東日本大震災から1年が経ちました。改めて犠牲者のご冥福をお祈りするとともに、被災者の皆様にお見舞いを申し上げます。厚生労働副大臣として東日本大震災、福島第一原子力発電所事故に直面し、被災者の救助・救援、医療支援、食品の放射性物質暫定規制導入などに携わりました。このたび、その経緯を書き起こした「3.11大震災と厚労省、放射性物質の影響と暫定規制」という本を出版しました(出版社・丸善)。後世の検証に資することを企図してまとめたものです。ご興味がある方は、是非ご一読ください。
1.生活保護の連鎖
昨年7月末の生活保護受給者が205万495人となり、過去最高を更新。受給者が200万人を超えたのは、戦後の混乱期である1951年、52年以来、60年振りです。
その後も受給者は増え続け、昨年12月末は208万7092人。保護率は16.3%と戦後(昭和26年度は24.2%)の最悪期ほどではないものの、保護世帯数は151万3446人と戦後(同69万9662人)を大きく上回ります。
これは、大家族から核家族、一人暮らしと社会が変化し、一世帯当たりの人数が減少していることを反映しています。
また、「生活保護の連鎖」にも直面しています。生活保護の調査データによれば、受給世帯の親世帯も受給者だった割合は約25%。
つまり、受給世帯の4軒に1軒が「生活保護の連鎖」ということになります。シングルマザーの受給者のうち約3割が「生活保護の連鎖」というデータもあります。また、受給者のうち5割以上が中卒か高校中退という「学歴との相関」もあるようです。
受給世帯の内訳をみると、高齢者世帯、母子世帯、傷病・障害者世帯、その他世帯の割合は、10年前(平成12年度)には、45.5%、8.4%、38.7%、7.4%でした。
直近(平成22年度)のこの割合は、42.9%、7.7%、33.1%、16.2%に変化。つまり、「その他世帯」の割合が急増。実数でも、55,240世帯から227,407世帯と4倍増。
「その他世帯」には、現役層・勤労世帯層が多く含まれているとみてよいでしょう。但し、50歳以上が54.9%と過半を占め、29歳以下が5.2%、30歳から49歳が39.9%です(平成21年)。
こうした状況を映じ、生活保護給付額も急伸。平成21年度に初めて3兆円を上回った後、3兆3296億円(同22年度)、3兆5148億円(同23年度)と増嵩。平成24年度予算では3兆7232億円。このペースで増えると、来年度や再来年度には4兆円突破の勢いです。
「生活保護の連鎖」、「その他世帯」の増加、給付額の急増。生活保護制度の見直しは喫緊の課題です
2.北九州事件
生活保護の受給者、保護率が最低水準だったのは平成7年(それぞれ882,229人、7.0%)、世帯数は平成4年(585,972世帯)です。そこからは一貫して増加傾向。バブル崩壊の影響が顕現化して以降、続いていると言えます。
しかし、勢いが加速したのは平成20年以降というのが衆目の一致するところ。その経緯には一連の経緯があります。
受給者と給付額の増加傾向を抑制することを企図した行政は、平成18年に自治体の窓口で生活保護申請を拒否する「水際作戦」を行ったと言われています。つまり、認定要件や審査を厳しくしたということです。
その結果、平成19年7月に「北九州事件」が発生。すなわち、生活保護を打ち切られた男性が、「おにぎりを食べたい」という言葉を日記に残して餓死。ミイラ化して発見された事件を指します。
折しも、サブプライム危機が発生。翌平成20年のリーマンショックを経て、いわゆる「派遣切り」が社会問題化。同年暮れには「年越し派遣村」が耳目を集めました。
そのため、平成20年3月には、「水際作戦」「北九州事件」の反省を踏まえて、厚労省が漏給防止(生活保護申請権の侵害防止)の通知を発出。
平成21年暮れには「年越し派遣村」の第2弾に合わせ、迅速な審査、適切な認定などを促す通知を発出。
こうした一連の経緯の中で、受給者、給付額が急増していったことから、「北九州事件」「派遣切り」「年越し派遣村」「厚労省通知」が、生活保護増加の主因のように語られることがあります。しかし、その指摘は本質を捉えているとは言えません。
生活保護増加の本質的な原因は、第1に経済情勢・雇用情勢の悪化。第2に、受給者が生活保護から抜け出そうとするインセンティブを弱めるような政策の歪み。この2点を解決することなくして、生活保護の増加傾向を抑止することはできません。
第1の原因に対しては、景気対策等による経済情勢好転、求人増加を図ることが王道です。雇用促進策も考えられますが、景気回復、経済情勢好転を前提としない雇用促進策は、所詮対症療法にすぎません。
3.貧困ビジネス
第2の原因である政策の歪み。すなわち、真面目に働いて得られる収入よりも生活保護によって得られる収入や可処分所得の方が高い場合があるという矛盾です。
生活保護の扶助の種類は、生活、住宅、教育、医療、介護、出産、生業、葬祭など、多岐にわたります。その結果、例えば、子供ふたりを抱える受給世帯の給付額は25~30万円に及ぶこともあります。
一方、働いて同額の収入を得ることが必ずしも容易ではないということになれば、一度生活保護を受けると、その状態から抜け出すインセンティブを削ぐことになります。
生活保護の給付額が高いのか、勤労所得が低いのか。いずれにしても、この歪みを是正するためには、給付額を引き下げる一方、最低賃金等の勤労所得の引き上げを図ることが必要です。
しかし、問題はそれだけではありません。受給者以外に由来する政策の歪みもあります。
例えば、生活保護費の約半分を占める医療扶助。受給者の医療費は本人負担がないため、医療機関が過剰診療や医薬品の過剰投与、検査漬けにする傾向があると言われています。
もちろん、一部の医療機関や医師の問題だと思いますが、そういう現象が起きていることは事実です。
レセプト審査を医療機関ごとに行うと、過剰診療傾向を分析することが可能。したがって、レセプト審査体制の改革によって、そうした点にメスを入れることも一案です。
受給者が診察を受ける医療機関を指定したり、受給者にも一部負担を求めることなども検討課題ですが、医療機関自身が性善説的に行動してくれれば、問題の解決は簡単。しかし、現実はそうはいかないようです。
さらには、無料低額宿泊所に代表されるいわゆる「貧困ビジネス」。受給者を集めて、宿泊所、食事などの面倒をみる一方で、給付額の大半を事業収入とする仕組み。違法とは言えないだけに、難しい問題です。
よく考えてみれば、過剰診療を意識的に行っている医療機関も、言わば「貧困ビジネス」。医療機関の矜持が問われます。
受給者の4割以上が高齢者であることを考えると、低所得の高齢者を生活保護で支えるのか、年金制度で支えるのかということも重要な政策課題。現在検討中の新年金制度(最低保障年金、所得比例年金)には、そういう観点からの政策的意義もあります。
生活保護の問題は、社会保障制度の全体像や社会のあり方を見直す重要な視点を含んでいます。情緒的な思考に陥らず、冷静に考えることが重要です。
(了)