前号に続いて、日本を取り巻く経済や国際情勢の変化について考えます。今回は安全保障問題。折しも、キャンプデービッドでのG8サミット(主要国首脳会議)が閉幕。ロシアのプーチン大統領は欠席し、某全国紙の見出しも「国際社会主導、G8退潮」「経済力低下、統治も陰る」。中国やロシアの台頭が世界のパワーポリティクスを構造変化させており、日本は変化を見据えて適切に対処していく必要があります。
1.「台頭」か「復活」か
国際的なパワーポリティクスにおいて、2010年は主要国間の調整の舞台がG7(1997年からロシアが参加してG8)からG20に移行した歴史的転換点でした。その主因は中国。2010年、GDP規模で中国が日本を抜いて世界2位となり、米ソ冷戦時代、米国1極時代を経て、米中2極時代に突入。G20内部も、米国を中心としたG7、中国を中心としたBRICSの両陣営が調整の主役となりました。2011年1月19日、訪米した胡錦濤主席とオバマ大統領は共同声明を発表。両国は「前向きで協調を重視する包括的な関係」を追求することを表明。共同声明に、米国は「成功を収めて繁栄する力強い中国がより大きな役割を果たすことを歓迎する」と記した一方、中国は「地域的な平和と安定そして繁栄に貢献するアジア太平洋国家としての米国を歓迎する」と明示。要するに、米国は中国を世界の大国として認知し、中国は米国がアジア太平洋国家であることを認知したということです。中国のプレゼンス向上を、新興国としての中国の「台頭」と認識するか、有史以来ほとんどの時期において世界の超大国であった中国の「復活」と認識するか。この点が重要です。中国は当然「復活」と考えており、強い自尊心を持っています。米中両国の間に位置し、アジア太平洋の渦中にある日本。こうした点に細心の注意を払いながら安全保障政策を考えていかなくてはなりません。
2.グレートゲーム
4月下旬、中露海軍が黄海で合同軍事演習を実施。中国は北海艦隊、ロシアは太平洋艦隊が主力となり、主要艦艇25隻、兵員6000人が参加した過去最大規模の演習でした。アジア太平洋への関与を強める米国に対する牽制という意味において、中露両国の利害が一致した結果です。ロシアにとっては、米中両国に対して「自らもアジア太平洋国家である」との意思表示でもあります。もちろん、国際力学は単純ではありません。中露両国は相互牽制効果も企図しています。ロシアは、ベトナム近海の大陸棚開発をベトナムと共同で行うことを4月に合意。これに対し、南シナ海・南沙(スプラトリー)諸島の領有権をベトナムと争っている中国は反発しています。中国は、ロシアから購入した艦艇を改造した初の空母「ワリャーク」の実戦配備を企図。しかも、独自開発の艦載機「殲15」はロシア製「スホイ33」の模倣機。空母に必須の艦載機着艦用ワイヤは米露両国にしか製造できないため、中国はロシアから購入予定。しかし、購入交渉は難航。ロシアが中国の軍拡と兵器コピーに不快感を抱いているためです。米国も動いています。今年1月から2月には日米合同軍事演習を実施。「キーンエッジ2012」は外国による日本侵略を想定した机上演習。「ヤマサクラ61」は、米海兵隊遠征旅団、米陸軍最新鋭部隊(ストライカー旅団)、陸自特殊作戦群を投入した離島奪回演習。2月から4月にかけては米韓合同軍事演習。「キーリゾルブ」は北朝鮮による奇襲攻撃への対応。「フォールイーグル」は奇襲上陸訓練。3月16日、北朝鮮がミサイル発射実験を予告した背景にも影響を与えていると考えるべきでしょう。米国の動きは日韓との連携にとどまりません。4月16日からはフィリピンと、23日からはベトナムと合同軍事演習を実施。いずれも南シナ海を巡り、中国を牽制する動きです。南シナ海を巡ってはさらに複雑な動きがあります。南シナ海の南端を塞ぐアジア第3位の人口と領土を擁するインドネシア。対艦ミサイル「C802」を中国と共同生産する計画を進めているほか、ステルス機能を有する韓国次期主力戦闘機「KFX」の開発にも参加。軍事力増強を進めています。昨年11月、米国はインドネシアに近い豪州ダーウィンの豪陸軍基地に海兵隊を駐留させることを発表しました。さらにベンガル湾、ペルシャ湾まで視野を広げれば、4月19日、核保有国インドが射程5千キロメートルの長距離ミサイル「アグニ5」の発射実験に成功。中国全土、日本の一部を射程圏内に収めています。25日、隣国パキスタンも中距離ミサイル「シャヒーン1A」の発射実験を実施。今や、日本海、東シナ海、黄海、南シナ海、ベンガル湾、ペルシャ湾と続く、西太平洋からインド洋は、安全保障の「グレートゲーム」の主戦場となりました。ちなみに、インド洋沿岸部のことを、中国は「真珠の首飾り」、インドは「ダイヤモンドのネックレス」と呼び、それぞれ強い関心を示しています。
3.ゲームチェンジャー
「グレートゲーム」の主戦場に向かう中国海軍の拠点は、今や高級リゾート地で知られる海南島三亜市亜竜湾。南海艦隊(司令部・広東省湛江)の母港です。ここから南シナ海へ南下し、マラッカ海峡、インド洋に抜けるシーレーンでの制海権を視野に入れています。世界最大の原油輸入国となった中国は、その4割を中東、3割をアフリカに依存。実に輸入原油の7割がこのシーレーンを通過するからです。シーレーンの現在の制海権は米国が掌握。中国はエネルギー調達の生命線を米国に牛耳られているに等しく、だからこその米中両国の権謀術数です。2007年、米中海軍首脳の会談において、中国側は「ハワイを境にした太平洋の米中分割統治」に言及。以来、西太平洋では、沖縄、台湾、フィリピンを結ぶ「第1列島線」、小笠原、グアムを結ぶ「第2列島線」を巡って米中の攻防が続いています。「中国海軍の父」と呼ばれ、中国の海洋進出戦略を構想した劉華清・元中国軍事委員会副主席は、2010年代に「第一列島線」内、2020年代に「第ニ列島線」内の中国による海洋覇権を確立を目指すと明言。2008年10月、中国海軍艦艇が初めて日本海から津軽海峡を通り抜け、日本を周回。これが「第1列島線」内の制海権確保に向けた第一歩と言われています。その後、沖縄周辺を通過して「第1列島線」の外洋に出ていく中国海軍艦艇数は年々増えており、着実かつ計画的に劉華清氏の構想を現実化しています。西太平洋を東へ、東へと進出し、制海権を確保することが、米国による中国包囲網形成を抑止することになります。「攻撃は最大の防御」という戦略を実践していると言えます。こうした中国の動きは米国に対する「接近拒否(アクセス・ディナイアル)戦略」とも呼ばれていますが、その切り札が中国が開発中の中距離対艦ミサイル「東風21(DF21)」。射程距離は中国本土から沖縄外洋、フィリピン近海まで至る1500キロメートル。「東風21」が中国沿岸部に本格配備されると、「第1列島線」内に接近する米空母艦隊に対する強力な抑止力になり、アジア西太平洋における米中の軍事力学が根本的に変わる可能性があります。そのため、米軍関係者は「東風21」を「ゲームチェンジャー」と呼び、情報収集と配備阻止に向けて動いているようです。オバマ大統領は、昨年11月の豪州訪問時の演説と今年初めの国防報告書において、欧州、中東、アジアを想定した2地域での大規模戦争に備える「2正面戦略」を放棄し、アジア回帰を宣言。アジア太平洋に国防の軸足を移すということです。米中2極時代の国際社会の「グレートゲーム」。その主戦場の渦中にある日本の安全保障政策には、現実的対応が求められます。(注)ご興味がある方は、メルマガVol.253(2011.12.18号)もホームページのバックナンバーからご覧ください。今回の内容と関係があります。
(了)