政治経済レポート:OKマガジン(Vol.8)2001.8.24

元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。

1.「インフレ政策」選択の前提条件

OKマガジンでは日銀の量的緩和政策について何回か解説をしてきましたが、ここにきて、政府と日銀の関係が一段と注目されています。すなわち、政府が日銀に対して明確に「インフレ政策」を要求するに至っています。小泉首相が議長を務める経済財政諮問会議は、金融政策に関する政府統一見解を9月に発表し、デフレ対策として「インフレ政策」の実施を日銀に求める可能性が強まっています。

「インフレ政策」は、政府にとっては「最後の一手」であり、中央銀行である日銀にとっては「禁じ手」です。また、国民あるいは日本経済にとっては、「崩れるかもしれない橋を皆で渡ること」を意味する政策です。つまり、無事に渡りきれるかもしれないし、途中で橋が崩れて谷底に転落するかもしれない(=インフレがコントロールできなくなって、経済破綻に繋がるかもしれない)のです。

たしかに、日本ではデフレが進んでいます。しかし、このデフレは、日本経済が立ち直る契機になるかもしれない要素も含んでいます。日本企業の国際競争力の低下(あるいは製造業の空洞化)は、人件費、原材料費、諸経費、地価に起因する高コスト体質が原因です。今日のデフレは、こうした高コスト体質を是正し、日本企業の国際競争力を回復させるかもしれないのです。「インフレ政策」を選択する場合、こうした供給面のコスト構造改善を断念することを意味します。したがって、現下のデフレへの対策は、「インフレ政策」による供給対策ではなく、需要不足に対する需要対策に依存する方が得策でしょう。この点は、既刊のOKマガジンを参照してください。

もちろん、政策の選択肢としての「インフレ政策」を完全に否定するつもりはありません。しかし、上記、ならびに過去数回のOKマガジンの見解を踏まえると、日本がいよいよ「インフレ政策」を選択する際には、政府、日銀、国民、企業にとって、各々以下のことが前提条件となります。

  • 政府:「最後の一手」を使わざるを得なくなった原因、すなわち、過去の経済政策の失敗に対する「結果責任」を明確にすること。
  • 日銀:「禁じ手」に手を染める以上、その結果として将来発生するかもしれない事態に対する「結果責任」を予め明確にしておくこと。
  • 国民:「崩れるかもしれない橋を皆で渡る政策」であることを十分に認識し、結果的に発生するあらゆる事態を受け入れる覚悟を固めておくこと。
  • 企業:日本企業の高コスト体質の改善には繋がらないことを認識し、今後も高コスト体質の下で国際競争力強化を追求すること。

こうした前提条件をクリアしたうえでなければ、橋が崩れる事態に陥った場合、政府・日銀は「あの時はインフレ政策しかなかった。橋の崩落(=日本経済の崩壊)はやむをえない結果です」と主張し、国民・企業は「こんなはずではなかった。何とかしてくれ」と悲嘆にくれることになります。何やらどこかの国の今の経済状況を似ていないでしょうか?

2.米国の景気動向と州財政

21日、米国連邦準備理事会(FRB)は連邦公開市場委員会(FOMC)を開催し、今年7回目の利下げを実施しました(FF金利の誘導目標を0.25%引下げ、年3.5%としました)。景気対策に余念がありません。

この間、州の財政状況が急速に悪化していることが気になります。財政悪化の主因は景気減速に伴う売上税等の税収減ですが、90年代の好況下で公共事業、社会福祉等の歳出を拡大してきたことも影響しています。米国では、民間格付会社が州の財政健全度指標として財政黒字/一般歳出比率に着目し、同比率が5%を下回ると格下げが行われ、州債の発行条件等にも影響する傾向があります。このため、多くの州が歳出削減や財政悪化に備えた準備金取崩しに着手しています。

米国の地方政府支出はGDPの約12%と連邦政府支出(同6%)の倍にのぼります。第2四半期のGDP伸び率は前期比年率プラス0.7%でしたが、同時期の地方政府支出は同プラス7.5%と民需の落ち込みをカバーしていました。

こうした地方政府支出が今後さらに削減され、金融政策による景気刺激を打ち消してしまう可能性があります。米国景気の先行きを予測するうえで、州政府の財政運営動向に注目する必要があります。

3.第3世代通信サービスを巡る動き

日本では、インターネット接続業者(プロバイダー)によるADSL(非対称デジタル加入者線)サービスの値下げ競争が話題を呼んでいます。9月に参入予定のヤフーへの対抗値下げと言われていますが、高速通信サービスの低価格化によって、通信需要、携帯端末需要が盛り上がれば、景気動向にも好影響が期待されます。

このほか、日本や欧米では第3世代通信サービスの動向も注目されています。第1世代のアナログ式、第2世代のデジタル式に続く高速・大容量の通信サービスであり、動画像の送受信等が普及するかもしれません。現在、欧州の大手各社(ボーダフォン、エリクソン、シーメンス等)が続々と実証実験の準備を進めているほか、日本の主要企業との提携も活発に行われています。

第3世代通信サービスの本格的普及は2003年からと予測されています。日本の関係企業が2002年度中に積極的な設備投資や事業展開にチャレンジしないと、欧米にモバイル先進国の地位を譲ることになるかもしれません。しかし、第3世代通信サービスに対する需要が期待したほど伸びない場合には、2002年度の積極投資が裏目に出て、企業の業績低迷やさらなる景気悪化に繋がるかもしれません。

通信サービスは日本経済にとって戦略分野であり、政府の積極的な関与が期待されます。メリハリの効いた構造改革が必要です。

(了)