皆さん、こんにちは。いよいよ師走になりました。年末でお忙しいでしょうが、くれぐれもご自愛ください。今年のかわら版は知多四国八十八ヶ所霊場についてお伝えしています。今月は三十五番からスタートです。
修行大師像
三十四番から大井漁港前を通って南に約二・六キロメートル。三十五番は神光山成願寺。
お大師様が聖崎に上陸した際、当地で疫病が流行。お大師様の加持祈祷によって救われた村人が修行大師像を祀って霊跡としたのが始まりです。
ご本尊 阿弥陀如来
ご詠歌 慈悲深き 弥陀をと頼む 成願寺 利益をうけよ 思ふま にまに
御手引大師
三十五番から師崎に向かう道中、約一・八キロメートル進むと三十六番、天永山遍照寺。
元々は三十番医王寺の塔頭寺院十二坊の一院。医王寺が火災に遭った後、ここに移って再興されました。
ご本尊に弁財天を祀る知多四国霊場唯一の札所。別堂にはお遍路さんの道中安全を願う御手引大師が祀られています。
ご本尊 弁財天
ご詠歌 巡り来て 友待つ筈の遍 照寺 いざや急がん 西浦の里
大光古墳
いよいよ師崎から船で日間賀島に渡ります。東港から約〇・三キロメートル、西港から約一・七キロメートル、三十七番は魚養山大光院。
やはり医王寺の塔頭寺院でしたが、一二一二年、島に移転しました。
島には古墳が多く、境内には大光古墳があります。また、別堂の金毘羅大権現は海上安全の守護神です。
ご本尊 大日如来
ご詠歌 心して 渡れば波も静か なり島にさやけき 大光の月
龍門の梵鐘
続いて篠島に渡り、港から約〇・九キロメートル行くと三十八番、龍門山正法禅寺。
静岡県袋井市の名刹、可睡斎の直末寺。開山の鳳山仙麟大和尚は今川家から逃げた竹千代(徳川家康)を七十日間匿ったという逸話が伝わります。
一六四五年、金銀銅鉄で鋳造された龍門の梵鐘には伊勢の銘が刻まれており、篠島が伊勢神宮領だったことを偲ばせます。
ご本尊 釈迦牟尼仏
ご詠歌 御佛の 救世の船に棹さ してわたる篠島 正法の寺
月山・篠山霊場
三十八番から集落の中の狭い道を約〇・三キロメートル行くと、番外札所の寂静山西方寺。
武田信玄が作らせたと伝わる火度見善光寺如来が祀られています。
土佐国月灘村から伝わった元月山大勢至菩薩と、伊予国一本松村から伝わった元篠山大権現十一面観世音菩薩が祀られていることから、別名、月山・篠山霊場とも呼ばれます。
ご本尊 阿弥陀如来
ご詠歌 皆人の 願ふ浄土は何処 方ぞ月もかたむく 西方の寺
八十八長寿薬師
再び集落の中を約〇・三キロメートル、三十九番は金剛山医徳院。やはり医王寺の塔頭寺院で、一二一二年に篠島に移設されました。
一四六〇年、当寺北方の海に不思議な光が見られ、漁師が網を入れてみると薬師如来像が揚がりました。その像が奉安されてご本尊となり八十八(やそはち)長寿薬師と呼ばれ、長寿利益があると信心を集めています。
一五八二年、本能寺の変の後、伊賀越えで三河に戻る途中に徳川家康が、当寺に一泊しているそうです。
ご本尊 薬師如来
ご詠歌 生れ来て 一度はまいれ篠 島の 帝の井戸に 医徳かがやく
尾張高野山
来月は再び師崎に戻り、知多半島を北上開始します。尾張高野山と呼ばれる四十三番、岩屋寺まで行きたいと思います。乞ご期待