皆さんこんにちは。季節は晩秋、すっかり肌寒くなりました。くれぐれもご自愛ください。
愛染明王は良縁、家庭円満の仏
さて、今年は仏像についてお伝えしているかわら版。今月は愛染明王(あいぜんみょうおう)です。
愛染明王は、弘法大師が中国から持ち帰った「瑜祇経(ゆぎきょう)」という経典によって初めて日本に伝わりました。
人間は生きている限りずっと欲、煩悩(ぼんのう)を持ち続けます。煩悩を捨て去ることが悟りの境地ですが、簡単なことではありません。
しかし、その一方で煩悩は人間のエネルギーでもあります。煩悩をより深く考え、生きる意欲に転換する方向に導いてくれるのが愛染明王です。
愛染という名前のとおり、愛情・情欲をつかさどり、煩悩即菩提を象徴しています。
愛染という字から、鎌倉時代以降、良縁、家庭円満を成就する仏として特に女性の信仰を集めました。愛染を訓読みにすると「あいぞめ」。これは「逢い初め」に通じます。さらに「あいぞめ」を「藍染」と解釈し、織物業の守護仏としても信仰されています。
愛染かつら
愛染明王と聞いて、映画「愛染かつら」(昭和十三年、田中絹代・上原謙主演)を思い出す方も多いでしょう。
「花も嵐も踏み越えて、行くが男の 生きる途、泣いてくれるなほろほろ鳥よ、月の比叡を独り行く」は、年配の皆様はよくご存じの西條八十作詞、万城目正作曲、「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」。当時としては驚きのレコード売上げ百二十万枚を記録しました。
「愛染かつら」は、愛染明王を本尊とする自性院(東京谷中)境内にあった桂の古木にヒントを得た作品です。 病院の御曹司と看護婦の大メロドラマ。二人が「愛染かつら」と呼ばれる樹に手を添えて愛を誓うシーンからタイトルが生まれました。
愛染明王の赤いお姿
愛染明王のルーツ(起源)は古代インドの愛と太陽の神様ラーガ。したがって、愛染明王は赤いお姿が特徴です。
容貌は一面三目六臂、つまり顔は一つ、目は三つ、腕は六本。三本の右手には五鈷杵(ごこしょ)・矢・蓮華、三本の左手には金鈴・弓と握りこぶしを握っています。五鈷杵と金鈴は無病息災を祈る法具、弓と矢は良縁を射る道具。蓮華は女性の優しさ、握りこぶしは男性の力強さを表現しています。蓮華は宝瓶(ほうびょう)と呼ばれ台座にも彫り込まれています。
表情は先月号でお伝えした不動明王と同じ忿怒相(ふんぬそう=怒った表情)。頭の上には獅子の冠。これらはどんな困難にも屈しない意思を象徴しています。
四観曼荼羅八十八ヵ所霊場
四国八十八ヵ所霊場には愛染明王を本尊にした札所はありません。しかし、平成元年に元祖霊場に含まれない寺社が集まって新しく誕生した四国曼荼羅八十八ヵ所霊場の七十一番札所、速成山報恩寺(徳島県)の本尊が愛染明王。この霊場は地、水、火、風、空の五大道場を配し、徳島、香川、愛媛、高知を一巡する新しい霊場です。
愛知県内では赤岩寺(豊橋市)。国の重要文化財にもなっている愛染明王坐像が本尊になっています。
かわら版第五号と第二十二号でもご紹介しました荒子・笠寺・竜泉寺・甚目寺の尾張四観音を結ぶ日泰寺参道西側の四観音道。四観音のひとつ、甚目寺観音にも愛染明王が祀られています。
次回は孔雀明王
さて、来月号は孔雀明王(くじゃくみょうおう)についてお伝えします。明王には珍しく、優しい表情の仏像です。