【第51号】不動明王が中心の五大明王

皆さんこんにちは。朝晩はすっかり涼しくなりました。季節の変わり目ですので、くれぐれもご自愛ください。さて、先月号では十二体の仏様がひとつになった十二天をご紹介いたしました。今月号では、五体の明王がひとつのセットになった五大尊(=五大明王)についてお伝えします。

明王の中の明王、五大明王

仏像の種類について少しだけおさらいです。仏像は大きく、菩薩・如来・明王・天部の四つ。この中で悟りを開いて人々を教え諭すのは如来。明王は、なかなか言うことを聞かない人々を怒った顔で教育するために如来が姿を変えたものとも言われます。表情が恐ろしいのは「相手を威嚇・屈服させ、力ずくで仏の教えへ導く」という厳しくも思いやりに満ちた父親の顔を表現したものと信じられております。慈悲の怒りに満ちた仏です(第四十号参照)。明王は実はたくさんの種類がありますが、その中でいくつかの明王を一組にして信仰することがあります。十大明王、八大明王という選び方もありますが、最も選りすぐりなのは五大明王。多くの明王の中でも中心的役割を担っている五人の明王です。

中でもリーダー格は不動明王。いつも中心に鎮座します。その東に降三世明王(ごうさんせみょうおう)、南に軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)、西に大威徳明王(だいいとくみょうおう)、北に金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)が配置されます。五大明王は、密教の大成者である不空の「仁王護国般若波羅蜜」というお経に出てくるのが始まりと言われております。古い時代は、十二天と同じように、皇室や貴族が鎮護国家を祈って行う後七日御修法(ごしちにちのみしほ)に用いられておりました。時代が下るにつれて、民衆にも普及し、無病息災や利益増進などの祈願をされるようになりました。

ちなみに「明」というのは、もともとは知識・学問を意味します。学を極め、神秘なる真実の言葉(=真言)を身に付けた人を「持明者(じみょうじゃ)」と言います。さらにその中でも特に優れた者を、敬意を込めて明王と呼びます。そこから「明」を唱える仏そのものを「明王」と呼ぶようになったそうです。

国宝の五大明神絵画

この地方で最も有名な五大尊像は岐阜県揖斐郡大野町の来振寺(きぶりじ)にあるもの。国宝に指定されております。この五大尊像には、金剛夜叉明王の代わりに鳥枢沙摩明王が描かれていることも特徴です。また、来振寺には弘法大師御影図を始め絵画や彫刻など、多くの歴史的な遺産が収められています。思い切って遠出をされる際には、ぜひお訪ねになってはいかがでしょうか。

東海不動三十六札所

さて、日本各地には様々な霊場、史跡巡りがあります。もちろん、最も有名なのは四国八十八箇所巡礼。さすがに、四国八十八箇所ほどの人気はありませんが、この東海地方には、不動明王信仰の三十六不動尊霊場があります。皆さんご存知でしたでしょうか。愛知、三重、岐阜の三県にまたがって、不動明王に縁のある三十六箇所を回る巡礼です。愛知県にあるのは第一番から二十二番まで。そのうち名古屋市には、第六番から十五番の十ヵ所があります。

十番札所は大須観音。もちろんご本尊は観音菩薩ですが、その脇侍として不動明王があります。先月号で紹介いたしました癌封じ寺の西浦不動こと無量寺(蒲郡市)は第十九番札所です。

そして、十四番札所は八事の不動さんの名で親しまれるには不動山大学院(天白区元八事)。ここは寛永十八年(一六四一年)に備中出身の僧善能法印がこの地に草堂を結んで、青面金剛(=しょうめんこんごう)を奉安したのが起こりとされております。

覚王山の不動明王

覚王山八十八箇所霊場で不動明王にご縁がある札所は四つ。中でも興味深いのは第三十七番札所の藤井山岩本寺(ふじいさんいわもとじ)。五大明王ではないのですが、何と五体のご本尊があります。不動明王の他に、観音菩薩、阿弥陀如来、薬師如来、地蔵菩薩です。なぜ五体もご本尊があるかというと、弘法大師が土佐の窪川に五つの寺を建てそれぞれにご本尊を収めたため。戦火で消失し、五寺を統合して岩本寺として再建された時に五体のご本尊も集められたそうです。

一度のお参りで五体の仏様が同時に拝める覚王山八十八箇所の岩本寺は奉安塔の裏のE地区にあります。ぜひお出かけになってみてはいかがでしょうか。

次回は青面金剛

来月号は八事の不動さんにも奉安されている、青面金剛についてお伝えします。文字通りの青い顔に、三匹の猿を従えたユニークな仏様です。乞うご期待。