【第87号】お釈迦様の生涯9(お釈迦様の入滅)

皆さん、こんにちは。秋本番です。朝晩はだいぶ涼しくなってきました。くれぐれもご自愛ください。さて、お釈迦様の生涯をお伝えしている今年のかわら版。今月はお釈迦様の入滅をお伝えします。

ガンジス河の五戒

八十歳を過ぎたお釈迦様。侍者のアーナンダと弟子を伴い、ヴァッジ国の都ヴァイシャーリーに向かいました。

ヴァッジ国は徳の高い治世を行うお釈迦様も一目置く立派な国でした。故郷シャークヤ国の南に隣接し、死を予感したお釈迦様が里帰りしようとしていたとも言われています。

道中、ガンジス河を渡る際、お釈迦様が「河を渡るには、橋をかける者、いかだで渡る者、泳ぐ者、渡り方は様々。苦を乗り越えるためにはいろいろな乗り越え方があるが、共通して守るべきは五戒(不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒)である」と語ったそうです。最期まで弟子たちへの指導に努めるお釈迦様でした。

師の握りこぶし

ヴァイシャーリーに着くと、お釈迦様はだんだんと衰弱していきました。ある日、アーナンダがお釈迦様を介抱していると、次のようにおっしゃったそうです。

「全ての教えは包み隠さず説いてきた。皆が言う『師の握りこぶし』などというものはない。自らを島とし、自らを法として進みなさい」。

「師のにぎりこぶし」とは修行者が悟りを伝授する秘儀のことを指しましたが、お釈迦様はそれを否定し、全ての弟子に平等に教えを説きました。

島は原語でディーパ。灯とも訳せるので、この教えを自灯明(じとうみょう)、法灯明(ほうとうみょう)と言います。

全ての人には仏性(ぶっしょう)が宿っており、それに気づくのが悟りと言えます。

チェンダの施食(せじき)

お釈迦様の一行はヴァイシャーリーを発ってシャークヤ国に向かい北上。道中、鍛冶職人のチェンダの家で食事をとりました。

その直後、食あたりでお釈迦様の容態が急変。原因の料理は豚肉ともキノコとも言われていますが、経典にはスーカラ・マッダヴァと記されています。お釈迦様の最後の食事となりました。

お釈迦様はチェンダを気遣い、アーナンダに次のように言ったそうです。「チェンダが責められることがあってはならない。功徳に満ちた施食は成道前の乳粥と入滅前の食事のふたつ。チェンダは仏に最後の食事を施した」。どこまでも心優しいお釈迦様でした。

最後の弟子スバドラ

一行はさらに北上してクシナガラに到着。衰弱するお釈迦様は二本のサーラ樹の間に床を用意させて横になりました。

そこにスパドラという修行者が説法を聞きたいと来訪。断ろうとする弟子を制止して、お釈迦様はスパドラを枕元に呼び教えを説きました。

スパドラは、一生を衆生教化(しゅじょうきょうげ)に捧げたお釈迦様最後の弟子となりました。

その直後、お釈迦様は弟子たちを見回し「全ては移ろいゆく。弟子たちよ、怠りなく努め励めよ」と言って入滅されました。

入滅後の弟子たち

お釈迦様入滅後の弟子たちはどうなったのでしょうか。来月は入滅後の弟子たちをお伝えします。乞ご期待。