政治経済レポート:OKマガジン(Vol.35)2002.10.23

参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです

第155回臨時国会が始まりました。国会では引き続き財政金融委員会に所属します。党務でも、引き続き政調副会長(財政金融、厚生労働担当)と役員室次長(代表室から役員室に名前が変わりました)として仕事をさせて頂きます。それにしても、開会早々、経済環境や北朝鮮問題をはじめ、わが国は混迷の度合いを増すばかりです。今国会もシッカリと働かせて頂きます。

1.経済政策論争の「3つのレイヤー(layer=層)」(1):「3つのコンセンサス」

経済政策論争を巡って、相変わらず百家争鳴です。与野党、財界、マスコミ、エコノミスト、それぞれにいろんなことを主張する人がいます。国民の皆さんも、「いったい誰の言っていることが本当なんだ・・・」と当惑していることでしょう。とりあえず、僕の考え方をお示しします。

今の経済政策論争は、いろんな「層(=次元)」の話がゴチャゴチャになって議論されています。僕は、「層」を次のように定義しています。

まず、マクロ経済政策の「層」です。この「層」に属する現在のテーマは、「景気対策」と「デフレ対策」と「財政再建」の3つです。なぜこの3つかという理由については、後の話題(項番4)でご説明します。

「景気対策」が重要だ、「デフレ対策」が重要だ、「財政再建」が重要だ、という3つの主張に反対の人はいないと思います。したがって、以下では、これを「3つのコンセンサス」と呼びます。

ところが、「景気対策が一番重要だ。財政再建なんて言っている場合ではない」、「デフレ対策が一番重要だ。デフレが解決すれば景気はよくなる」、「財政再建が一番重要だ。景気対策をやっている場合ではない」と主張する人たちがいます。本当でしょうか?

いずれも、それぞれ思い入れの強い部分を強調して主張しているに過ぎません。財政再建を放棄して本当に大丈夫か、デフレを解決するとどうして景気がよくなるのか、どうやってデフレを解決するのか、景気が底割れして財政再建ができるのか、等々の点について、理論的に説明できなければこれらの主張には何の根拠もありません。

2.経済政策論争の「3つのレイヤー」(2):「2つのターゲット」

次に、セミマクロ経済政策の「層」です。セミマクロ?と首を傾げる方も多いと思いますが、あえてこのような造語をします。つまり、マクロ経済政策とミクロ経済政策の間、両者の中間に位置する「層」という定義です。

この「層」に属する課題は、経済全体への影響が大きく、個々の経済主体(企業、家計)では対応できないものです。当面の課題は、「不良債権問題」と「産業再生問題」です。

「不良債権問題」はご承知のとおりです。「個々の銀行と企業で処理すればいい」という課題でないことは明らかです。「産業再生問題」は、国際競争力がある産業をどのように育成するのか、新しい需要を創造する産業をどのように育成するのか、という課題です。これも、「個々の企業で努力してください」と言い放つことは無責任です。「国策=国の産業政策」としてどうするのか、ということを考えなくてはなりません。

「不良債権問題」を何とか解決しなくてはいけない、「産業再生」を何とか実現しなくてはいけない、という当面の目標に反対する人もいないと思います。したがって、これらを「2つのターゲット」と呼ばせて頂きます。

この「層」の課題は、政府の対応が失敗すると、個々の企業や国民生活に大きな影響を与えることから、マクロ的な政策対応とミクロ的な政策対応の双方が必要となります。

ところが、「不良債権を進めるとデフレが進む。不良債権処理はどうでもいい。まずは景気対策だ」、「不良債権はどんなことがあっても一気に処理しなければならない」、「産業再生よりもまずは需要追加だ。財政拡大だ」といった主張をする人たちがいます。本当でしょうか?

「層」の異なる問題を一緒に議論していることはお分かり頂けると思います。さらに、不良債権処理とデフレや景気の関係も理論的に説明されている訳ではありません。「2つのターゲット」と「3つのコンセンサス」の関係については、冷静に考えることが必要です。

3.経済政策論争の「3つのレイヤー」(3):「2つのセイフティネット」

3つ目は、ミクロ経済政策に属する「層」です。貸し渋りや貸し剥がしで資金繰り倒産しそうな企業をどうやって救済するのか、銀行破綻の預金者への影響をどうやって最小限に食い止めるのか、失業者のセイフティネットをどうするのか、国際競争力・需要創造力のある企業を育成する税制・制度とはどのようなものか、WTOルールに沿った貿易政策(輸入規制等)によってどのような産業を護るべきか、といったテーマです。

税制や産業政策は、経済学でいうミクロ経済政策とはちょっとニュアンスが異なるかもしれません。ここでは、個々の企業行動やビジネスに影響を与えるという意味で「ミクロ」的な政策分野と定義しています。

「ミクロ」の世界の経済主体は、基本的には企業と個人(家計)です。企業と個人を護る「2つのセイフティネット」が重要なことは言うまでもありません。

以上のように、「3つのレイヤー」を整理した議論を行い、「3つのコンセンサス」、「2つのターゲット」、「2つのセイフティネット」をバランスよく実現するのが現実的な対応と考えます。一部の視点に偏った主張が説得力を持つためには、「そうすることによって、なぜ全体がよくなるのか」という根拠について、理論的に説明できることが必要です。

「バランスよく実現するとは、具体的にはどういうことか」という疑問を持つ方もいると思います。しかし、それを考えるのが、政治家や行政の政策担当者、あるいはエコノミスト等有識者の仕事です。そして、それを競い合っているのが政党政治です。「これだけやれば絶対によくなる」的な主張や意見は要注意です。僕は信じません。少なくとも、理論的に納得させて頂かなくては同調できません。皆さん、「うまい話」には要注意です。

4.「3つのコンセンサス」の意味

さて、「3つのコンセンサス」ですが、なぜ、この3つなのでしょうか。

国の経営は実は企業の経営と一緒だということは、これまでのメルマガでも何度もお伝えしているとおりです。今、日本株式会社の経営がたいへんになっているのです。言うまでもなく、社長は小泉さんです。企画部長は竹中さん、財務部長は塩爺、労務部長は坂口さんです。

企業経営にとって、販売量、価格、コストの3つが基本的な経営変数です。つまり、販売量の増減、価格の動き、コストの多寡が利益水準を決定します。

もうお気づきかもしれませんが、「景気対策」、「デフレ対策」、「財政再建」の3つは、日本株式会社にとっての販売量、価格、コストにほかなりません。

企業の業績が悪い時に、「売上げや利益を増やしたい」と思えば、価格引き上げが経営戦略上のひとつの選択肢です。しかし、価格を引き上げると、かえって需要が減り、売上げはダウンするかもしれません。では、価格を据え置いて販売量を増やすことができるでしょうか。今までと製品の種類が同じでは、当然需要は増えません。新しい製品、魅力的な製品を投入してこそ、新しい需要や新しいマーケットが創造できます。価格と売上げが従来のままでも、コストを削減すれば利益を増やすことは可能です。しかし、コスト削減は一時期の利益嵩上げには寄与しても、企業の拡大的発展にはつながりません。

デフレと不景気と財政悪化に悩む日本株式会社にとっては、価格を引き上げる(デフレを解消する)だけでは根本的解決になりません。新産業を創造し、新しいマーケットを生み出さなければ売上げ(GDP)は増えません。財政拡大による景気対策は、社員(国民)に自社製品を購入させているのと論理的には同じ構造です。しかも、会社の経費を肥大化(財政赤字を拡大)させることになります。利益水準を上げるためには、コスト削減(財政再建)もひとつの選択肢です。しかし、それは拡大的発展にはつながりません。しかも、コスト削減(給与引き下げ=所得減少)の度が過ぎれば、社員(国民)は疲弊して働く意欲を失います。これでは、元も子もありません。

残念ながら、「うまい話」はないのです。販売量、価格、コストの3つについて、不断の経営努力を重ねていくしかありません。日本株式会社も、「景気対策」、「デフレ対策」、「財政再建」の3つに、愚直に取り組んでいくのが唯一の解決策です。

(ご参考)以上のような考え方に基づいて、経済政策・雇用政策の考え方を整理した「鳩山ペーパー」をホームページにアップします。ご興味のある方はご覧下さい。ご参考になれば幸いです。

5.北朝鮮核開発問題:「頭の体操」

小泉首相は、所信表明演説や代表質問に対する答弁の中で、今月29日に北朝鮮との国交正常化交渉を再開すると何度も明言しています。拉致問題の全面解決にはほど遠く、北朝鮮の核開発の事実が明らかになった中で、どうしてそんなに急ぐのか、不思議です。もう少し事態が好転することを、交渉再開の条件にするべきではないでしょうか。

福田官房長官は「総理の訪朝前に米国政府から北朝鮮の核開発について知らされていた」ことを明らかにしました。北朝鮮の核開発継続は、1994年の「米朝枠組み合意」に対する明らかな違反行為です。小泉さんは北朝鮮が核開発を継続していることを知りながら、「全ての国際合意を遵守することを確認した」という事実に反する記述を含む外交文書に署名したことになります。総理大臣が、全ての外交秘密を国民に明らかにする必要はありません。しかし、虚偽と分かっている外交文書に署名することは、国民に対する背信行為と言えます。

ところで、どうしてこの時期(10月3日)になって、北朝鮮が核開発の事実を米国に対して認め、しかも、その事実を米国が明らかにしたのでしょうか。以前のメルマガでも書かせて頂きましたが、外交はカードゲームです。ちょっと「頭の体操」をしてみます。

北朝鮮は「核開発を止めます」というカードを高く切ろうとしているのではないでしょうか。核開発技術は実用段階に達していないかもしれません。しかし、「われわれは核開発を継続している」ということを自ら明らかにすることで、「核開発を止める」カードを切る見返りに、日本から多額の経済援助を引き出すつもりかもしれません。小泉さん、そういうこともあり得ることをシッカリと考えていますか?

米国は、なぜ北朝鮮の核開発の事実を明らかにしたのでしょうか。巷間言われているように、「イラク攻撃を控えている米国は、当面は朝鮮半島の安定を望んでおり、小泉訪朝、日朝国交正常化交渉再開を歓迎している」という見方が正しければ、米国は北朝鮮の核開発の事実をとりあえずはオープンにしないはずです。変ですね。

イラク攻撃に関する米国内の世論はかなり厳しくなってきています。しかも、イラクは核施設の無条件全面査察を受け入れる姿勢を示しています。ブッシュ政権にとって、イラク攻撃の大義名分が相対的に弱まってきていることは否定できません。

こうした中で、ブッシュ政権がとにかくどこかで国際紛争が起きることを必要としているとしたらどうでしょうか(なぜ必要とするかはいろいろな理由が考えられます。内政から国民の目をそらすことや、石油・軍需産業上のニーズなどです)。米国が、「イラク攻撃ができなければ、北朝鮮だ」というように外交戦略の舵を切っていることは考えられないでしょうか。どちらのカードも切れるように、あえてこの時期に北朝鮮に核開発を証明する事実を突きつけ、白状させたという可能性は考えられないでしょうか。小泉さん、そういうこともあり得ることをシッカリと考えていますか?

北朝鮮が拉致問題で軟化の姿勢を示したことが、小泉訪朝のきっかけだったと聞いています。そもそも、北朝鮮がそのような姿勢を示したということは、金正日政権がかなり苦境に追い込まれていたことの証左です。いきなり相手の土俵に乗ったのは、外交テクニックとして適切な戦略だったのでしょうか。拉致された方々やその家族の全面帰国、拉致事件の全貌解明に向けて、首相として、あらゆるケーススタディを行い、十分な努力と工夫を行ったのでしょうか。

小泉さん、経済問題がよく理解できないのは分かりました。しかし、せめて外交問題ぐらいは十分に頭を使ってくださいね。

(了)