参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです
いよいよ第156通常国会が始まりました。経済、外交と難問山積ですが、全力で職務に精励したいと思います。ところで、前号では「公約と口約と膏薬」という話題をお伝えしましたが、国会開会早々、「公約を守らないなんてたいしたことない」という小泉発言が飛び出しました。やっぱり小泉さんにつける「膏薬」はないようです(詳しくは前号をご覧ください。ホームページにアップしてあります)。
1.経済論戦は甦る:ケインズ対フィッシャー
「経済論戦は甦る」という本が売れています。竹森俊平さんという慶應義塾大学の先生がお書きになった本です。3人の大経済学者の考え方を取り上げたこの本が、いろんな席で話題にあがっているようです。
3人の経済学者とは、ケインズとフィッシャーとシュンペーターです。ケインズは知ってる、シュンペーターは聞いたことがある、フィッシャーは初耳だな、という方が多いことと思います。
3人が亡くなった年(かっこ内は生誕年)は、ケインズ1946年(1883年)、フィッシャー1947年(1867年)、シュンペーター1950年(1883年)です。ほぼ同世代で、それぞれ大恐慌時代に「経済の処方箋」を提示した方々です。3人の主張が非常に特徴的だったために、今また脚光を浴びています。
マクロ経済政策には基本的に2つの手段があります。すなわち、財政と金融です。ジャンボジェット機の両翼のエンジンのようなものです。そして、2つのエンジンに支えられた胴体=客室部分が国民経済です。
経済が失速しそうな時に「財政側のエンジン出力を上げるべきだ」というのがケインズの考え方です。一方、「金融側のエンジン出力をあげるべきだ」というのがフィッシャーの考え方です。
今、日本経済というジャンボジェット機は失速してドンドン高度が下がっています。そこで、「財政側のエンジン出力をもっと上げろ」という人と「金融側のエンジン出力をもっと上げろ」という人がいます。「両方上げろ」という人もいます。もっともな話です。
ところが、最近では「金融側のエンジン出力を上げろ」という人達の意見が注目を浴びています。典型的な意見は、金融側のエンジンを担っている日銀が「もっとお金をバラ撒いてインフレにするべきだ」というものです。最近、新聞やニュースを賑わしている「インフレターゲティング論」もこうした意見に属します。
この意見の適否のポイントは、「金融側のエンジン出力にまだ余力があるか、さらに出力を上げることは効果があるか」という点です。ご承知のとおり、今でも世界で初めての事実上のゼロ金利政策が続いています。また、5兆円程度で賄える銀行の資金繰りのために20兆円ものお金が供給されています。
一方、財政側のエンジンも出力一杯です。バブル経済崩壊以降、150兆円もの追加景気対策が行われ、とうとう700兆円もの借金を抱えてしまいました。この国会でも、また補正予算を編成しようとしています。
さて、誰の意見が正しいのでしょうか。
2.経済論戦は甦る:エンジンからの燃料漏れ
両翼のエンジンを全開にしているのに出力が上がらず、どんどん高度が低下しているのが今の日本経済です。自動車に喩えると、アクセルを力いっぱい踏み込んでいるのに、全然加速しない状態です。どうしてでしょうか。
原因は意外に単純です。財政側のエンジンも、金融側のエンジンも、実は燃料漏れしているのです。財政側のエンジンの燃料は「財源=皆さんの税金」です。ムネオハウスをはじめとした特定の利権政治家や利権組織のためだけのODA、まったく経済効果のない公共事業(公共事業の全てが悪いのではありません。マトモな事業もたくさんあります)、役所等による公費の流用、こうしたものが燃料漏れの原因です。外務省職員による公費流用の「処分」がどうして「停職」だけなのでしょうか。公金横領は立派な犯罪です。犯罪を犯した職員が停職後に復職にして「外交官」として働いている訳ですから、燃料漏れだけではなく、ジャンボジェット機をコントロールする命令系統(電気系統)機能も故障していると言わざるを得ません。これでは墜落するはずです。
今国会では、産業再生機構という「新しい飛行機の推進装置」を作ることを議論する予定です。この「新しい推進装置」に燃料(財源)を投入することは、燃料漏れにならないでしょうか。そういう点をシッカリ議論しなくてはなりません。
金融側のエンジンの燃料は日銀が供給するマネーです。金融側のエンジンは、燃焼室が2つに分かれています。第1燃焼室は銀行間市場(インターバンク市場)です。ここには日銀が20兆円のマネーを供給して銀行の資金繰りに有効に役立っています。第2燃焼室は企業金融市場(銀行から企業への貸出市場)です。第1燃焼室で点火した燃料が何倍にもエネルギーを高めて第2燃焼室に送られる仕組みになっています(これを信用創造効果と言います)。しかし、この過程で燃料漏れが起きています。第1燃焼室から第2燃焼室にいく途中で漏れている燃料(マネー)は、何と財政側のエンジンに回っています。つまり、銀行が大量に国債を買っているのです。しかし、財政側のエンジンでも燃料漏れが起きているのですから、それを止めない限り、いくら金融側のエンジンの出力を上げても効果が出ない(景気がよくならない)のは自明の理です。
3.経済論戦は甦る:エンジニアはシュンペーター
さて、3人の経済学者のち、シュンペーターは何を主張したのでしょうか。それは、飛行機の燃料漏れや命令系統の故障を修理し、新しい構造にすることを主張したのです。これを「革新=イノベーション」と言いました。
燃料漏れを放置したまま、既に全開の両翼のエンジン(財政と金融)をいくら出力アップしても意味がありません。そこで、シュンペーターは飛行機全体を新しくすることを提言しました。これ以上出力アップ(例えば、インフレターゲティング政策を実施)すれば、エンジンが爆発するかもしれません。
しかし、飛行しながら構造を変えるのですから、それはたいへんな作業です。だから構造改革は難しい。この点は小泉キャプテンに同情します。しかし、小泉キャプテンは燃料漏れ(汚職)や命令系統の故障(悪徳政治や横領官僚)を本気で一掃しようとしていない点が問題です。それどころか、飛行機の故障修理を諦めて、何とエンジンスロットルに手をかけて、出力アップをしようとしているのです。キャプテンとしての判断能力、操縦能力が疑わしくなってきました。
日本経済というジャンボジェット機には、エンジニアにはシュンペーター、キャプテンには新しい人が必要です。
さて、読者の皆さんはケインズ派(ケインジアン)ですか、フィッシャー派(マネタリスト)ですか、それともシュンペーター派(イノベーター)ですか。
4.金融側エンジンのジレンマ:「中央銀行の独立性」と「財政民主主義」
さて、こうした論戦を横目に、金融側エンジンを担う日銀はどうやら当面の運営方針を固めたようです。
24日、速水総裁が記者会見で「インフレターゲティングは無謀な賭け」と発言する一方で、同日の朝日新聞紙上で山口副総裁が以下のように述べています。曰く「金融政策のみで即効性のある手法をとるのは難しい・・・減税の財源調達を中央銀行が国債を市場から買って支援する・・・政府が新たな財源措置を決断し、超低金利の市場環境に変化が出てくるような場合には側面支援することは可能だ」ということです。全文を再述した訳ではありませんので、正確なニュアンスは直接新聞をご覧のうえ、ご確認ください。
しかし、要は「インフレターゲティングをやらない代わりに、国債購入は増やす」という方針を固めたということを明言したに等しい状態です。政府に日銀の顔を立ててもらう代わりに、政府は「名(インフレターゲティング)を捨てて実(日銀による財政ファイナンス)を取る」ということです。一見、痛み分け、大人の対応のようにも見えますが、事実上、日銀が財政政策の財源の面倒をみるということです。
こうした状態は、「金融政策の財政政策化」「金融当局の財政当局化」と言われ、いずれは「国債の貨幣化」につながるでしょう。
「中央銀行の独立性」とは、中央銀行が安易な財政ファイナンスに手を貸さないために、中央銀行を政府・財政部門から隔離すること、そして、それが放漫財政の抑制につながることを期待して生み出された「先進国共通の知恵」と言えます。
財政政策の財源は国民の税金です。当面は国債で調達しても、最終的には税金で償還しなくてはなりません。そして、国民の税金に関することは国会で議論して決めなければならないというのが「財政民主主義の原則」です。
「金融政策の財政政策化」を志向するならば、「中央銀行の独立性」は軌道修正されなくてはなりません。「財政民主主義の原則」に則り、金融政策も国会でより深く議論する必要があります。今国会は忙しくなりそうです。
ところで、日銀が国債購入を増やすことは、金融側のエンジンから財政側のエンジンに燃料を補給することにほかなりません。財政側のエンジンから燃料漏れしている状態を放置したまま、どのような効果が出るのでしょうか。国会でシッカリと議論させて頂きます。
(了)