元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。
1.不良債権処理を巡る政府の考え方と銀行行動の問題点
政府の経済財政諮問会議は、21日に「経済財政運営に関する基本方針」(骨太の方針)を決定しました。7つの分野に関する改革の前提として、不良債権問題の解決を優先させる決意を示しています。不良債権問題を解決することはたしかに重要な政策課題ですが、政府の考え方と銀行行動には見過ごせないいくつかの問題点があります。
ひとくちに不良債権と言っても、1.破綻先、2.実質破綻先、3.破綻懸念先、4.要注意先、の4つに分かれ、5.正常先も含めると金融機関の貸出債権は5種類に分類されます。「骨太の方針」では、明文上、このうち1.と2.と3.を今後2〜3年以内に金融機関のバランスシートから分離し、RCC(整理回収機構)に譲渡することを求めています。
しかし、金融機関は 4.要注意先についても処理を進めようとしている 点に大きな問題があります。竹中大臣は、大臣就任前から「要注意先債権は不良債権予備軍であり、資産査定の厳格化と引当金積増しが必要」という持論をメディアを通じて展開してきました。また、今回の「骨太の方針」が決定されるまでも、竹中大臣の持論を踏まえて「政府は要注意先債権の処理も推進する」といった趣旨の報道が繰り返されました。要注意先とは、金融機関の自己査定基準によって多少は異なりますが、「6か月未満の金利延滞先、実質債務超過だが一定期間後に回復の見込みのある先、期間損益が一過性の赤字の先」を指します。要注意先にはかなり多くの中小企業が含まれており、金融機関が要注意先の処理(自己査定ランクを恣意的に破綻懸念先に格下げ、あるいは融資縮小)をどんどん進めると、中小企業への影響には図り知れないものがあります。さらに、「骨太の方針」では「不良債権問題への取組みは金融機関の自主的な判断に委ねる」としており、金融機関の恣意的判断に対する歯止めを全く想定していません。こうした中で、「骨太の方針」発表後の記者会見で、竹中大臣は記者からの「不良債権処理で中小企業への影響を懸念する声もあるが」という質問に対して、「主要行の不良債権を2年以内に最終処理して失業する人はおおむね10-20万人と示した。基本的に不良債権問題は特定業種の大企業の問題だ。直ちに中小企業に結び付けるのは間違っている」(6月22日付日経新聞朝刊、原文どおり)と答えています。
私は、竹中大臣の回答こそ間違っている、あるいは竹中大臣の認識はかなり甘いと断言します。竹中大臣は、
- 金融機関が要注意先の処理も相当の勢いで進めようとしていること(その背景には竹中大臣自身の主張がかなり影響していること)、
- 金融機関がかなり恣意的に自己査定結果をコントロールする可能性があること、
- 金融機関の行動は引続き横並び的な傾向が強く、要注意先の処理がブーム化する可能性があること、
を見逃しています。不良債権処理を行うのは主要行だけではなく、地銀や信金も行います。失業者が竹中大臣の想定水準にとどまる根拠はどこにもありません。算定の根拠は何でしょうか?民間シンクタンクでは失業者111万人増加という試算もあります。
一方、最近の金融機関は、フルカバー以上の担保や信用保証協会の保証を要求するなど、ノーリスクの融資を選好する傾向を強めています。そして、今回の「骨太の方針」は「景気悪化などで新規に発生する不良債権の処理」についても言及しています。さらに、時価会計基準の導入により、最近の金融機関の自己査定は融資先の解散価値を基準にしているような傾向も見受けられます。このようないくつかの点を勘案すると、「特定業種の大企業の不良債権」にとどまらず、「景気悪化に伴い一時的に期間損益が赤字になったあまり資産を有していない中小企業向け貸出債権」が次々と処理対象となり、対象となった中小企業への融資撤退、中小企業の倒産が増加する可能性が高いと判断しています。現に、金融庁が大手銀行に対して行った調査によれば、昨年上半期に法的整理に追い込まれた企業向け債権の査定は7割が「正常または要注意」であったことが明らかになっています。つまり、「骨太の方針」では処理対象にならないはずの企業が倒産企業の7割を占めるということです。小泉首相はこうした状況をどこまで理解しているのでしょうか。このため、以下の点への政府の早急な対応が必要だと考えます。
- 金融機関の自己査定内容のチェック(安易かつ恣意的に要注意先から破綻懸念先への査定変更を行わせない仕組み作り、金融機関の取引行動に対する不服審査の仕組み作り)=金融アセスメント法案等の整備。
- 中小企業のキャッシュフロー(資金繰り)をサポートする制度・機関の構築。
- 日本全体の金融機能の再構築(リスクを全く取らない融資なら誰にでもできる。金融機関が産業・企業育成的なバンカー機能を果たせないならば、日本の金融機能を間接金融から直接金融にシフトさせるような対応が早急に必要。この問題は証券税制の問題に波及する)。
2.金融政策の見方
6月28日(木)には日銀の金融政策決定会合が開催されます(このメルマガが届く頃には結果が出ているかもしれません)。速水総裁は19日の定例記者会見で「水ばかりかけても植物は育たぬ」と述べ、さらなる量的金融緩和を安易に行うことには否定的な見解を示しています。一方で、リチャード・クー氏のように、さらなる量的金融緩和の必要性を訴える識者も少なくありません。暫く様子を静観する、さらなる量的金融緩和を行う、いずれの選択を行うにしても、それぞれメリット、デメリットがあるのが金融政策です。日銀には、それぞれのメリット、デメリットは何か、どのような理由で一方の選択を行うのか、また、その選択の結果、どのような状況が起きることを想定しているのかを国民に明らかにすることが責務(仕事)として課されています。そして、その想定が著しくはずれた場合に、どのような責任をとるのかということも重要なポイントです。結果責任をとる組織であればこそ、判断に対する信頼性と「中央銀行の独立性」に対する国民の納得が得られます。
定例記者会見の参考資料として、過去5年間の関連データが配布されました。それによれば、過去5年間、マネタリーベース(現金と日銀当座預金残高の合計)が+7.9%であったのに対し、実質GDPは+1.3%、銀行貸出は-0.4%にとどまっており、マネタリーベース(=水)を増やしただけでは、実質GDP(=植物)や銀行貸出は改善しないことを示しました。なお、既刊のOKマガジンでも指摘したとおり、増加したマネタリーベースが国債のファイナンスに繋がっている(マーシャルのKが上昇している)点も見逃すことはできません。
現時点では日銀の判断を支持しますが、今後の展開によっては、政策の選択肢のメリット、デメリットが変化してくることが考えられます。日銀が説明責任(アカウンタビリティ)を果たすことを期待しています。
(了)