皆さん、こんにちは。梅雨の季節になりました。腰痛が気になる季節です。くれぐれもご自愛ください。

かわら版では日常会話の中に含まれている仏教用語をご紹介しています。知らず知らずのうちに使っている仏教用語。それだけ日本人の生活に溶け込んでいるということです。

今年も台風シーズンを迎えました。最近は毎年台風が大型化し、全国で未曽有の被害が出ています。今年も備えを万全にしてください。

さて、この「未曾有(みぞう)」も仏教用語です。もともとはサンスクリット語の「アドゥブタ」という言葉で、「あり得ない」「奇跡」「驚くべき」という意味です。漢訳を訓読みすると「未(いま)だ曾(かつ)て有(あ)らず」となり、つまり「これまでになかったほど素晴らしい」というニュアンスで使われています。

日常会話的には「未曾有の災害」など、否定的な表現として使われることが多いですね。不思議なことに、仏教用語では肯定的な意味の言葉が、日常会話では否定的な意味で使われることが多いようです。逆もあります。

せっかくの仏教用語が本来の意味で使われないのは、もったいないことですね。と言ったこの「もったいない」も仏教用語です。

漢字では「勿体ない」と書き、仏教用語の「物のあるべき姿」の意の漢訳語「物体(もったい)」から生まれました。それに「ない」がついて「物のあるべき姿を外れて不都合である」「もってのほか」というのが本来の意味。転じて「自分にとって身に過ぎる」「価値が十分に生かされていなくて残念」という意味になっていきました。

つまり、仏教的には否定的な言葉が、日常会話的には肯定的な言葉になっています。「未曾有」とは逆ですね。

室町時代からよく使われるようになり、「勿体ない」は姿や態度が「本来の姿」を外れて物々しいという意味に転じ、「勿体をつける」「勿体ぶる」のような表現が定着しました。

「もったいない」と言えば、ケニアの環境保護活動家でノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさんのことを思い出す人も多いと思います。

「もったいない」という日本語を知ったマータイさんは「これは英語の wasteful(無駄がいっぱい)に近い言葉だが、自然や物に対する敬意や愛の気持ちが込められており、日本語以外には同様の言葉がない」「三R、つまり消費減(リデュース)、再使用(リユース)、再利用(リサイクル)では表現しきれない価値観を含んでいる」と絶賛したそうです。

「未曾有」と「勿体ない」を本来の意味で使うと次のようになります。新型コロナウイルスなど新しい病原体の出現は地球温暖化の影響とも言われています。人間の強欲主義が温暖化を招いているとすれば「勿体ない」ことです。でも国民の皆さんの「未曾有」の協力で何とか第一波は乗り越えました。ありがとうございました。

しっくりきませんね(笑)。仏教用語が本来とは逆の意味で定着していることは、人間の「欲」の為せる業(わざ)。「欲」から逃れられない人間が自分に都合よく解釈していった証(あかし)です。それではまた来月、ごきげんよう。