2月も明日で終わり。あと1か月で2015年。2年で目標を達成するとした日銀による異次元緩和政策の目標達成年度です。今回は、昨日(26日)の参議院財政金融委員会での黒田総裁との質疑についてお伝えします。
1.耐性菌
一昨日(25日)、薬が効かない「菌」が世界で拡大しているとのニュースに接しました。薬が効かないということは、要するに薬に対する耐性(抵抗力)が強いということ。
こうした耐性菌の拡大は、抗生物質の使いすぎが一因と言われています。つまり、「菌」が抗生物質に対する抵抗力を高めたということです。
世界保健機関(WHO)は昨年4月の報告書で耐性菌の拡大を警告。同5月の総会では、各国に早急な対策を促す決議を採択。今年5月の総会では、耐性菌対策に関する行動計画策定に向けた議論が行われる予定です。
英国は既に耐性菌に関する調査チームを立ち上げ、昨年12月に初の報告書を公表。同報告書によれば、耐性菌による現在の年間死者数は世界全体で推定70万人。
効果的な措置を講じなければ、耐性菌による死者数が2050年には1千万に達すると予測。地域別では、アジア473万人、アフリカ415万人、欧米等で112万人となっています。
報告書は「抗生物質の効果が低減すると、手術時の感染症の危険が高まる」「世界各国、特に中国、インド等の新興国では、保健上、経済上の深刻な影響を受ける」と警告。耐性菌拡大に伴う医療費負担増大も指摘しています。
米国、英国、スウェーデン等の専門家グループは、今年2月、WHO機関誌に意見書を掲載。現在の対策の不十分さ、耐性菌対策を目指した法的拘束力を有する国際的枠組みづくりを提言しています。
そもそも、抗生物質とは何か。微生物を産み出し、他の微生物(病原菌等)の増殖や機能を阻害する物質の総称です。
1928年にアオカビから発見されたペニシリンが世界初の抗生物質。天然由来の抗生物質は現在約6000種あると言われ、約100種が実用に使われています。
ペニシリンの発見以来、感染症に対する多くの抗生物質は細菌に対する「抗菌薬」として使われたため、抗生物質と言えば抗菌薬のことを指すのが一般的となりました。
その後の研究によって細菌以外の原因による感染症も発見され、ウイルス等に対する抗生物質も次々と開発。現在では、広義の抗生物質には抗ウイルス剤、抗がん剤、抗寄生虫薬等も含むようです。
人類は抗生物質の発見、実用によって医療、保健面で飛躍的な発展をとげ、平均寿命を大幅に伸ばしました。しかし、抗生物質も菌も「生き物」。菌が抗生物質に対して進化し、耐性菌という新たな脅威になりつつあるということです。 また、抗生物質は病原性を有しない他の菌にも作用するため、多量に使用すると体内の菌のバランスを崩す場合があります。そうした影響によって、病原性を有する菌がかえって増殖するという弊害もあるようです。
2.青天井
今回のメルマガは医療問題かと思って、ここで読むのを止めないでください(笑)。まもなく、金融政策の話題に展開します。
米国CDC(疾病予防管理センター)は「抗生物質は風邪などの感染症に効かない」ことを警告しています。
また、抗生物質に関する第1のルールは「使わないようにすること」、第2のルールは「 使いすぎないようにすること」としています。
米国では、上述のCDCのほか、食品医薬品局 (FDA)、国立衛生研究所 (NIH)等の関係機関が参画する省庁横断の耐性菌タスクフォースが設営され、抗生物質の誤用と乱用防止に取り組んでいます。
昨日(26日)、参議院財政金融委員会で日銀の半期報告(半年毎の国会への報告)の審議があり、黒田総裁と質疑をしました。その最中に、ついつい、耐性菌問題の新聞記事を思い出し、今回のメルマガになっています。
デフレという「菌」に対抗するため、異次元緩和という「抗生物質」を使用している日本経済。
抗生物質に効果と副作用があるように、異次元緩和にも効果と副作用があります。また、抗生物質の誤用と乱用防止が必要なように、異次元緩和も誤用と乱用防止が必要です。
そういう観点から、昨日の黒田総裁との質疑を振り返ると、今後の金融政策運営に対する懸念が高まらざるを得ない答弁でした。
異次元緩和のスタートからまもなく2年。日銀のマネタリーベース(日銀が金融機関に渡すお金の量)を2年で2倍にして、消費者物価上昇率を2%にする政策。それが、現在日銀が行っている異次元緩和です。
2015年度は異次元緩和スタートから丸2年経過後ですから、消費者物価上昇率が2%になることが目標です。
ところが、日銀自身による2015年度の消費者物価上昇率の公式見通し(中央値)は、2013年4月、同10月、2014年4月時点の公表資料(展望レポート)では1.9%、同10月は1.7%に低下。
そして異次元緩和第2弾(昨年10月31日)後の2015年1月の見通し改定では1.0%に引き下げ。耐性菌が抗生物質に対して抵抗力を強めている姿を想像してしまいます。
異次元緩和という抗生物質は、デフレという菌に一定の効果を発揮しました。日銀の従来の定義では、デフレとは「持続的な物価の下落」。そういう意味では、既に定義上のデフレは脱しました。
また、その過程で別の効果も現れました。円安、輸出企業の業績改善、輸出企業株主導の株価上昇。
昨日の財政金融委員会では、上記のような観点から、異次元緩和は既に十分に効果をあげ、黒田総裁もここまでは見事な手腕を発揮したことを率直に評価。
そのうえで、今後は抗生物質である異次元緩和の誤用、乱用防止に努めた方がよいのではないかと進言。しかし、黒田総裁にはそういう考えはないようでした。
消費者物価上昇率2%の達成時期は、現在の日銀の公式見解では「2015年度を中心とする期間」となっていますので「それは2016年度末まで含むのか」と質問。
なかなか答弁してくれませんでしたが、最終的には「2016年度末には必ず2%になっている」との発言。限りなく「2016年度末までも含む」という含意での答弁ぶりでした。
異次元緩和の手段として日銀はマネタリーベースを拡大し、自らのバランスシートを膨張させています。日銀のバランスシートの対GDP(国内総生産)比は今年1月末に既に63.5%に達しています。
米国はこの比率が40%に達した段階で緩和政策の転換を宣言。つまり、抗生物質の乱用防止に軸足を移したということです。
黒田総裁に「対GDP比に上限を想定しているか」と質問したところ、「上限は想定していない」との答弁。「青天井」とは驚きです。
今年秋には黒田総裁の任期も折り返し点を迎えます。さてさて、黒田総裁は抗生物質を適切に処方した名医として名声を残すのか。あるいは今後、抗生物質の誤用、乱用に致り、耐性菌を増殖させる結果を招くのか。今年は金融政策の分水嶺です。
3.副作用
異次元緩和は効果もありましたが、副作用も生じています。正確に言えば、長年の超低金利政策の副作用ですから、異次元緩和だけのせいではありません。
そのひとつは、国民の想定逸失利子収入。つまり、異常な低金利によって失った国民の利子収入です。昨日の財政金融委員会で最新の数字を質問しました。
黒田総裁によれば、1991年の利子収入が平常値と想定すると、2013年度までの想定逸失利子収入は375.7兆円。因みに、1993年を平常値とすると258兆円。概ね300兆円というところですが、ビックリする額です。
しかし、この300兆円。日本経済が抱える「病原菌」の構造に妙に符合する数字です。
2月2日の予算委員会で日本の家計貯蓄率がマイナス1.3%になったことを取り上げました。上述の想定逸失利子収入の計算基準である1991年から1993年頃の家計貯蓄率は15%近く。世界中1位、2位を競っていました。
非常に大雑把な概数で言えば、その頃から家計は300兆円の貯蓄を失い、企業は300兆円の内部留保を蓄積し、国債発行残高は300兆円以上増加。この構造です。
日銀による長期にわたる超低金利政策及び最近の異次元緩和は、この「病原菌」構造の耐性をますます強め、遺伝子化している(変更困難な特性と化している)ような気がします。
ほかにも副作用は出ています。メルマガ325号(昨年12月20日)でも指摘した円安による国富減少。昨日の財政金融委員会でも指摘しました。
日本の家計の金融資産は約1500兆円。1ドル80円換算だと18兆7500億ドルですが、120円換算だと12兆5000億ドル。実に6兆2500億ドルの「国富」が減少。
減少分は1ドル120円換算で何と750兆円。金融資産の半分が吹き飛んだ計算であり、「まさか」と思う人も多いでしょうが、円が1ドル80円から120円になったということは、5割価値が下がったことと同義。数字のマジックとは言え、750兆円消失は事実です。
さらに、異次元緩和の結果生じている金融機関の超過準備預金(日銀に預ける法定準備預金以上の準備預金)。
この超過準備には2008年から利子がついており、2014年上半期までに2256億円の利子が金融機関に支払われています。つまり、元手なしで2256億円の儲け。
金融機関にとっては濡れ手に粟(あわ)。これでは、与信先を開拓し、育て、支援し、利益をあげていくという金融機関本来の役割を果たすインセンティブ(意欲)は低下します。
まだあります。日銀による大量の国債購入は事実上の財政ファイナンス(政府の資金繰り支援)になっており、財政規律が低下していること。
昨日の財政金融委員会で黒田総裁は「実質金利マイナスを是認する」と発言。それで一番得をするのは最大の債務者である国であり、国民には事実上の課税と同じ効果が及びます。
いわゆる金融抑圧です。これも306号(昨年2月26日)をはじめ、何回かのメルマガで指摘しています。
さらには、日銀による国債大量購入による国債市場の機能不全。異次元緩和から転換する際(いわゆる出口戦略の際)には、長期金利が急騰する潜在的リスクを高めています。
既にデフレ「菌」には異次元緩和という「抗生物質」は効きました。そろそろ副作用を意識した処方箋に変えていく時期です。以後の体質改善は、抗生物質ではなく、根治治療(産業政策、社会政策等の他の対応)で望むべきです。
黒田総裁には、国会の議論に真摯に向き合い、意味のある答弁に努めることを求めます。無意味で焦点をずらした答弁姿勢を改めないと、黒田総裁自身や異次元緩和が日本経済の「抗生物質」から「病原菌」に転化するリスクがあることを指摘しておきます。
(了)