参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです
第156通常国会が本日閉会しました。1月20日に召集されて以降、会期は190日に及びました。9月下旬から第157臨時国会が始まる予定ですが、それまでの間、様々な政策課題に関して情報の蓄積を図りたいと思います。
1.過ぎたるは及ばざるが如し(1):診療報酬体系
イラク新法等に世論の関心が集中している陰で、霞ヶ関では様々な懸案の作業が「内々に」進められています。「秘密裏に」とまでは言いませんが、なかなか国民の皆さんにそうした作業の情報が伝わりません。作業過程で国民の皆さんの意見を反映することもほとんどありません。霞ヶ関から原案が出てきた時には「もう内容は変えられません」という状況になっていることが多いのが実情です。そうした展開が、国民の皆さんの政府や行政に対する不信を増幅することになります。霞ヶ関に皆さんには、積極的に情報開示を行い、信頼回復に努めて頂きたいと思います。
さて、昨年4月に診療報酬が初めてマイナス改定されました。医療費全体でマイナス2.7%になるように保険点数が改定されたことになっています。しかし、医療費を事前に推計することは困難であり、マイナス2.7%というのは便宜上の数字です。このことは、医療保険や医療行政の関係者にとっては周知の事実です。
マイナス2.7%というもっともらしい数字とは別に、1万5千項目にも上る保険点数の中には、マイナス50%以上の極端な引下げをされたものがある一方で、逆にプラス50%もの急激な引上げをされたものもあります。保険点数の変更率の分布実態については、従来、全く明らかにされていませんでしたが、第153、154、155回の3回の国会の期間中に厚生労働省と質疑や折衝を行い、その全貌を明らかにしました(ご興味のある方はご連絡ください。資料を差し上げます)。
保険点数は医療という産業における商品・サービスの価格と言えます。変更が必要なのは分かりますが、急激に変更することは適切とは言えません。「過ぎたるは及ばざるが如し」です。また、財政難の中、なぜプラス50%以上もの極端な引上げ項目があるのでしょうか。点数が極端に引上げられる医薬品や医療材料の背後には、何か特殊な事情があるのでしょうか。
来年4月の改定に向けて、実は既に厚生労働省の作業が始まっています。今回もマイナス改定になることは必至です。医療関係者の皆さん、年末になってからでは手遅れです。今から改定方針やその詳細を注視してください。僕も改定作業を継続的にモニタリングしていきます。
2.過ぎたるは及ばざるが如し(2):医療情報電子化
医療制度の課題・懸案は数々ありますが、医療情報の電子化も重要なテーマです。医療情報とは、患者さんの名前や年齢といった属性情報のほか、症状、病名、診察暦、投薬暦、手術暦など、極めて多岐に亘ります。
こうした情報を電子化して病院間で共有することは、患者さん、お医者さんの双方にとって有意義なことです。もちろん、プライバシーに関する情報(センシティブ情報)ですから取扱いには細心の注意が必要なことは言うまでもありません。問題は、本当に全ての情報の電子化が可能なのか、あるいは電子化に適しているのかということです。
医療情報を電子化しようとすれば、情報の「標準化」という作業が必要になります。例えば、症状の表現、細かい病名など、お医者さんごとに使い方が区々では困ります。しかし、カルテに細かい補足情報があればこそ、正確かつ慎重な診察ができるのです。お医者さんごとの微妙な表現の違いなどを、はたして「標準化」できるのでしょうか。
電子化、つまりIT化の際に陥りがちな失敗は、最初から完璧なシステムを作ろうと考えることです。最初は患者さんの名前や診察歴ぐらいから始めるのが適当かもしれません。欲張ってIT化を図ることは「過ぎたるは及ばざるが如し」です。
また、情報の「標準化」のみならず、ハードウェアやソフトウェアの「標準化」も重要です。病院間で互換性のあるシステムでなければ、情報共有も円滑にできません。しかし、ここでも欲張った「標準化」、欲張った大規模システムを作ろうとすると失敗のもと、すなわち「過ぎたるは及ばざるが如し」です。
情報とインフラの「標準化」についても、厚生労働省の検討状況をモニタリングしていきたいと思います。
3.過ぎたるは及ばざるが如し(3):「タックスイーター」退治が先決
医療制度改革は様々な矛盾を生んでいます。例えば、手術件数の基準が設けられたこともそのひとつです。ある手術(処置)の保険適用の前提として、年間の取扱件数に基準が設けられました。その結果、基準を満たそうとするあまり、必ずしも手術が必要でない場合でも手術に踏み切ったり、逆に件数の少ない手術の取扱いを止めてしまい、他の病院に回すといった現象が指摘されています。
また、特定の医療分野に関しては、国立病院や大学病院にしか認められていない治療法や手術があります。厚生労働省の認可を得ていない病院は、かなりの取扱件数があっても保険が適用されず、結局患者さんの負担増になるといった現象が起きています。
少子高齢化に伴う医療費増大には著しいものがあります。そのために医療制度改革が必要なことは分かります。しかし、まだまだ膨大な税金の無駄遣いがあるにもかかわらず、それらを放置したまま医療制度改革(改悪?)を先行することは順番が違います。「過ぎたるは及ばざるが如し」と言わざるを得ません。6月27日に発表された財務省の予算執行調査の結果をみても、各省とも無駄遣いのオンパレードです。厚生労働省関係では、厚生年金施設における建設費、人件費の無駄遣いには目に余るものがあります。厚生労働省には、まず自らそうした点を改革し、医療財政への皺寄せを少しでも小さくすることを求めたいと思います。
利権政治家、悪徳官僚、結託業者の「鉄のトライアングル」が国民の税金を喰い物にしています。医療制度改革よりも、まずはそうした「タックスイーター」の退治が先決です。
4.過ぎたるは及ばざるが如し:共通課題
ご存知のことと思いますが、「過ぎたるは及ばざるが如し」は論語の一節です。孔子がふたりの弟子の能力を問われて、「片方は出来過ぎ、もう一方はいまいち」と答えたという逸話です。「出来過ぎ」が良いわけではなく、どちらも「過ぎたるは及ばざるが如し」なのです。
英語にも「水が多過ぎると粉屋も溺死する」という格言があります。水車で粉引きをしていた時代の格言です。フランス語では「最後の一滴でカップは溢れる」、ドイツ語では「芥子(からし)が多過ぎると焼肉の味が台なしになる」と言います。後に儒教では「中庸」の精神が生まれました。
霞ヶ関の皆さんには「過ぎたるは及ばざるが如し」ということを再度よく考えて頂きたいと思います。今国会中、りそなや東京海上の件で取り上げた金融庁の「監督」と「裁量」の問題も同じです。「監督」あるいは「信用不安対策」と称して金融機関に甘過ぎる対応をし、「裁量」と称して金融機関に合併を強要する行動は、いずれも「過ぎたるは及ばざるが如し」です。全ての役所に共通する問題です。
「適度な対応」とはどの程度か。次期国会でも、そうした視点から政策や行政のあり方を検討していきます。
(了)