政治経済レポート:OKマガジン(Vol.203)2009.11.12

「事業仕分け」が始まりました。財政健全化と景気対策の両立が求められる日本。不要不急の財政支出、経済効果や合理性の乏しい財政支出を、景気対策や新たな政策目的に資する財政支出に転換していくことが必要です。55年体制が残した膨大な財政赤字という「負の遺産」を清算するためにも、「事業仕分け」チームの奮闘を期待します。


1.整合性

先月30日、日銀が発表した展望リポートによれば、2011年度まで3年連続で消費者物価がマイナスになる見通しです。具体的には09年度マイナス1.5%、10年度マイナス0.8%、11年度マイナス0.4%となっています。

景気が低迷する中での3年連続の物価下落はかなり深刻な事態です。企業収益を下押しし、勤労者所得の減少を通じて消費も減退。景気回復の足かせとなり、デフレスパイラルの再来が懸念されます。

一方、同日の政策決定会合で、日銀は金融危機対応として行っていたCPや社債の買い取りの年末での打ち切りを決定。また、企業金融支援特別オペの来年3月末での終了も予告。

いずれも、昨秋来の金融危機で機能不全に陥りかけた市場機能が回復し、大手・中堅企業の資金繰り状況が改善したとの判断に基づきます。

日銀は異例の金融政策からの出口戦略を模索していたことから、これらの動きは市場の予測の範囲内。もっとも、マクロ経済的に見ると、外形的には金融緩和の一歩後退です。

デフレ懸念が高まるという認識を示す一方、同じタイミングでの金融緩和の後退は不整合と映るリスクがないとは言えません。日銀には、市場や国民に対してより肌理細かい説明が期待されます。

さらに政府は、同じ日に中小企業金融円滑化法案を閣議決定。中小企業・零細事業者・住宅ローン借入者等の資金繰りは依然として深刻な状況にあるとの認識に基づいた対応です。

日銀のCP、社債の買い取り打ち切り、企業金融支援特別オペの終了予告は大企業・中堅企業の資金繰り状況の好転を映じた対応であり、白川総裁も中小企業・零細事業者の資金繰り状況については厳しい認識を示しています。

とは言え、国民的には政府と日銀の対応が区々と映るリスクもありますので、こうした点でも日銀には繊細な説明が求められます。

55年体制が遺した膨大な財政赤字という「負の遺産」を引き継いで発足した鳩山政権。しかも、金融危機の影響で金融政策も異例の状況。マクロ経済政策運営は多くの制約に直面していることから、政府・日銀には、日銀法4条の規定に基づいた密接な連携の下で整合性の高い政策運営が求められます。

2.中立命題

今月6日、内閣府は景気が回復局面にあると表明。9月の景気動向一致指数が前月より1.3ポイント上昇し、6ヶ月連続改善となったことを受けての判断です。

もっとも、水準は92.5。依然として基準時点である2005年(100)を大きく下回るレベルにあります。

戦後最短の景気回復局面は10年前の金融危機後の1999年2月から2000年11月までの22ヶ月間。あと16ヶ月、つまり再来年の1月まで回復が続かないと戦後最短のワースト記録を更新することになります。新政権は景気対策に万全を期すことが必要です。

しかし、膨大な財政赤字という55年体制の「負の遺産」を引き継いだ新政権にとっては、財政健全化も重要な課題です。景気対策と両立させることは容易ではありません。

今年度税収が40兆円を下回ることが予想される中、景気対策の財源は国債発行か埋蔵金活用に限られます。

国債発行による財源を用いた景気対策の有効性を考える場合、「中立命題」という経済学の概念がひとつのポイントです。

「中立命題」とは、国債発行で調達した財源によって減税等の景気対策を行っても、国民が将来その財源を補填するために増税されることを予想すれば、結局、消費や支出を控えて景気対策の効果は出ないという事態を指しています。

同一世代内で国債償還が行われる場合は効果がないことを指摘したのが「リカード(英国の経済学者)の中立命題」、世代を跨いで国債償還する場合でも効果がないという厳しい想定をしたのが「バロー(米国の経済学者)の中立命題」です。

また、財政健全化が進まなければ将来の年金給付削減や医療費負担増が気になって、景気対策の恩恵は貯蓄に回すという傾向も強まるでしょう。

つまり、財政健全化の進展は、将来の悲観的な増税予想を修正することによって景気対策の有効性を高めます。

景気対策のためには財政健全化は後回しでよいという主張も聞かれますが、財政健全化に前向きな姿勢を示すことが、結果的に景気対策の効果を高めるという輻輳(ふくそう)した関係にあることに留意が必要です。

新政権には、景気対策と財政健全化の双方に取り組むことが求められています。

3.政策論争の系譜

景気対策と財政健全化の両立を求められるジレンマは、1990年代以降の日本の呪縛とも言えます。

故小渕首相の時代に展開されたのは「兎論争」。「二兎を追うものは一兎も獲ず」の諺にかけて、景気対策と財政健全化の「二兎」を追うか、いずれかひとつの「一兎」を追うかという政策論争でした。

故小渕首相は自らを「世界の借金王」と称し、国債発行を重ねて景気対策に邁進。財政健全化よりも景気対策優先の「一兎論」を採用しました。

成果に対する評価は立場によって区々でしょうが、結果的に「失われた20年」が続いており、財政赤字はさらに悲惨な状況になっていることは客観的な事実です。

その後に登場した小泉首相は竹中大臣をブレーンに登用。竹中大臣は「ダム論」を主張しました。企業優先の経済政策を採用し、ダム(企業)に水(収益)を貯めれば、やがて水が溢れて下流の住民(国民)も潤うというのが「ダム論」でした。

しかし、水を貯めるために人件費削減に偏重した経営政策や労働政策の顛末はご承知のとおり。結局、ダムの水は溢れず、小泉首相は「世界の借金王」故小渕首相を上回る過去最大の国債を発行した首相として歴史に名をとどめました(もちろん、任期が長かったことも影響しています)。

次の安倍首相時代に登場したのが「上げ潮路線」。要するに成長優先の考え方であり、「ダム論」に近かったと言えます。その成果を検証するまでもなく、安倍首相は早期退陣。

福田首相をはさんで登板した麻生首相のキャッチフレーズは「日本の底力」。やはり成長重視の経済政策を標榜。金融危機対応の景気対策も相俟って、在任中の1年間に4回の予算を編成。

そして、鳩山首相が誕生しましたが、日本の呪縛は当然まだ続いています。

景気対策重視で財政健全化は後回しという主張も聞かれますが、「一兎論」「ダム論」「上げ潮路線」「日本の底力」という政策論争の系譜と顛末をよく検証し、呪縛からの脱出戦略を練りたいと思います。

魔法のような妙案はありません。地道にムダな財政支出を削り、効果的な財政支出を行うことに腐心することが当面の責務。愚直に頑張ります。

(ご参考)雑誌「経済セミナー」の来月号に「新政権のマクロ経済政策」というタイトルで経済政策の考え方について寄稿しています。ご興味がある方はご一読ください。

(了)


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