政治経済レポート:OKマガジン(Vol.60)2003.11.11

参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです

総選挙が終わりました。各地における仲間へのご支援、ありがとうございました。引続き自民党と公明党が政権を担当することとなりましたが、山積する課題に積極的に取り組んでほしいものです。FTAへの対応も重要な課題のひとつです。今回はFTAに関する考え方を整理してみました。

1.FTAの基礎知識:2つの流れ

FTA(自由貿易協定)については、言葉のイメージから何となく内容を想像できると思いますが、ちょっと堅く定義してみましょう。「二国間、または多国間で相互の貿易に関する障壁(関税など)を取り除き、貿易の自由化を進める協定」ということになります。

FTAの原形(=先祖あるいは発端)は、1834年の「ドイツ関税同盟」だと言われています。ドイツを中心とした多国間の自由貿易協定です。19世紀から20世紀にかけて同様の動きが各国に広がり、世界経済のブロック化(保護主義化)が進みました。そして、そのことが2度に亘る世界大戦の原因のひとつとなったのです。

そうした戦禍の反省の上に立って、1948年にGATT(関税と貿易に関する一般協定)が締結され、世界各国は自由貿易を徐々に拡大していきました。その結果、1995年にはGATTを拡大・発展させたWTO(世界貿易機関)が発足したのです。

しかし、その一方で、「ドイツ関税同盟」以来の少数国間での貿易協定も併存、拡大していました。そこで、GATTの第24条にFTAも認める規定が盛り込まれたのです。因みに、EU(欧州連合)の前身であるEECやECもそうした範疇に含まれます。したがって、現在の世界経済の大きな枠組みは、世界各国が一緒になって貿易拡大を目指すWTOの流れと、特定の国々の間で貿易拡大を目指すFTAの流れという、2つの流れで進んでいるのです。

とくに、ここにきてFTAの流れが加速しています。水量(=締結されたFTAの数)も増しています。世界各国の交渉を同時にまとめること(WTOでの対応を進めること)が容易でないうえ、主要国がFTAの締結を競い合い、自国を中心とした貿易ネットワークを形成しようとしているからです。かつてのブロック化の轍(てつ)を踏まないように注意しなくてはなりませんが、FTAの流れには逆って泳ぐことは難しい状況になっています。

日本も昨年、シンガポールとの間で初めてFTAを締結しました。中国が積極的にFTA締結を進めていることなどもあって、アジアでもFTAに関する主導権争いが激しさを増しています。今後の日本経済の舵取りにとって、FTAにどのような姿勢で臨むかが重要なポイントになってきました。

2.FTAの注意事項:2つのリスク

さて、どんな政策でもメリット(長所)とデメリット(短所)があります。FTAの場合、メリットはFTAを締結した国と国の間(域内)で貿易が活発になることです。しかし、その一方で、FTAを締結する以前は、その他の国(域外)から輸入していたモノが、締結後は域内の国から輸入することになるという現象が発生します。それは、FTA締結国に対しては、関税がなくなったり、低くなったりするからです。

国民(消費者)にとっては、どこから輸入しても同じように感じられるかもしれません。しかし、関税の優遇分だけ、実は今までよりも高いモノ、品質が悪いモノに代替されるリスクがあります。必ずそうなると言っているのではありません。あくまでリスク(=そうなる危険性)があるということです。

第2のリスクは「スパゲティ・ボウル現象」です。スパゲティとは、あの食べるスパゲティのことです。FTAは、その締結国や内容がバラバラです。統一することも可能かもしれませんが、そうなるとWTOと差がなくなります。FTAの数が増えていくと、様々な内容の貿易ルールが乱立するリスクがあると言えるでしょう。例外やルールが入り乱れて、グチャグチャの状況になって貿易政策が行き詰まることを「スパゲティ・ボウル現象」と言います。コロンビア大学のバグワティ教授が命名しました。

リスクがあるからFTAには後ろ向きになるべきだと申し上げているのではありません。リスクを十分に認識したうえで、リスクが現実のものとならないような政策運営が必要だと考えています。

3.FTAの構造問題:2つのハードル

リスクが現実のものとならない場合でも、FTAを進めていくうえでは2つの将来的な課題があります。超えなくてはならないハードルと言ってもいいでしょう。

ひとつは、モノとカネの関係、別の視点から言えば、為替レートの問題です。現在、先進国はカネ、つまり資本の移動が自由な体制になっています。カネ=資本の動きによって為替レートは決まります。モノ=貿易の動きも為替レートに影響を与える面はありますが、現実には、カネ=資本取引によって決まる為替レートの水準によって、モノ=貿易取引が影響を受けていると言った方が正確でしょう。

こうした点を踏まえると、FTAのメリットや効果を予測するためには、為替レートの影響を十分に考慮する必要があります。FTAによってモノの動きをいくら自由にしても、モノの動きの裏付けのないカネの動き(=資本取引)の影響によって、効果が相殺される可能性があるということです。

さらに言えば、日本円は変動相場制ですが、中国元は固定相場制です。中国元にはモノやカネの動きが反映されない仕組みになっています。こういう状況のまま日本と中国がFTAの締結競争を続けていくと、「スパゲティ現象」ならぬ、予測のつかない「闇鍋(ヤミナベ=何が何だか分からない)現象」が起きるかもしれません。つまり、世界経済がFTAを有効活用していこうとするならば、その大前提として為替相場について共通の仕組みやルールを作る必要があります。

もうひとつのハードルも似たような性格の問題です。各国が為替政策について意見交換する際には、相手国の国内経済政策も議論の俎上(そじょう)に上るのが一般的です。例えば、円とドルの関係を日米で議論する場合、国内の景気や金利水準、財政状況までもが話題になります。ちょっと大袈裟な言い方をすれば、内政干渉に近い議論が行われます。つまり、FTAに関連して為替政策の議論をしようとすれば、その延長線上で経済政策全般の議論を避けて通れないと言うことです。

FTAの流れを源流とするEUは、とうとう通貨統合(ユーロの創設)までしました。各国に財政赤字抑制の義務を課したり、事実上、加盟国の経済政策の主権を超越した国家として機能し始めているのです。

日本や中国がアジアを中心としたFTAを推進しようとするならば、国家主権の領域に属する経済政策や財政制度に関しても、将来的には共通の仕組みやルールを作る必要があるでしょう。

そうした意味では、WTOもFTAも最後は同じ海(統合された国際社会、地球国家)に到達する流れと言えるかもしれません。しかし、国民を乗せた船をその流れの中で操舵する指導者には、明確なビジョンに基づいたロードマップならぬリバーマップを持っていることと、船を転覆させない操舵術、航海術が求められます

4.FTAと農業鎖国

FTAに関連して、選挙中に小泉首相は「日本も農業鎖国を続けていてはいけない」という発言をしました。「農業鎖国」という言葉を使うセンスは敵ながら天晴れ(アッパレ)、さすがワン・フレーズ・ポリティシャン、そのとおりです。

FTAを締結する際に、自国の農業を守るという傾向はどこの国でもあります。しかし、工業品は比較優位の原則で自由貿易をする一方で、農業品は比較優位の原則を無視して保護貿易を維持するという状況を長く続けることは困難でしょう。

食料安全保障の観点からも、保護政策は必要です。問題はその手段です。関税や輸入制限は、政策的には補助金や税制と同じような効果を発揮します。したがって、FTAと農業保護の双方を追求していく必要があるならば、農業保護政策の手段を、関税や輸入制限から生産補助金に転換していくことがポイントだと思います。

日本は既に年間1兆円の農業補助金を費やしています。しかし、農業が十分に守られているとは言えません。問題はそれが農家や農業従事者に対する生産補助金ではなく、公共事業のための「農業土木予算」に費やされていることです。「農業」という冠がついているだけで、実際は農業政策予算になっていないところが問題なのです。

「農業鎖国」を止めるには、「農業土木予算」を守ろうとしている勢力と戦うことが必要です。それもFTAを進めるための操舵術のひとつです。さて、小泉船長にはそのテクニックがあるのでしょうか。

(了)