元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。
お詫びと訂正:前号で、名目金利と実質金利の違い、物価動向が実質金利に影響することを説明させて頂いた部分で、物価の「下落」と「上昇」、あるいは金利の「上昇」と「下落」の表現を間違えた箇所がありました。多くの読者の皆さんからご指摘を頂きました。ありがとうございました。今後ともお気づきの点がありましたら、ご指導、ご指摘のほど、よろしくお願い申し上げます。
ご案内:4月5日発売の朝日新聞社のオピニオン月刊誌「論座」(5月号)に、同僚議員と一緒に共同執筆した論文が掲載されております(表紙見出しは「民主党政策グループが描く新シナリオ:さようなら小泉流改革」です)。ご一読頂ければ幸甚です。
1.「サプライズ」と「プロスペクト」
前号の「デフレは原因ではなく結果だ」の内容について、3月26日の参議院財政金融委員会で、塩川財務大臣、柳沢金融担当大臣、速水日銀総裁、岩田内閣府政策統括官と質疑をさせて頂きました。答弁者の立場上、「デフレ結果論」を明確に認めた方はいませんでしたが、今後、それなりにお考え頂けるものと思います。
独り言:とくに岩田さん、学者なんですからシッカリしてください。官僚が作成した政府答弁を棒読みするだけなら、わざわざ研究者である岩田さんが政府の一員になっている意味は全くないですよ。岩田さんが、不当表示商品のような政府の経済政策を誇大広告するためのラベル(言ってみれば、産地偽装の雪印食品製のラベル)に成り下がらないことを期待します。ほとんどそうなっている某大臣もいますが・・・・。
ところで、その席で関係者の皆さんに申し上げたことがもうひとつあります。それは、「サプライズ」と「プロスペクト」に関することです。
グリーンスパンFRB議長や速水日銀総裁をはじめ、多くの各国中央銀行トップが「金融政策にはサプライズ(驚き)が必要だ」ということを指摘しています。例えば、景気刺激のための金融緩和政策は、金融市場や国民が予想している内容(市場用語で「織り込み済みの内容」)では効果が薄く、「えっ、そこまでやるの」とか「えっ、こんなタイミングなんて全く予想していなかった」というような「サプライズ」を伴うことが必要だという意味です。僕もそのとおりだと思います。
ここで、前号でお示しした「デフレ結果論」を思い出してください。デフレを解決するための必要条件のひとつが、「名目金利水準を正常なレベルまで戻すこと」かもしれないという話です。しかし、現在のような景気情勢で、日銀が金利引上げを「サプライズ」を伴うような格好で行ったらどうなるでしょうか。失速しかかっている飛行機の操縦桿をグッと下げるようなものです。
実質的なゼロ金利政策はもう数年に亘っています。ここまで低金利水準が染み込んでしまった日本経済に、「サプライズ」を与えずに金利を引き上げていくことは容易でありません。では、どうすればいいのでしょうか。
それは、日本経済に金利引上げの予想を予め提供する「プロスペクト(見通し)」を明らかにすることです。
具体的には、GDPが四半期ベースで2期連続して前年比プラスになったら、構造的デフレの解消と金利水準の正常化のために、「金融引締策ではなく金融正常化策として」若干の金利引上げを行うことを予め予告するのです。そうすれば、企業経営者や国民は「プロスペクト」を形成し、GDPが1期でも前年比プラスとなれば、金利があがることを予想して設備投資を前倒ししたり、住宅取得を早めたりするでしょう。そして、そのことがさらに景気を上向かせます。
こうした「好循環」を生み出すためには、政策当局が、「デフレ結果論」に対する明確な認識を明らかにすることと、適切な「プロスペクト」を提供することが必要なのです。
2.小泉でもなく、亀井でもない「財政政策」
でも、「そもそも、どうやったらGDPが前年比でプラスに転じるのか」という疑問を抱く方も多いでしょう。そのためのアクセルのひとつは、やはり財政政策です。
亀井さんが主張しているような従来型の財政政策、つまり、「とにかく需要が足りないんだから、赤字国債をバンバン発行してでも公共事業をやればいい」という内容は論外です。これでは、前号で指摘したような「実質的なクラウディングアウト」を招き、名目金利水準がゼロ近傍の下では「結果としてのデフレ」を助長します。
では、小泉さんのように、「俺は無駄な財政支出はしない」というポーズを示すために「30兆円枠」にこだわるような姿勢はいかがでしょうか。先月末に国会で可決された平成14年度当初予算の中には、「30兆円枠」を形式的に維持するために、多くの会計操作や隠れ借金が含まれています。企業経営で言えば粉飾予算です。これも論外です。さらに言えば、「5兆円を削って2兆円を重点配分した」として、「効果的な財政政策」を行っているポーズも示していますが、何と、省庁別の予算配分シェアはほとんど変わっていません。省庁別の予算配分シェアが変わることが「効果的な財政政策」のための必要条件だとは言いませんが、歳出の中身を精査していくと、結果的にはかなり変わると思っています。
「効果的な財政政策」とは、「経済的に効果がある(=ちょっと専門的ですが、乗数効果が高い)」ということばかりを意味しません。むしろ、財政政策の乗数効果が低下していることは多くの研究結果が指摘しており、もはや、そういう意味での財政政策は現時点ではほとんど無意味かもしれません。
それでは、どうすればいいのでしょうか。現在の日本においては、「効果的な財政政策」とは「国民が望んでいる点に配慮した財政政策」ということだと思います。環境や福祉や教育、あるいは雇用維持や新産業育成のための配慮がなされた財政政策です。そのような財政政策が実現することで、国民の将来不安やストレスが緩和され、マクロ経済にも好影響を与えるというメカニズムです。けっして「意味のない公共工事や公共事業」を行うことではないでしょう。公共工事や公共事業という概念自体を否定している訳ではありません。「意味のない」ということが問題なのです。「意味のない」とは、「一部の関係者の利権のためだけの」という表現とほとんど同義です。
この部分の詳しい考え方については、是非、「論座」(5月号)の論文をお読みください。
3.「ニーズ」ではなく「ウォンツ」
現在、新大阪から東京に向かう新幹線車中でこのメルマガを打っています。大阪で、ハンディネットワーク・インターナショナルという会社の春山満社長とお会いしてきたところです。春山さんについてはご存知の方も多いと思います。進行性筋ジストロフィー症のために首から下の運動機能を完全に失っておられますが、自ら利用者の立場に立って、福祉、介護ビジネスのトップランナーとしてご活躍の方です。今日は、もうすぐ創刊予定の民主党の政策理論誌のインタビュー記事の取材のためにお伺いしました。
春山さんは、「介護、医療、福祉、こういった分野の行政も産業も、利用者の欲求(ウォンツ)の視点が欠けている。要介護者に何をしてやればよいかといった、行政が利用者を見下すような発想を変えていかないといけない。利用者や当事者のウォンツこそがポイントだ。利用者や当事者のウォンツがあるからこそ、その分野の行政があり、産業がある。大切なお客様だ」との持論を聞かせて頂きました。
春山さんの視点は、僕たちが「論座」の中で述べている「価値欲求(メリット・ウォンツ)」という概念と共通します。メリット・ウォンツとは、高名な財政学者であるマスグレイブ博士が使った言葉です。「国民が望んでいること」という意味と、「政府が実現しようと望んでいること」という意味の双方を含んでいます。けっして、政府が国民の「価値欲求」を全て受け入れろという文脈ではありません。国民の「価値欲求」をアンテナ高く感知しつつ、時の政府としてどのような社会を実現すべきかという「価値欲求」を明確にすることが政治の役割だということを示唆しています。
春山さんのインタビューの詳細は、民主党理論誌の創刊号(5月初前後に発行予定。書店でも販売します)をご覧ください。本当に考えさせられるお話しでした。日本経済や企業が再生するためのキーワードは、僕も、国民や消費者の「ウォンツ」だと思っています。「論座」の内容とシンクロするインタビューでした。春山さん、ありがとうございました。
(了)