10月末の米中首脳会談で、米国の関税政策等を巡る米中対立は小康状態になったような印象がありますが、水面下での駆け引き、交渉がどのようになっているかはわかりません。
しかし、世界のGDPの25%を占める米国の巨大市場をバックにした関税政策よりも、対応策として中国が多用しているレアアース輸出規制の方が有効に機能しているように思えます。
レアアース市場は世界のGDPのわずか1%未満に過ぎませんが、国際分業経済の下では、希少資源を梃子にした中国の動きの方が優っているようです。
1.ヒューマノイド米中競争
世界でAI(人工知能)を装備したヒューマノイド(ヒト型ロボット)の開発競争が加速しています。中でも過熱しているのが中国です。
かつて産業ロボット先進国であった日本はヒューマノイド研究でも先行しましたが、介護・医療分野等での社会実装では実用型(車輪とアーム型等)形状が優先し、現在のヒューマノイドでは出遅れています。
中国では関連産業が急成長しています。8月に北京で開催された「世界ロボット大会」では多くの企業がヒューマノイドを出展。センサーや駆動装置などEV(電気自動車)で培った技術を活用しています。
2015年から開かれてきた同大会は、従来型の産業用ロボット等からスタートしましたが、今やヒューマノイドが注目の的。今年のヒューマノイド出展企業は50社に達し、前年の27社から倍増しました。
24年末時点でヒューマノイド関連企業は世界で220社超ありましたが、このうち半分が中国勢。米国は20%です。また、同年中に世界で公開されたヒューマノイド51種類のうち6割超が中国製です。
中国優位の背景には政府の強力な後押しがあります。中国政府は2021年の段階で「35年までにロボット産業競争力で世界先端になる」国家目標を掲げ、広東省や江蘇省等の地方政府も相次ぎ成長目標を設定し、投資を促進。
造船、ドローン、太陽光パネル、EV等で実現してきたように、ヒューマノイドも世界有数の産業に育てる狙いです。
供給網の厚みも増しています。ヒューマノイドの開発や生産に関わる世界の上場企業100社リストでは、センサーやカメラ、モーターやベアリング等の腕や脚を動かす駆動装置、バッテリー等を手掛ける64社のうち、中国企業は21社。米国の18社を上回っています。EVで培った技術に基づく中国製部品は抵コスト化が進んでおり、コスト面でも優位に立ちます。
中国が目指すヒューマノイドは車やスマホのような「人間を助ける便利な道具」にとどまらず、マンパワーそのものです。
マンパワーは国勢であり国力です。中国が量産と低価格化を実現することでヒューマノイドは一気に普及する可能性があります。それは、中国が各国の国勢を直接左右できるという側面も併せ持ちます。
米国勢も負けていません。テスラはヒューマノイド「オプティマス」を25年から自社で稼働させ、26年にも外販します。新興のフィギュアAIも独BMWの工場で実機を運用し始めました。
米国勢の強みはソフトウエアや半導体等の頭脳にあたる分野です。上記の100社リストの中で頭脳を手掛ける22社のうち米国は13社で過半を占めた。
日本でもロボット分野に活用できる大規模データや基盤モデル開発などを掲げた産学横断組織「AIロボット協会」が始動するといった動きが出てきました。日本勢は産業用ロボに強く、ヒューマノイドでもホンダ「ASIMO(アシモ)」等が研究開発をリードしてきたものの、産業としての立ち上がりは遅れています。
25年に約1万8000台と見込まれるヒューマノイドの世界出荷台数は30年には100万台に増えると試算されています。50年に10億台を超え、60年には30億台に達する見通しです。同年の世界人口は100億人前後なので、人間3人に対しヒューマノイド1台が稼働する未来が近づいています。その結果、米中や高所得国の労働力の3?4割を代替すると予測されています。
中国勢が市場を寡占すればリスクも伴います。ヒューマノイドはカメラやセンサーを多数備え、自身がデータ収集の道具にもなりうるため、セキュリティの観点から要注意です。
上述のとおり、自動車工場等では試験導入が始まっていますが、飛躍的に性能が高まるAIの頭脳に対して、「肉体」の性能を左右する電池やモーターの技術革新には壁もあります。また、現状、主なヒューマノイドの駆動時間は数時間程度に限られ、人間のような複雑な動きを持続させるためには、さらなす技術進歩が必要です。
2016年設立のスタートアップ、楽聚機器人技術が開発したヒューマノイド「KUAVO(クアボ)」は中国第一汽車集団の高級車ブランド「紅旗」の工場に試験導入されています。KUAVOのモノをつかむ動作を司るのは中国・華為技術(ファーウェイ)の生成AI(人工知能)「盤古(パングー)」です。
「盤古」のように物理現象を認識し、複雑な動きをオペレーションできるAIは「フィジカルAI」と呼ばれます。「フィジカルAI」は次の主戦場です。
自動車王ヘンリー・フォードは20世紀初頭、コンベヤーを流れる車体に工場労働者が部品を組み付ける大量生産システムを考案し、大量生産、価格破壊、車の大衆化をもたらしました。そして、賃金を手にした工場労働者が大量消費社会を牽引しました。
それから100年あまり。独BMWやメルセデス、韓国現代自動車等の自動車大手がヒューマノイドの導入を競っています。経験豊富な熟練工を完全代替する未来も夢物語ではないでしょう。
長期的に普及台数は100億台に達し、人間の数を上回ると予想されています。大量生産と製造自動化によって、ヒューマノイドの価格は将来的に2万ドル(約290万円)を切ると見込まれています。
「オプティマス」を開発しているイーロン・マスクは「世界シェア首位はテスラで間違いないが、2位から10位までは中国勢が占めるようになるかもしれない」と言っています。
中国は25年を最終年とするハイテク振興策「中国製造2025」を通じてEVやドローン(小型無人機)等の産業競争力を高めることに成功しました。次の重点領域は明らかにヒューマノイドです。
2.ロボットとレアアース
米連邦議会の諮問機関は24年10月に公表した報告書で、中国製ロボットが軍事利用される事態に警鐘を鳴らしています。
20世紀の米ソ冷戦時代には超大国の力の拮抗が核兵器や宇宙開発等の科学技術の発展を促しました。現代の米中新冷戦では、AIの進化がロボット性能を飛躍的に高めつつあります。ロボット、とりわけヒューマノイドの普及は「人口=国力」というこれまでの常識を覆すでしょう。
メタのチーフAIサイエンティストで、「AGI(汎用人工知能)」と呼ばれる人間並みの知性を持つAI研究で世界的に知られるているヤン・ルカン氏は、現在の生成AIを牽引する大規模言語モデルには「根本的な限界がある」と指摘しています。
大規模言語モデルは米オープンAIが2022年に公開した「Chat(チャット)GPT」など多くの生成AIの基盤となっています。
ルカン氏は、大量の文章から言葉の連鎖パターンを学習し、次にくる単語を予測する大規模言語モデルは、インターネット上の全てのテキストを学んだとしても、空間を認識する能力では「4歳児に及ばない」と言っています。
ルカン氏が目指すのは、落ちるリンゴを見て万有引力の法則をひらめくことができる知性であり、そのためには「人間の乳幼児のように自ら世界を観察して学ぶ能力が必要になる」として、所属するメタで研究チームを立ち上げ、物理現象を理解するAIの開発に着手しています。
人間社会全体に影響を与える技術は「GPT(汎用技術)」と呼ばれ、古くは約1万年前の植物の栽培に始まり、鉄や内燃機関、インターネット等、その数は24と言われています(このGPTはチャットGPTの「GPT」とは異なります)。
25番目のGPTになると見込まれているのがAGIです。ただし、実際に誕生すると、それは人類が生み出す最後のGPTになるかもしれません。その先のGPTは人類ではなくAGIが創造するからです。
オープンAIの元研究者であるダニエル・ココタイロ氏等が公表した未来予測「AI 2027」では、27年7月にAGIの実現を予測しています。高度なプログラミング能力を持つAGIは自らを改良し始め、27年後半には人間の知性を遥かに上回る「ASI(人工超知能)」に到達するとしています。
因みに、ココタイロ氏はチャットGPT登場前の21年に現在の生成AIブームを正確に言い当てています。
こうした中、AIの計算基盤となるデータセンターの投資額は28年に世界で年1兆ドル(約140兆円)を超え、日本の国家予算を上回ります。世界各国やAI関連企業が猛烈な勢いで投資競争に走っています。
開発スピードや利益を優先すれば、AIの安全対策が後回しになるリスクがあります。既に手遅れかもしれませんが、AIの暴走や悪用を防ぐ国際的な枠組みが必要でしょう。
ところで、中国のロボット戦略は別の経済覇権ともリンクしています。中国政府がヒューマノイドの「25年量産目標」を公表した23年11月2日の翌日、李強首相は国務院(政府)常務会議で「レアアースは戦略的な鉱物資源だ。探査、開発、利用、規則的管理を政府が一括でとりまとめる」と述べています。11月7日、政府はレアアース73項目に輸出報告義務を課し、12月21日にはレアアース磁石の製造技術の輸出規制を発表しました。
中国がヒューマノイド開発で突如世界の先頭に躍り出たの背景には、ヒューマノイドの関節部品の動き等を制御
するレアアース技術と深い関係があります。
ロボットにおいて自動車のエンジンにあたる基幹部品は関節を制御するサーボモーターです。サーボモーターの性能はネオジム等を使ったレアアース磁石が左右します。そのレアアース磁石はかつて日本が優勢を誇りましたが、今は世界シェアの8割を中国が握ります。
ロボット1台は2?4キログラムのネオジム磁石を使い、0.6?1.3キログラムのネオジムプラセオジム合金を必要とするそうです。
この推計と鉱物関連の需給予測を合わせると、ヒューマノイドの急速な普及を受けて同合金は37年から供給不足に転じ、不足量は46年に47%に達します。中国のレアアース覇権は一段と強まるでしょう。
レアアースのサプライチェーンが現在の状態のままヒューマノイドに依存する社会に移行すれば、その先に待つのは「中国覇権」という現実です。世界がこうした事態を回避するためには、レアアースの生産を拡大するか、消費を減らすしかありません。
米国や日本は新鉱山の開発を急ぐ方針ですが、探査から生産までには15年以上かかると言われています。ネオジム磁石等の代替技術開発も進んでいますが、高性能のネオジムを使わずに最先端のロボット開発に挑むのは容易なことではないでしょう。そんな状況下、日本政府もAIロボットの活用に向けて基本計画を策定する方針を打ち出しましたが、ロボットの用途等の整理が中心であり、レアアース覇権への対応等までは深堀できていない印象です。
振り返れば日本はEVや電池、造船等々、得意のはずの産業で、今や中国の後塵を拝しています。た敗因の1つに日本の産業政策における国家戦略や中長期的視点の欠如があります。
例えば、水素。日本が世界に先駆けて提唱した水素の活用ですが、企業が事業化していた乗用車の普及策などが中心で、最重要の水素の調達は最初から輸入を選択しました。一方、中国は水素を石油に次ぐ次世代のエネルギー安全保障の鍵ととらえ、今や世界トップの水素生産大国です。
ヒューマノイドを含むロボット、AI、レアアース代替技
術等々、同じ轍を踏まないようにするには、日本にとっ
て正念場です。
3.ネオジム磁石
レアアースの中でも、ヒューマノイドを含むロボット全般にとって重要なネオジムについて整理してみます。
ネオジムは小型・軽量化、高精度制御が求められるロボットにとって不可欠の素材です。具体的には、モーターやアクチュエータに高出力・高効率をもたらす強力な永久磁石として利用されます。アクチュエータとは電気・空気・油圧などのエネルギーを物理的な動きに変換する装置です。
ネオジム磁石がロボットに有用な理由は、第1に非常に高い磁気エネルギー積を発すること。小型で強力な磁場を生成できるため、モーターやアクチュエータの出力密度と効率が向上します。
第2は高い保磁力。極端な温度や振動環境でも安定した磁気性能を維持できるため、信頼性が求められるロボットに最適です。
第3に軽量・コンパクトな設計が可能なこと。小型化・省電力化に貢献し、ドローンや医療用ロボット等に有効に使われています。
第4に耐久性と耐食性。過酷な環境下でも性能を維持できるよう、ネオジムの表面処理技術が進化しています。
ネオジム磁石は希土類元素を含むため、供給リスクや環境負荷の課題もあります。中国に資源が偏在し、サプライチェーンは中国がほぼ全工程を支配しており、輸出規制強化に伴う世界的な供給リスクが高まっています。
ネオジムの世界的な供給構造(2025年時点)をみると、採掘工程は中国が約70%の埋蔵量と採掘量を誇ります。そのほか、オーストラリア、米国なども採掘します。
精製・分離工程は中国が約90%を占め、高度な精製技術と環境対応技術を占有しています。磁石製造工程は、中国、日本、韓国、ドイツなどが担いますが、中国が安価かつ大量生産可能な体制を保持しています。
最終製品(モーター等)工程は、EV、ロボット、風力発電等に取り組む世界各国が係っていますが、いずれも中国製磁石への依存度が高いのが実情です。
2025年はリスクが現実化しました。中国の輸出規制強化し、ネオジム、プラセオジム、ジスプロシウム等の輸出に事前許可が必要となり、港での出荷停止や通関遅延が発生。関係メーカーの生産停止も発生。磁石の供給が滞ると、EVやロボットの製造ライン全体が停止するリスクがあり、希土類価格も急騰しました。
ネオジムのサプライチェーンは技術・地政学・経済安全保障の交差点にある重要テーマです。
米国は中国以外の鉱山会社への投資を加速し、レアアース非依存技術(磁石レスモーター等)の開発も推進しています。
また、米国はネオジム磁石の国内生産体制も強化。具体的には、国防総省がMP Materials社へ4億ドルの株式取得と1億5,000万ドルの融資を実行。ネオジム・プラセオジム(NdPr)磁石の国内生産を支援しています。
価格保証制度も導入し、NdPr磁石キログラム当たり110ドルの最低価格を10年間保証。市場価格(約63ドル)を大きく上回ることで、国内生産の経済性を確保しています。
さらに、完全統合型サプライチェーンの構築。原料はカリフォルニア州Mountain Pass鉱山から調達し、テキサス州の精製所で年間1千トンのNdFeB磁石を生産、GMなどへの供給開始。米国製磁石をEVや防衛用途に供給し、戦略的自立を図っています。
日本も、代替素材開発やサプライチェーンの多元化を進めています。経産省が今年6月に改定した方針では、国内生産強化、備蓄、代替技術開発、国際連携を柱に供給途絶リスク対策を強化しています。
鉱物資源政策と産業政策を統合し、サプライチェーン強靱化を推進し、国内磁石メーカーは非中国産資源への投資を強化するとともに、「経済安全保障プレミアム」を価格に転嫁する動きに出ています。
日本のネオジム磁石市場は昨年で約10億ドル規模です。トヨタのハイブリッド車や秋田能代の風力発電等で大量使用されています。中国の輸出規制に対応できるよう、数ヶ月分の在庫確保と調達多元化により、短期的な供給リスクには対応しています。日本企業は中国依存を回避するため、代替技術(重希土類フリー磁石や高性能フェライト磁石)も開発中です。
代表的な取り組みのひとつは、日本特殊陶業と産業技術総合研究所(産総研)が取り組んでいるサマリウム・鉄・窒素磁石。「ポストネオジム磁石」として注目を集め、EVや産業機械向けモーターへの展開を目指しています。
高性能フェライト磁石は鉄主体で安価なレアアース不使用の代替素材であり、プロテリアル(旧日立金属)が開発しています。ネオジム磁石に迫る性能を実現しており、モーターメーカーへサンプル供給を開始しています。
鉄ニッケル超格子磁石はレアアース不使用の磁石です。デンソーが開発に取り組んでおり、数年以内にEVモーターへの応用が期待されています。
ネオジム使用量を半減させつつ同等の性能確保を目指すサマリウム鉄系ボンド磁石は、東芝と東北大学が開発しています。
(了)

