安保法案が特別委員会での強行採決(17日)の末、本会議(19日)で採決されました。しかし、特別委員会での強行採決には重大な瑕疵(かし)があり、今後、採決の有効性や法案の合憲性等を巡って訴訟が起きることと思います。国会での論戦も続くことが予想されますので、とりあえず、特別委員会強行採決の顛末等を整理しておきます。
1.不存在と侵害
強行採決とそれに伴う混乱は、与野党双方とも反省すべきでしょう。そのことを大前提としたうえで、日本の民主主義を劣化させないために、客観的事実を共有し、問題点を明確に認識することが必要です。
安保法案は9月17日の特別委員会で強行採決されました。しかし、同委員会の速記録を見る限り、採決は「不存在」と言わざるを得ません。
そもそも、不信任動議が否決され、席に戻った委員長が委員会再開を宣言していません。つまり、委員会は開かれていない状態の中で突然混乱が発生しました。
速記録には「発言する者多く、議場騒然、聴取不能」と記されており、採決が行われた記録がありません。
本来であれば、委員長が委員会再開を宣言した後の展開は以下のようになるべきです。第1に、委員長の改めての挨拶。第2に、直前に開催された地方公聴会の報告。
第3に、委員長職権で立てていた総括的質疑の開始(当該「職権立て」も不信任動議の理由のひとつであるため、動議が否決された以上、総括的質疑の開始は有効)。
第4に、その直後の与党委員による「質疑打ち切り及び採決を求める動議」の提案。第5に、当該動議の採決による可決。
第5に、ここでいよいよ法案の採決。そして、採決を始める委員長発言とともに、混乱発生。というのが論理的な展開です。
別に混乱を是認するわけではありませんが、「質疑打ち切り及び採決を求める動議」提案を記す「動議」という言葉が速記録に残ってこそ、その後の展開は推論可能となります。
委員会は未再開(閉じられた)状態であり、委員会そのものも「不存在」。地方公聴会報告もなく、質疑打ち切り・採決を求める動議も「不存在」。
しかも、委員長に詰め寄ったのは野党委員ではなく、委員会に所属していない与党委員。委員長を完全に囲い込み、その中で委員長が「何を発言し」「何を行ったか」は全く推量不可能。因みに、野党委員が委員長を取り囲む場合、委員長発言は聴取または推量可能。
こうした一連の展開は、国会議員の評決権の「侵害」と言えます。国会法42条によって委員長は議事整理権を有しますが、議事整理権と言えども、国会議員の評決権を否定することはできません。
野党委員は委員長が「何を発言し」「何を行ったか」を全く推量不可能なため、評決権の行使も不可能。ひいては、野党支持の国民の参政権を間接的に「侵害」したことになります。
委員会の「不存在」と評決権及び国民参政権の「侵害」。法案への賛否はともかくとして、この客観的事実は深刻であり、重く受け止めなくてはなりません。
2.虚言癖と自己暗示
与党議員や与党支持者の中には「いや、委員会は存在していた」「採決は有効である」と主張をする人もいるでしょう。こうした「現象」が日本の体質的問題です。
例えば、安保法案の審議で再び脚光を浴びた昭和34年砂川判決。当時の田中最高裁長官が駐日米国大使と接触し、裁判日程や判決内容について事前に調整していた事実は、米国の公開公文書によって明らかになっています。
この件について、審議の中で何度問い質されても、外務大臣は「承知していない」「他国の公文書の内容に言及しない」等の答弁を繰り返すのみ。
湾岸戦争時に、海部首相がブッシュ大統領の自衛隊派遣要請を憲法上の制約を理由に断っている事実。このことについても、米国が公開した電話記録(公文書)によって明らかになっているにもかかわらず、審議の中で問われた外務大臣は砂川判決と同様の対応。
日本という国は、客観的事実や大多数の人が「そうであろう」と考える事実を率直に認めない、あるいは、あまりにも見え透いた嘘を堂々と述べるという「現象」が往々にして発生します。この現象が日本の体質的問題です。
今回の法案の憲法上の根拠として、砂川判決や昭和47年政府見解の「曲解」に固執する首相や内閣法制局長官の対応もこの「現象」の延長線上にあります。
メルマガ297・300号で評論家・山本七平氏のロングセラー「空気の研究」(1983年)に触れつつ、日本の体質について論じました。
そこでは「空気」と「集団思考」に焦点を当てましたが、上述の「現象」はどのように定義すればよいでしょうか。
客観的事実を否定する、見え透いた嘘をつく。この行動をひと言で表現すれば「虚言癖」。あるいは「自分は本当にそう思っているのだ」と強弁するならば「自己暗示」。どちらにしても、日本の潜在的な体質、病根かもしれません。
こうした日本の体質を認識しつつ、より建設的に安保法案の審議を進めるために必要であったポイントを整理すると、以下のように考えます。
日本を取り巻く国際情勢は以前よりも複雑化。とりわけ、北朝鮮や中国の動きには注意を要し、米国をはじめとする友好国との協力関係強化が必要であること。
集団的自衛権は1945年に創設された人為的権利であり、日本は憲法改正をしない限り、集団的自衛権の行使はできないこと(歴代政府方針「保有すれども行使できず」)。
上記の両点を与野党双方が冷静に受け止め、建設的かつ論理的な議論を粘り強く行えば、そこから出てくる答えは自ずと収斂します。
すなわち、第1点に対応するためには何らかの対応が必要であり、第2点を前提とする限りは個別的自衛権を現実的かつ弾力的に運用すること。これ以外にあり得ません。
その結論は、やはりメルマガ295・298・313・314・315・329・337・440号で論じてきた内容に帰結するようです(詳しくは、ホームページのバックナンバーからご覧ください)。
虚言癖と自己暗示は、太平洋戦争における大本営や政府関係者の戦果認識や戦況見通しにも相通じます。そのことが、国民と国にいかなる災禍をもたらしたか。今一度、真剣に向き合うことが必要です。
3.創発民主主義
民主主義とは何か。難しい問題です。民主主義陣営の中心を自負する米国の在日大使館ホームページに「民主主義の原則」という解説があります。詳細は直接ご覧いただくこととして、若干ご紹介します(いずれも原文ママ)。
「民主主義は、多数決原理の諸原則と、個人および少数派の権利を組み合わせたものを基盤としている。民主主義国はすべて、多数派の意思を尊重する一方で、個人および少数派集団の基本的な権利を熱心に擁護する」。
「一見すると、多数決の原理と、個人および少数派の権利の擁護とは、矛盾するように思えるかもしれない。しかし実際には、この二つの原則は、われわれの言う民主主義政府の基盤そのものを支える一対の柱なのである」。
「民主主義社会は、寛容と協力と譲歩といった価値を何よりも重視する。民主主義国は、全体的な合意に達するには譲歩が必要であること、また合意達成が常に可能だとは限らないことを認識している。マハトマ・ガンジーはこう述べている。『不寛容は、それ自体が暴力の一形態であり、真の民主主義精神の成長にとって障害となる。』」
在日米国大使館ホームページ「民主主義の原則」はなかなか奥深い。そもそも「デモクラシー(民主主義)」の語源は古代ギリシャ語のdemos(人民)とkratia(権力)を合体したdemokratia。国家(集団)の権力者が構成員全員であり、意思決定は構成員の合意によって成り立つ政治体制を指します。
反対語はaristos(優れた人)とkratiaを合体した「アリストクラティア(aristokratia)」。優れた人による支配であり、貴族制や寡頭制を意味します。要するに、権力者が構成員全員か、一部かの違いです。
やがて、扇動的政治家の言説に大衆が影響され、ソクラテスが処刑されると、プラトンやアリストテレス等が「デモクラシー」を「衆愚政治」と批判。プラトンは「哲人政治」を主張しました。
もっとも、古代ギリシャに続く古代ローマでも王政が廃止され、元老院と市民集会が権力を有する「共和制」が支持されました。皇帝は非世襲となり、市民集会で選ばれ、「プリンケプス(市民の第一人者)」と位置づけられました。
近代になると「デモクラシー」は自由主義の重要な構成要素となります。啓蒙思想です。フランス革命や米国独立戦争を通して「デモクラシー」は近代市民社会の根本原理となり、議会制民主主義が普及。ホッブス、モンテスキュー、ロック、ルソー等の時代です。
18世紀米国ではdemocracyとrepublicがほぼ同じ概念を示す言葉として定着。日本の幕末・維新期にもdemocracyとrepublicがともに「共和制」と訳される場合がありました。
20世紀以降、「デモクラシー」は全体主義の反対概念として定着。しかし、その一方で、明らかに独裁・専制下の国でも「民主国家」を自称している場合もあります。
そこで、米国政治学の権威ロバート・ダール(1915年生、2014年没)は、「民主主義」の質をチェックする7つの基本的条件を示しました。
第1に行政官吏の公選制、第2に自由で公正な選挙、第3に普通選挙、第4に行政職の公開性、第5に表現の自由、第6に代替的情報(反対意見)へのアクセス権、第7に市民社会組織の自治。
さて、日本はどうでしょうか。第3の普通選挙以外は、いずれもその基盤が脆弱になっていると感じるのは筆者だけでしょうか。
古代ギリシャ、古代ローマ、近代啓蒙思想、現代議会制民主主義と、「デモクラシー」は進化しています。
そして、今また新たな進化の芽。ハンガリーのインターネット民主党のように、技術革新を活用して直接民主制への復古を目指す政党も出現しています。
インターネットを活用した民主主義は直接民主主義とも間接民主主義とも異なり、「創発民主主義」と呼ばれ始めました。
「創発民主主義」は英語では「Emergent democracy」と言われ、多くの個人が参加することによる政治的事象の発生に関わる概念です。「組織なしでの組織化パワー」と表現されることもあります。
「創発」とは、シロアリ個々の行動が結果的に巨大な巣(シロアリ塚)を創るように、個々の予測や理解を超える結果を導く概念を意味します。
「アラブの春」や「SEALDs」はその一事象と言えます。「創発民主主義」は、伝統的権威に束縛されない自由人(ブロガー等)と分権的ネットワークによって予測不能の事象を引き起こしています。
「創発民主主義」の先進性と重要性を鑑みると、在日米国大使館ホームページ「民主主義の原則」の以下の一節も興味深いと言えます。米国はこうした原則を理解しているからこそ、産業や文化、社会形態や国家体制までも、常に時代の最先端を維持しています。
「民主主義国は、全権が集中する中央政府を警戒し、政府機能を地方や地域に分散させる。それは、地域レベルの政府・自治体が、市民にとって可能な限り身近で、対応が迅速でなければならないことを理解しているからである。
(了)