元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。
参議院選挙が終わって早くも半月が過ぎました。OKマガジン読者の皆さんをはじめ、ご支援くださいました皆さん、本当にどうもありがとうございました。議会では財政金融委員会、行政監視委員会、憲法調査会に所属しました。また、党務では政策審議会副会長として仕事をさせて頂くことになりました。660,096票の負託にお応えするために、しっかりと仕事をさせて頂きます。なお、議員会館は705号室です。お気軽にお立ち寄りください。
1.日本の経済政策の基本的欠陥
経済学に「セイの法則」というものがあります。リヨン生れのジャン・バティスト・セイ(1776〜1832)は、その著書「経済学概論」(1803)の中で「供給はそれ自らの需要を創造する」という「セイの法則(Say’s law、別名・販路法則)」を唱えました。経済市場には潜在的な需要が十分にあり、商品や製品の供給を増やせば需要は自然についてくることを意味します。こうした考え方は、市場主義を信奉する古典派経済学者の理論的基礎となりました。
今日の日本の経済状況と経済政策は、混迷の度合いを一段と強めています。しかし、前号でもお話ししましたが、問題が複雑で分かりにくい場合には、何事も基本に立ち返って考えることが大切です。経済は需要と供給の2つから構成されています。不況の原因は需要不足か供給過剰のどちらかであり、経済政策は需要対策か供給対策の2つしかありません。上述の「セイの法則」は、潜在的需要が十分にある時には、供給を増やせば景気は自然に回復することを述べています。ところで、今日の日本はどうでしょうか?
多くの皆さんは、現在の日本は需要不足に起因する不況であるとお考えのことと思います。私も同感です。そこで、「需要喚起のための財政政策を行えばよいのではないか」と思う方が多いことでしょう。しかし、そのため(財政政策実施のため)の財源がもうないのです。なぜ、財源がないのか?ひとつは、不必要な箱物建設や公共事業等にあまりに多くの財源が投入され過ぎていることにあります。この点は、賢明な国民の間では漸く共通認識になってきました。でもそれだけでしょうか?
実は、もうひとつあります。それは、供給対策としても多くの財源が投入されていることです。生産性の低い産業や企業に、補助金を投入することで(あるいは、それと同様の効果を持つ仕組みによって)生産や企業活動を維持・継続する経済政策が行われているのです。その結果、単に過剰供給になるだけではなく、競争力の面で産業間・企業間の不公平な取扱いが温存されています。こうした政策は、「セイの法則」が当てはまる高度成長期にはある程度意味があったかもしれません。
以上のように、日本の経済政策の基本的欠陥は、
- 需要政策に間違った財源の使い方が行われていること(無駄な公共投資をするぐらいなら、消費者の購買力(=需要)を直接喚起する減税などの財源に回した方がよい)
- 供給政策として、過剰供給を惹起したり、生産性や競争力の低い特定の産業・企業を温存するような施策に財源が充当されていること(本来は、「比較優位」の産業や企業の供給政策に財源を当てるのが得策)
の2点にあります。
構造改革を標榜する政府の個々の政策を、上記の需要・供給面の視点からしっかりとチェックしていくことが必要です。
2.日銀の量的緩和拡大(「金融産業の供給政策」是か非か?)
日銀は、14日の金融政策決定会合で賛成多数によって量的緩和を拡大することを決定しました。日銀の当座預金残高(=金融機関の手許資金)を現行比1兆円増額(5兆円→6兆円)すること、そのために長期国債の毎月の買入れ額を現行比2千億円増額(4千億円→6千億円)することがその骨子です。
量的緩和という耳慣れない(国民の皆さんも、もうかなり慣れたかもしれませんが・・・)政策の詳細は新聞等の解説に譲ることとして、ここでは「金融産業の供給政策」という視点から考えてみたいと思います。
金融産業にとって、「お金」は言わば商品・製品です。金融機関が「お金」の供給者であるとすれば、借入れサイド(企業や個人)は「お金」の需要者となります。「お金」の供給を増やせば、上記1.で取り上げた「セイの法則」の如く、需要は自然に増えるのでしょうか?
答えはノーです。企業の資金需要が盛り上がりに欠けることは皆さんご承知のとおりです。しかも、かつては融資を希望していた企業も、ここ数年の金融機関の貸し渋りによって、最近では借入れ姿勢を後退させています。つまり、供給サイドの要因によってむしろ「お金」の需要を減退させているのです。本末転倒と言うほかありません。
さらに、日銀の量的緩和拡大は、日銀自身が意図しているか否かは別にして、将来的なインフレに繋がる可能性も否定できません。政府も日銀も「デフレ払拭のためにはやむなし」というスタンスで一致しているようですが、1点、非常に重要なポイントを見逃している(あるいは国民に十分に説明していない)のが気になります。
それは、勤労者の名目賃金収入が一定であるならば、デフレの方が実質賃金(=実質購買力)が向上するということです。一方、インフレになれば実質賃金は低下し、むしろ景気悪化に繋がるかもしれません。つまり、商品・製品に対する需要が減少し、(実質賃金低下によってローン借入れ意欲が低下して)「お金」に対する需要も減少するのです。金融も産業分野のひとつであり、上記1.と同様に、どうも日本の経済政策は供給政策に偏り過ぎているような気がします。
ところで、日銀は、
- いつから、どのようなデータを根拠にデフレを問題視するようになったのか
- 前回の政策決定会合以降のどういうデータを根拠に政策変更に至ったのか
- 今回の量的緩和拡大でどの程度の定量的効果を予想しているのか(換言すれば、当座預金残高1兆円増額の理論的根拠は何か)
- 将来のインフレに対する結果責任をどのように考えているのか
等々、多くの点に関して国民に説明責任を負っています。日銀がその職責を全うすることを期待しています。
3.特殊法人改革のチェックポイント
政府は、10日に特殊法人改革に関連して「個別事業見直しの考え方」を発表しました。大きな方向性は間違っていないと思いますが、気になる点が2つあります。
前号でも紹介しましたが、海外では特殊法人改革が政府系金融機関の不良債権問題、ひいては日本の公的債務拡大に発展することを懸念しています。つまり、政府系金融機関は、特殊法人に対して巨額の貸出残高を有しているのです。そして、特殊法人自身が抱える不良債権(回収の見込みのない事業債権等)は100兆円にも上ると言われています。こうした実態を明らかにしないまま、果たして改革が成功するのでしょうか?あるいは、改革の遂行を適切に監視できるのでしょうか?
もう1点は、廃止・民営化に伴う政府部門の負担です。例えば、ある特殊法人を民営化したとします。その株式を政府の出資金で購入し、民営化後に破綻して政府が損失を被るのでは、結局現在の特殊法人の債務を政府が負担するのと実質的には同じことになります(時期と形式が異なるだけです)。したがって、ここでも、特殊法人の現在の財務状況を予め明らかにしておくことが必要です。
以上から明らかなように、特殊法人改革の大前提として、その実態を明らかにすることが必要です。「改革」という言葉に酔ってしまい、実情を把握することなく枠組みや組織を変えてしまえば、結局、実態と責任を曖昧にしたまま闇から闇に葬ることになります。例えば、道路公団だけでも60以上の子会社を有しています。債務超過に陥っているだけではなく、その経営にはこれまでに多くの天下り官僚が関与しました。特殊法人改革によって、国民がまた負担を被る(公的資金=税金で債務を解消する)ことは不可避です。だからこそ、「改革」の前提として、特殊法人、認可法人、ならびにそれらの子会社、関連会社の数と財務状況、歴代の経営陣等を徹底的に調査・公開することが急務です。そうしなければ、結局、国民と現在の特殊法人職員(過去の経営には責任のない若手職員等)に責任を押し付けるだけの「改革」に終わってしまうでしょう。
(了)