政治経済レポート:OKマガジン(Vol.39)2002.12.25

参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです

読者の皆さん、今年もOKマガジンをご愛読頂きましてありがとうございました。来年も少しでもご参考になる情報をお送りできれば幸いです。どうぞよろしくお願い申し上げます。菅代表の下でも、引き続き役員室の仕事をさせて頂くこととなりました。また、「次の内閣」の金融担当副大臣、政策調査会副会長としても仕事をさせて頂きます。来年は日本経済再生に向けての正念場、気を引き締めて職務に精励致します。ご指導、ご鞭撻、ご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

1.中国経済も正念場:元相場の行方

ここ数年の中国経済の躍進はご承知のとおりですが、そうした中でも、今年は歴史的な年となりました。第16回共産党大会で江沢民氏から胡錦涛氏にリーダーが変わり、中国共産党は私営企業の経営者の利益も代表する「国民政党」を目指すことが宣言されました。

「経済こそが国家発展の要であり、その中核は国営企業ではなく私営企業である。中間所得層が国家経済の基盤であり、豊かさを追求することが国家の目的である」。これが、胡錦涛総書記を頂点とする中国新指導部の基本的な考え方です。何だか、日本が目指すべき方向性を示してもらっているような「妙な気分」になってしまうのは僕だけでしょうか。

そうした中で、来年は中国元を巡る動きに一段と注目が集まることでしょう。元相場の水準は、現在1ドル=8.27元程度に固定されています。厳密に言えば、中国人民銀行(中国の中央銀行)が上海外為市場で毎日介入し、前日比0.3%程度の変動幅に収まるように操作しています。

上海外為市場におけるドル売りの7割は中国銀行(大手商業銀行)、ドル買いの8割は中国人民銀行(中央銀行)です。つまり、貿易黒字で手にした外貨(ドル)が中国銀行に集まり(=輸出企業が中国銀行にドルを持ち込み)、それを中国人民銀行がドンドン買い上げているという構図です。

上海外為市場の規模は1日数億ドルで、大雑把に言って、東京市場の500分の1、ニューヨーク市場の1500分の1、ロンドン市場の3000分の1です。貿易黒字が急拡大していることを鑑みると、外為市場にその程度しか流入していないことは驚きです。かなりの額のドルが、企業や個人に滞留しているということでしょう。これが、中国国内でドルが通用するようになっている背景です。

1998年の世界銀行の試算によれば、購買力平価(=適正相場)は1ドル=2.06元、現在ならおそらく1.8元程度だと思います。それを8.27元に固定しているのですから、来年は、かなりの元安是正圧力(=元高圧力)が表面化することでしょう。1960年代から70年代にかけて日本の巨額の貿易黒字が問題視され、1ドル=360円の固定相場が308円に切り上げられ(スミソニアン体制)、さらには変動相場制に移行した当時を思い起こさせます。

しかも、中国は今やWTOに加盟し、自由貿易世界の一員です。経済力や輸出競争力に見合った為替相場水準を実現することが求められます。来年は、為替政策を巡って中国経済の正念場となり、胡錦涛総書記の経済政策手腕、外交交渉力、対外協調姿勢が問われる1年となりそうです。

2.日本と中国の違い:インフレとデフレ

「中国は昔の日本と同じで、いずれ元を切り上げざるを得なくなる」とお考えになる方が多いことと思います。大きな流れとしては、僕も同感です。しかし、冷静に考えてみると、「中国は昔の日本と同じ」とは言えない面がいくつもあります。

例えば、「成長のエンジン」です。かつての日本は、明らかにエンジンは「外需(輸出)」でした。したがって、景気が悪くなると「輸出ドライブ」をかけるなどと言われました。「外需」主導の日本の景気回復は「近隣窮乏化策」とも表現されました。一方、中国のエンジンは「外需」だけではありません。12億人の国民の購買力向上に伴う「内需」も重要なエンジンです。「内需」主導と言える面もあります。

しかし、その背後で、中国では過剰供給とデフレが問題になっています。「内需」主導と言いながら、その購買力の大半は少数の富裕層に集中しています。このため、富裕層を対象にした販売競争が激化し、供給過剰とその結果としてのデフレ(価格低下)が顕現化しています。かつての日本が、「外需」主導と言いながら、中間層の購買力向上によって需要が増加し、慢性的な需要超過とインフレに直面していた事態とは正反対です。

中国のデフレの背景には、ほかにも過度の金融引締政策や不良債権問題も影響しています。かつての日本には、そうした問題はありませんでした(不良債権問題は現在の日本の問題です)。

インフレ下で円相場切り上げを要求された日本、デフレ下で元相場切り上げを要求される中国、この点が最も重要な「日本と中国の違い」です。過去の日本の経験を単純にコピーして、今後の中国の経済政策や元相場の動向を予測することは適切とは言えません。

3.日本と中国の共通の課題:デフレ下の経済成長

それでは、デフレ下で元相場の切り上げを行った場合、中国経済はどうなるでしょうか。

元高は輸入品価格の低下を映じて、中国国内のデフレをさらに進展させることとなります。インフレ下の日本では、円相場の上昇は輸入物価の低下をもたらし、消費者物価や卸売物価のインフレ基調是正に寄与しました。同じような展開でも、その結果はずいぶん印象が違います。

今の中国でデフレがさらに進行すると、企業は売上げや利益確保のためにさらに供給を増やすかもしれません。供給超過が一層深刻化します。このため、中国政府が自由貿易世界の一員として元高政策を甘受するためには、何とかして供給超過状態を回避する必要があります。すなわち、「内需」をさらに増やすこと、言い換えると「デフレ下の経済成長」をいかに実現するかがポイントとなります。

「デフレ下の経済成長」は中国だけの課題ではありません。デフレは今や世界的な傾向であり、言うまでもなく、日本ではとりわけ顕著です。政府はデフレ対策をいろいろ打ち出していますが、まったく効果が表れていません。そもそも、経済のグローバル化が進展する中で、デフレは不可避な現象かもしれません。日本でも、現在の不況を克服するには「デフレ下の経済成長」をいかに実現するかにかかっています。価格下落を数量増やコスト減でカバーする必要があります。換言すれば、薄利多売による利益率低下を販売数量増で補うこと、経営コストや販売コストの削減で利益率を向上させることが求められます。それを実現するのが、構造改革の本来の目的でしょう。

1970年代の米国では、「インフレ下の不況」のことを「スタグフレーション」と呼び、「かつて経験したことのない新しい経済現象」として注目されました。一方、「デフレ下の不況」は「景気が悪くなると物が売れなくなり、物価が低下する」という伝統的な経済理論の考え方です。したがって、中国も日本も、「デフレ下の経済成長」という「かつて経験したことのない新しい経済現象」、「経済理論の常識を覆す現実」を創造することが求められているのです。

「デフレ下の経済成長」、これが来年の通常国会における経済政策論争のキーワードです。竹中さんや塩川さんと、しっかりと議論をさせて頂きます。それでは皆さん、よいお年をお迎えください。

(了)