【第75号】弘法大師の生涯9(空海の著作)

皆さん、こんにちは。お彼岸もすぎて夜はずいぶん涼しくなりました。弘法大師の生涯をお伝えしている今年のかわら版。今月は空海の著作をご紹介します。

三教指帰(さんごうしいき)

空海の最初の著作は、延暦十六年(七九七年)の聾瞽指帰(ろうこしいき)二巻と三教指帰(さんごうしいき)三巻。空海二十四歳の時です。

その内容はほとんど同じことから、初めに聾瞽指帰を書き、その後、入唐時に現地の僧や文人の意見を聞き、序文を書き換え、字句修正などを加えたものが三教指帰と言われています。

三教指帰は空海の心情を吐露した私小説のような思想書です。

佐伯氏の長男として生まれ、若くして都の大学に進学。真魚(空海の幼名)は将来を嘱望されていたものの、自由な学問と人間の真の理想を求めて出奔。不忠不孝の誹りを受けました。

そうした中で、仏道に入って人々の安寧を追求する自分の生き方は間違っていないことを主張した著作が三教指帰でした。

仮名乞食(かめいこつじ)

三教指帰には四人の人物が登場します。ひとりは蛭牙公子(しつがこうし)。自由奔放、勝手気ままに生きる青年です。

これを咎める亀毛(きもう)先生。儒教の教えを説き、勉学、忠孝を尽くして立身出世を薦めます。

そこに道教を究める虚亡隠士(きょぶいんじ)が割って入り、人間世界を超越した生き方を薦めます。

最後に登場するのが仮名乞食。空海自身がモデルの青年仏教僧です。人として、迷い、苦悩をどのように乗り切っていくかを説きます。

自由、立身出世、忠孝、人間超越を否定したわけではありませんが、それらの先に本当の安寧があるのかを自問自答。自由な生き方、儒教、道教、仏教に基づいた生き方の比較を行う思想書であり、自らの出奔について心の整理を行う私小説でもありました。

秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)

天長七年(八三〇年)、淳和(じゅんな)天皇の命に応じて執筆したのが秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)三巻と十住心論(じゅうじゅうしんろん)十巻。五十七歳の時です。

様々な思想や宗教の帰着点を探る。それが三教指帰以来の空海の思索の課題であり、秘蔵宝鑰はその集大成とも言える著作です。
また、十住心論は人の生き方の段階的発展を解説しています。

その間にも多くの著作を執筆。唐から帰国後まもなく著した弁顕密二教論(べんけんみつにきょうろん)。顕教と密教を比較検討しています。

悟りのあり方を説く即身成仏義(そくしんじょうぶつぎ)。悟りにおける言葉や文章の重要性を説く声字実相義(しょうじじっそうぎ)。サンスクリット後の吽(うん)の字に含まれる悟りの極意に関する吽字義(うんじぎ)。般若心経の中にあらゆる仏教諸宗の教えが含まれていると解説する般若心経秘鍵(はんにゃしんぎょうひけん)。いずれも名著ばかりです。

十巻章(じっかんじょう)

秘蔵宝鑰(三巻)、弁顕密二教論(二巻)、即身成仏義、声字実相義、吽字義、般若心経秘鍵に、龍猛(りゅうみょう)作の秘蔵宝鑰の引用本である菩提心論を加えた十巻を、後世「十巻章(じっかんじょう)」と呼ぶようになりました。これらは一冊にまとめられ、真言宗の教科書になっているそうです。

空海縁(ゆかり)の名刹

来月は空海縁の金剛峰寺、東寺、神護寺、四国霊場について改めてご紹介します。乞う、ご期待。