政治経済レポート:OKマガジン(Vol.320)2014.9.28

先週金曜日(26日)、不注意からガラス扉に激突。眉間から出血し、4針縫合。「ボケ始めた証拠」と笑われましたが、詳細はフェイスブックをご覧ください(ご興味があれば<笑>)。ところで、前号の「生産性」の話題にはずいぶん反響をいただきました。ありがとうございます。明日から始まる国会でも、しっかり議論したいと思います。


1.代替財源

前号の再述から始まりますが、生産性論議で重要なのは全要素生産性(TFP<Total Factor Productivity>)。労働、資本を含め、全投入要素の総体的な生産性です。

労働生産性だけを意識した生産性論議は大きな間違い。労働以外の他の投入要素の生産性や、企業活動の障害となっている法律・税制・制度・行政指導等々の見直しこそが、企業や経済全体の生産性を向上させる本筋です。

安倍首相の政策的指向性は、そうした本筋の論議から遠ざかり、だんだんと短期的、表層的な視野から成果を求める傾向が強くなっている気がします。

安倍首相もまもなく3年目。指向性の核心部分、本質がだんだん見えてくるもの当然。生産性論議もそのひとつですが、税制改革論議からも指向性がよく見えます。

安倍首相の税制改革の目玉は法人税実効税率引き下げ。今国会では論戦が本格化するでしょう。

日本の法人実効税率は約35%と言われており、安倍首相はこれを平成29年度(3年後)に20%台まで引き下げることを目指しています。

政策(法律・税制・予算等)には、必ずメリット(長所)とデメリット(短所)があります。法人実効税率引き下げのメリットだけ考えれば、もちろん賛成。

ところが、実際の賛否はそう簡単には決められません。どのようなデメリットがあるかを見極める必要があります。

とくに、デメリットを補うために導入される代替策の内容が、最終的な賛否の総合判断を左右します。

法人実効税率引き下げのデメリットは、もちろん税収減。税収減に伴って何かの政策を止めて財源を捻出するのであれば、税収減を補う代替策は必要ありません(ここ、重要なポイント。少し記憶にとどめて、先をお読みください)。

しかし、社会保障、景気対策、治安・安全保障など、政策課題は無尽蔵。予算はいくらあっても足りません。限られた財源を、どの政策課題に優先的に充てるかを判断するのが政治の仕事です。

そこで、法人実効税率引き下げに伴う税収減のデメリットを補うため、代替財源を用意しなくてはなりません。

代替財源の議論こそが、法人実効税率引き下げ議論の本質であり、そこから安倍政権の指向性や深層が見えてきます。

2.外形標準課税

代替財源の有力候補として浮上しているが外形標準課税の強化。

外形標準課税とは、企業の資本金や人件費など、事業規模に応じて税金をかける仕組みです。利益に対する課税ではないため、赤字企業にも納税義務があります。現在の課税対象は資本金1億円以上の大企業。

因みに、この外形標準課税は平成16年度(小泉政権下)から法人事業税に対して適用。企業活動は道路や上下水道等、地方の行政サービスの上に成り立っているという考えから、地方税収安定化を大義名分として導入されました。

その外形標準課税の対象範囲を拡大したり、課税の仕組みを変更することが、法人実効税率引き下げに伴う代替財源捻出策として検討されています。

具体的には、課税対象の資本金基準を引き下げ、より多くの企業に納税義務を課すのが一案。要するに資本金1億円未満の中小企業も対象にして増収を図ります。

もうひとつは、課税の仕組みの変更。少々複雑ですので、解説させていただきます(以下、税収額は概ねの水準)。

現在の法人事業税収は2.8兆円。うち、全体の4分の3(2.1兆円)を所得に応じて企業に課す仕組みで捻出。いわゆる「所得割」。要するに「黒字企業」のみに対する課税です。

残りの4分の1が外形標準課税。「資本金割」つまり資本金の規模に応じた課税で0.2兆円、「付加価値税」つまり従業員の賃金(付加価値と想定)に応じた課税で0.5兆円を捻出。

この割合を変更し、実質的な法人実効税率引き上げの代替財源を捻出するというのが検討されているもう一案です。

法人事業税を所管する総務省は、外形標準課税の割合(「資本金割」と「付加価値割」)を4分の1から、2分の1(半分)または8分の5(半分以上)に引き上げ、「所得割」を減らす案を示しています。

総務省は、それに伴う法人実効税率の引き下げ相当率を、外形標準課税の割合を2分の1に増やす場合で約1.5%、8分の5の場合で約2.8%と試算。

「黒字企業」にしか課されない「所得割」が減る一方、「赤字企業」にも課される「資本金割」と「付加価値割」が増える格好になります。

「赤字企業」には増税になりますが、「黒字企業」にとっては、資本金や従業員の規模によって影響が区々。増減税どちらになるかは個々の企業ごとに異なります。

こういう検討を進めているという事実から、安倍首相の指向性が見えてきます。

外形標準課税の「付加価値割」を増やすということは、従業員の数が多いほど増税になり、企業は雇用を抑制しようとするでしょう。

また、代替財源確保の一案として、13年度、14年度の税制改正で導入・拡充した雇用促進・中小企業振興に関する税制の廃止も検討されています。

具体的な廃止対象は、雇用を1人増やすごとに40万円の減税を行う「雇用促進税制」、給与総額を増やした分の1割の減税を行う「賃上げ促進税制」。これらの廃止は、雇用や勤労者の所得に対してはマイナスの影響があります。

さらに、生産性の高い設備を導入すると初年度に投資額の5%分(中小企業は10%分)の減税を行う「設備投資促進税制」。第2次安倍政権発足後、設備投資を年間70兆円規模に回復させる目標を立てて導入したものですが、これも廃止される見込みです。

安倍首相は、雇用や設備投資に消極的な企業の姿勢がデフレの長期化、深刻化の原因と主張していました。また、自民党が下野(2009年)した背景に、雇用や中小企業を軽視してきたことが影響していたと指摘する人もおり、上述の施策につながりました。

異次元緩和で物価はプラス傾向。人手不足も目立ってきたので、雇用・中小企業対策は手仕舞いということでしょうか。

しかし、物価上昇の一方で所得が増えないことから、実質賃金は13ヶ月連続でマイナス。人手不足も少子高齢化の影響が大きく、かつての感覚での完全雇用状態とは異なり、数字ほど好況感を感じられない人が大半でしょう。

実効法人税率引き下げは、要するに企業の業績を短期的によくする策。一方、雇用や中小企業をバックアップする諸施策は、企業や日本経済の中長期的な体質改善。

生産性に対する誤った認識とも相俟って、安倍首相の指向性の深層が垣間見えます。

3.法人実効税率

ところで、ひとつ素朴な疑問。法人事業税の「所得割」「資本金割」「付加価値割」の割合を変えるという考え方は理解しましたが、法人事業税率自体は変更しないのに、なぜ実効税率が下がるのでしょうか。

法人実効税率は、以下のような計算式で算出するものと認識しています。計算式をそのまま記すと、数学記号が文字化けする読者もいると思いますので、文章で表します。

法人税率(または、法人税率に1.1を乗じたもの)、法人税率に住民税率を乗じたもの、事業税率の3つを足した結果を分子とし、1+事業税率を分母として、除した結果が法人実効税率です。

税理士・会計士、あるいは企業の経理・財務担当者の皆さん以外には少々難解だと思いますが、要するに、計算式には「率」しか登場しません。

外形標準課税の課税基準や負担割の仕組みを変えても「率」そのものは変化しませんので、法人実効税率には影響が出ないような気がします。

最終的な企業収益の合計に対する税負担がいくらだったかという実績ベースの計算をしているのであれば理解できますが、不思議な感じがします。

もちろん、欠損金繰越控除、減価償却等、他の税制の見直しも行いますので、そうしたものも全て合算した内容で算出するのであれば、計算上の法人実効税率が変化するのも理解できます。

また、法人実効税率の増減税の影響の及び方は企業によって異なります。単一の法人実効税率をベースに議論することは、あまり意味がないような気もします。

さて、新聞やテレビのニュースで飛び交っている法人実効税率は、どのように算出した数字なのでしょうか。国会の中で確認していきます。

ここで、記憶にとどめていただいた前述の部分をプレイバック。「忘れた方は少々ボケが」と書き始めて、ガラス扉に激突した自分も同じであることに気がつきました(苦笑)。

法人実効税率引き下げのデメリットは、そのメリットを被る(恩恵を受ける)企業に対する優遇税制(とくに、今や時代に適合していない長期に亘る優遇税制や補助金)の見直しで補うのが合理的でしょう。

つまり、税収減に伴って何かの政策を止めるのであれば、税収減を補う代替策は必要なし。長年続いている租税特別措置や補助金の中に、廃止すべきものがずいぶんあります。

そもそも、そうした租税特別措置や補助金の効果も勘案して法人実効税率を算出すると、実際にはかなり低い水準の企業も少なくありません。

かつて、政権担当時代に独占禁止法の適用除外事例(つまり、例外的に独占を認めてよい事例)の見直しに取り組みました。

その際、自分に関わらない分野の見直しは「ドンドンやるべき」と主張しながら、自分に関わる分野については「ケンカを売るつもりか」と発言した「財界人」がいたことを思い出しました。

麻生財務大臣は9月9日の記者会見で、「(法人実効税率引き下げの代替財源は)経団連でしっかり探してください」と発言。ごもっともです。

さて、麻生大臣がこの姿勢を貫き、「NIMBYシンドローム」(注)の権化のような経団連(あるいは自称「財界人」)を撃破することができるでしょうか。僕も委員会質問の中で麻生大臣を質していきます。

「経団連の中で探す」と言いつつ、結果的に、雇用や中小企業に皺寄せする政策に帰着するようでは、安倍首相の指向性がますます明確になってくることでしょう。

(注)NIMBYシンドローム=Not In My Backyard シンドローム。自分に対する不利益な政策を拒否する傾向を指す政治学や公共政策学におけるテクニカルターム(専門用語)。

(了)


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