうために、その前に出される粗食のことを「懐石」と呼ぶようになります。茶懐石です。

茶懐石が流行するのは千利休の時代です。同時代に豪華な本格料理として誕生した「本膳(ほんぜん)料理」と対比する意味もあって、茶の湯の前の粗食を「懐石」と呼ぶのが風流となりました。

仏教の「懐石」が茶道の「懐石」のルーツであることは、食事の作法からも想像できます。茶道では、添えられた柄杓(すくい)で湯の子を取って飯椀と汁椀に入れた後、両碗に湯を注ぎ、飯椀に少量残しておいた飯で湯漬けをします。最後は湯を全部飲み切り、器を懐紙で清めて亭主(茶の主催者)に返します。禅寺の食事作法と一緒ですね。

その後、「懐石」と「会席料理」が混同して使われるようになります。「会席料理」は言わば宴席料理のこと。俳人が句会や歌会を催した後で楽しむ食事が起源です。

一方、「懐石」はそれ自体が粗食の意味なので「懐石料理」と「料理」をつける必要はありません。「懐石」と「会席」の音が同じなので、いつしか同じ意味で使われるようになりました。今でも料理屋の品書きに「懐石」と「会席」が混同して表記されています。

利休時代の茶会記を見ると、茶会の食事について「ふるまい」と記されており、本来は「懐石」のつもりで用意しつつ、実際には食事を楽しむ「会席」でした。これが混同の原因かもしれません。

こんな話を書いていたら、お腹が空いてきました。ではまた来月。