「事業仕分け」が終わりました。「事業仕分け」に対しては厳しいご意見もありましたが、財政健全化を求められる日本にとって意義深いチャレンジだったと思います。仕分け人の皆さん、お疲れ様でした。また、関心をもって傍聴に来て頂いた皆さん、ありがとうございました。予算の内容を見直すという「勇気」がなければ、経済の成長と社会の向上を実現するための新たな予算は編成できません。新政権のチャレンジはまだまだ続きます。
1.デフレ宣言
新たなチャレンジに取り組む一方で、足もとの経済運営にも細心の注意が必要です。「事業仕分け」の真っ只中、11月20日に政府はデフレを宣言。2006年6月以来、3年5ヶ月振りのことです。
ところが、日本とは対照的に、中国、インドをはじめとした新興国や欧米諸国はインフレ気味。そのため、国内物価下落と原材料等の輸入物価上昇が企業収益を圧迫。業績低迷、所得減少、雇用悪化、売上減少によるさらなる物価下落というデフレスパイラルが視野に入ってきました。
デフレの要因は基本的には3つ。第1は需要不足、第2は将来不安を背景にした消費意欲減退、第3は技術革新。第3の要因に伴う物価下落は「悪いデフレ」とは言えず、「良いデフレ」という面もあります。
需要不足に対しては景気対策が必要であり、政府も第2次補正予算を編成します。もっとも、公共事業中心の従来型景気対策の失敗を繰り返さず、家計や中小企業に直接かつ早期に効果が及ぶ財政支出を工夫しなくてはなりません。
また、役所の権益のために行われているような不合理な規制を緩和することにより、企業の活動コストを軽減することも可能。財政負担を伴わない景気対策として、規制や行政指導を見直すことも必要です。
一方、将来不安解消のためには社会保障充実が急務。同時に国民が納得できる財政健全化への取り組みも不可欠です。そのことが、社会保障充実のための財源確保を可能とするほか、景気対策の財源負担が将来の増税に転嫁されないという信頼感につながります。
そうした観点から言えば、「事業仕分け」は当然の取り組み。財政赤字を一気に圧縮することは困難でも、財政健全化に対する国民の信頼感を高め、景気対策の効果を下支えします。
以上は政府による財政面の対応ですが、デフレには金融面の環境という第4の要因も影響しています。
昨秋の金融危機以降、主要国は例外なく金融緩和を実施し、日本とは対照的にその効果が現れています。
日本の金融緩和が足りなかったのか、今も足りないのか。金融緩和が十分であったとすれば、何か別に要因があるのか。狭義の金融政策を担う日本銀行は、こうした点に関して説明責任を負っています。
政府・日銀が一体となって、財政面、金融面の対策を講じなくてはなりません。
2.ドバイショック
デフレ宣言から1週間後、デフレの影響は予想外のところで顕現化しました。
11月27日、アラブ首長国連邦(UAE)ドバイ首長国の信用不安に端を発して世界の株価が急落。ドバイショックです。
UAEは7つの首長国で構成されており、ドバイはそのひとつ。UAEの首都があるアブダビ首長国が大量の油田を持つのに対し、ドバイはもともと農漁業国家。
そこで、世界各国からの借入資金を梃子に港湾や空港などのインフラ開発、オフィスビルやリゾート施設などの不動産開発を進め、中東湾岸地域の商業・交通拠点として急成長してきました。
それを可能にした要因は2つ。ひとつは、政府が全面的にバックアップする官民一体の開発体制。その象徴でもある政府系持株会社ドバイワールドの債務返済猶予申請が今回の事態の引き金となりました。
もうひとつは世界的な超金融緩和。大規模な資金調達を可能とし、ドバイに不動産バブルを発生させていました。
しかし、昨秋の金融危機を契機に状況は一変。ドバイの不動産市況は過去1年で半値に下落。開発計画の多くが中止に追い込まれています。要するに、オフィスビルやリゾート施設は実需ではなく投機対象として建設されていたに過ぎません。
ドバイショックは世界中に影響を与えましたが、とりわけアジアでは株、通貨、債券のトリプル安。ところが、日本だけは株は値下がりしたものの、通貨と債券は上昇。歪な動きを示しています。
その背景要因も2つ。ひとつは、アジア通貨やドルに比べて円が相対的に強いこと、株に比べて国債の信用が相対的に高いことに着目した「質への逃避」(Fly to Quality)。しかし、日本の景気や膨大な財政赤字の実情を考えると不思議な感じです。
もうひとつは実質金利差。日本の名目金利はゼロ%近傍ですが、デフレの影響で物価は下落。そのため、実質金利は2~3%。一方、米国やアジア諸国は物価上昇が続いており、名目金利から物価上昇率を引いた実質金利は極めて低水準。つまり、日本の実質金利が高いことが円高、債券高の背景です。デフレの影響はこんなところにも出ています。
債券高(金利低下)は日本経済にプラスですが、株安、円高は景気を下押し。二番底回避のために、株安と過度の円高に適切に対処することが急務です。
3.虚々実々
ところで、デフレ宣言に先立つ11月13日、ブラジルが温室効果ガス排出量を2020年までに最大38.9%削減するという目標を発表。日本の25%削減を上回る意欲的な目標です。
「地球の肺」とも言われるアマゾン熱帯雨林を擁するブラジル。焼畑や伐採などによる年間の森林消失面積は約2万平方キロメートル。ブラジルはその面積を2020年までに80%減らすそうです。
実現すれば2020年の消失面積は4千平方キロメートルにとどまり、森林による二酸化炭素吸収量は増加。それによって温室効果ガス排出量の削減目標を達成します。
この目標は、来月コペンハーゲンで開催される国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)に提示される予定です。日本とブラジルの意欲的な目標が、温暖化対策を巡る先進国と新興国の対立を緩和することが期待されます。
もっとも、温暖化対策を巡る各国の対応は虚々実々の駆け引きという面もあります。例えば、今回のブラジルの目標設定は、自然体で焼畑や伐採を行えば消失する面積を抑制するという発想。一見もっともなようですが、日本に置き換えてみると不思議なことに気づきます。
日本が自然体で経済成長すれば温室効果ガス排出量が増えるので、それを減らすために経済成長を抑制するというロジックと一緒です。現在の排出量を基準とせず、高く想定した将来排出量を基準とすることで、削減目標を大きく見せることが可能です。
基準設定の工夫で勝負するならば、国民1人当たりの消費カロリー量を持ち出すのも一案。食品は加工製造の過程で温室効果ガスを排出します。自然体で増加する将来の消費カロリー量を高く設定し、それを抑制することによる排出量削減目標を示すという発想です。
日本人の消費カロリー量は米国人の半分。この基準を採用すれば、米国に対して相対的に優位な立場になります。
もっとも、インド人と比べると消費カロリー量は10倍。日本よりも消費カロリー量の少ない国との相対比較では劣位になります。
温室効果ガス削減目標はこのように基準の選択と設定に影響されます。日本も発想を転換し、温暖化対策の議論を巧みにリードすることが求められます。
ブラジルが目標を発表した直後、次号のメルマガ(つまり、この号)はこうした内容をお伝えしようと思っていたら、案の定、中国が追随しました。
ドバイショック前日の11月26日、中国は2020年までに国内総生産(GDP)単位当たりの温室効果ガス排出量を、2005年に比べて40~45%削減するという目標を発表。
40~45%という数字に驚かされますが、要するに数字のマジック。中国はGDP自体が大幅に増加しますので、排出量(絶対量)そのものは減らないという目標です。
そこで、すかさず中国に確認すべきポイントは、「GDPの増加分だけ」についての目標か、それとも「2005年水準を含む2020年のGDP全体分」についての目標かという点です。当然、後者でなければ困ります。そうなると、かなり厳しい目標となります。
中国に先立って、米国も2005年比で17%削減を表明。いずれも、日本の1990年比25%削減という勇気ある目標に誘発されていることは事実。
外交や通商などの国際交渉においては、世界をリードしつつ、虚々実々の駆け引きを互角に渡り合っていくことが求められます。
(了)