円高、株安、債券高(金利低下)が続いています。マーケットの取引の論理は、局面や環境によって変わります。変幻自在で弾力的。一貫性がないとも言えます。現在の円高は、円高と言うよりドル安、ユーロ安、元安。かつては「円高は日本のファンダメンタルズ(経済の状況)が良いため」と言われる局面もありましたが、現在はそういう論理での円高ではありません。局面ごとの論理の整理と理解が必要であり、政府・日銀には、その機微を踏まえた対応が求められます。
1.ジャパン・アズ・ナンバー・スリー
先週16日、第2四半期(4月から6月)のGDP(国内総生産)統計が発表されました。実質ベースで前期比年率プラス0.4%、名目ベースで同マイナス3.7%。GDPデフレーターもマイナス1.0%となり、デフレ傾向が強まりました。
昨年第4四半期(10月から12月)、今年第1四半期(1月から3月)と堅調に推移してきた日本経済の回復ピッチが、明らかにペースダウンです。
加えて、第2四半期のGDPは中国を下回り、経済規模の日中逆転が現実のものとなりました。
これを受けて、17日の英紙タイムズは「飛躍する竜、沈む太陽」と題した社説を掲載。「日銀はデフレ退治に失敗、官僚は HYPERLINK “javascript:void(0);” 公共事業に金を注ぎ込んで国土をコンクリートで覆い、公的債務をGDPの倍近くに膨らませた」と指摘しました。
また、18日の米紙ウォールストリート・ジャーナル(アジア版)も「ジャパン・アズ・ナンバー・スリー」と題する社説を掲載。「日本経済の20年にわたる停滞は、日本国民と同様、世界にとっても悲劇だ」と憂いています。
英紙タイムズは「バブル崩壊後の改革の失敗が日本の停滞を招いた」と断ずるとともに、「改革への怠慢を埋め合わせようとしても、栄光の日々より長い間、もがき続けることになりかねない」と結んでいます。
欧米マスコミに改めて指摘されるまでもなく、関係者がその事実を真摯に受けとめなくてはなりません。
改革を先導できずに権力闘争に明け暮れた政界、組織や個人の既得権益を増殖させるために改革に抵抗してきた官界、「経済は一流、政治は三流」と嘯きながら自らも総論賛成、各論反対の姿勢で改革を停滞させた財界。日本のガバナンスを担う政官財界は、総懺悔が必要です。
この状況を脱するための処方箋は既に明々白々。悲観している暇はなく、とるべき行動は処方箋を断固かつ迅速に実現することです。
日本がドイツを追い越して「ジャパン・アズ・ナンバー・ツー」になったのは1968年。それから42年、世界のトップスリーのうち2位と3位をアジアの中国と日本が占めたということです。しかも、1位の米国は日本の同盟国。
日本には、その地理的、経済的、政治的に優位なポジションを有効活用する戦略性と実現力が問われます。今度こそ失敗は許されません。
2.覚醒した隣国の巨人
英紙タイムズに「沈む太陽」と表現された日本。これに先立つ20年前、日本のバブル崩壊を予見したベストセラー本のタイトルが「日はまた沈む」。
著者のビル・エモット氏は英経済誌エコノミストの元東京支局長であり、2006年からはフリーの国際ジャーナリスト。日本通のエモット氏には、私も何度か取材を受けています。
そのエモット氏が、年初の英紙タイムズの寄稿の中で「日本は世界第2位の地位をいずれ中国に明け渡す。しかし、中国がいつ日本を追い越すのかは重要ではない。日本がドイツを追い越したことを誰も覚えていない。人口の多い国の経済規模が大きくなるのは当然だ」と書いていました。
客観的に考えればそういうことです。第2四半期の名目国内総生産(GDP)は、日本が1兆2883億ドル、中国は1兆3369億ドル。僅差で逆転されましたが、中国の人口が日本の10倍であることから、1人当たりGDPは日本の10分の1です。
しかし、注目すべきは中国の反応です。中国国内メディアの多くは「日中逆転」「中国が日本を追い越した」と報じる一方、同時に「1人当たりGDPは日本の10分の1」「有頂天になるべきではない」という識者のコメントや論評を掲載。総じて抑制的な報道内容となっています。
例えば、「日中逆転は一里塚としての意義はあるが、1人当たりGDPでは米国や日本にはるかに及ばない」「中国経済には解決すべき問題が山積み」(経済参考報)、「1人当たりGDPは世界平均の5割程度。中国は得意になるべきでないし、酔いしれてはならない」(文匯報)など、冷静さが際立ちます。
中国国際放送は専門家による座談会を行い、「平均的日本人の教育レベルは中国人よりはるかに高い」「経済規模はひとつの判断材料であるが、経済の質、持続可能性、環境や資源問題等を考えれば、日本と中国の距離は非常に大きい」「日本は問題を処理する際に系統的、合理的で人間性にも配慮する。中国は日本を見習うべきだ」という発言を伝えています。
この冷静さは、むしろ中国のさらなる成長と発展を予感させる迫力があります。日本には、この「覚醒した隣国の巨人」と対峙していく覚悟と戦略が問われます。
3.日本型資本主義
GDP(国内総生産)の日中逆転を受けた中国メディア。得意満面の論評をすることなく、抑制的な報道の背景にはいくつかの意味があります。
第1は、「1人当たりGDPでは日本の10分の1に過ぎない」という事実を伝えることで、国民の慢心を戒め、さらなるハングリー精神を煽る狙いです。
第2は対外的な配慮。「世界2位の経済大国」となった中国に対して、為替調整(元切り上げ)、地球温暖化対策、途上国支援等の貢献を求める国際世論の高まりに先手を打っています。
現に日中逆転を報じた英紙タイムズは「中国は新たな責任を負うべきだ」と指摘。日米欧各紙でも概ね同様の論調が強まっています。
中国が特に注視しているのは米国の反応。中国の2009年の貿易黒字は2495億ドルと日本の5倍以上。米オバマ大統領がドル安、輸出増加による景気回復を企図していることから、米国との貿易摩擦激化を懸念しています。
第3は国内への配慮。中国では「国富民貧(国家は富み、民衆は貧しい)」という四字熟語が新語として流行しています。貧富の差が激しく、少数民族、内陸部、農村部を中心に貧困層の生活水準は依然として悲惨な状況です。
政府予算は過去10年で6.2倍となった一方、人口の半分以上を占める農民1人当たりの収入は2.3倍。抑制的な報道によって、鬱積している国内の不満を刺激しないように配慮しています。
当局の意向を反映した報道内容の制御は、戦略的な国家資本主義、国家運営を推進する中国の真骨頂です。
今やこの「覚醒した隣国の巨人」を最大の貿易相手国とする日本。バブル崩壊を予見した「日はまた沈む」の著者ビル・エモット氏は、2006年に「日はまた昇る」を出版。2020年の日本復活を予想しています。
ゆっくり着実に歩む亀(日本)が足の速い兎(中国)に勝つことを想定。そのためには、日本型資本主義を確立するとともに、アジアと真の相互理解を深めることが条件というのが要旨です。
エモット氏の予想は楽観的に過ぎますが、中国を含むアジアとの共存なしには、日本の復活が困難です。
そして、中国の国家資本主義に対抗する日本型資本主義とは何かを追求し、実現しなければなりません。
(了)