政治経済レポート:OKマガジン(Vol.198)2009.8.19

総選挙が公示されました。昨日(18日)のテレビ朝日報道ステーションで「選挙後も麻生首相のままですか」と問われた自民党の細田幹事長が「秋には総裁選挙がありますから」と回答。麻生首相で総選挙に勝てば続投するのが本来の姿。総選挙で勝っても、また1年で首のすげ替えというのは勘弁してほしいものです。

日本の総選挙の喧噪の一方で、オバマ大統領はマサチューセッツ州ビンヤード島で1週間の休暇。日本の総選挙の投開票日(30日)にワシントンに戻って公務を再開するそうです。オバマ大統領は9月中旬の国連総会と金融サミットの演説で、核軍縮や温暖化対策について方針を述べると予想されています。総選挙の結果は予断を抱けませんが、日本としても、休養十分で鋭気を養ったオバマ大統領への対応を検討する必要があります。


1.ティンバーゲンの定理

長梅雨、冷夏、ゲリラ豪雨。今年も異常気象が続いており、温暖化が着実に進行している気がします。

国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」によれば、過去100年間で平均気温は0.74度上昇。今世紀末までにさらに1.1~6.4度上昇すると予測しています。

7月のサミットでは「世界の気温上昇を産業革命前に比べて2度以内に抑える」ことに合意。しかし、京都議定書では2013年以降の温室効果ガス削減に関する国際ルールが定められていません。

そこで、12月の「国際気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)」で新たなルールの合意を目指しています。もっとも、合意はなかなか容易ではありません。温暖化対策に関する合意の困難さは複数の目的が錯綜していることに起因します。

第1は地球規模の共通利益追求。この点から考えれば、各国がより意欲的な目標を提示することが期待されます。

第2は外交という側面。外交交渉は国益を追求することが基本。自国の利益を犠牲にして他国の利益を優先する国はありません。各国とも自国に有利となる国際ルールを追求します。

第3は金融資本主義との関係。温暖化対策の具体的手段のひとつである排出権取引は新たな金融市場創設を意味しており、本来の趣旨とは異なる視点で取引が行われる蓋然性が高いでしょう。

第4は産業政策との関連。温暖化対策によって潤う産業、負担が増す産業。それぞれの利害が錯綜して着地点は見出せません。

こうした混迷状況を打開して日本がイニシアティブを握るために、これまでとは次元の異なる戦略を打ち出すことも一案。

例えば、日本国内はエコカー(電気・燃料電池自動車等)だけにすることを目標に掲げ、技術開発、大量生産、低コスト化を国策として追求。その結果、世界にエコカーを普及させて温暖化対策の責務を果たす戦略です。

低コスト化された日本のエコカーは世界標準となり、新たなリーディングインダストリーになります。こういう構想を立案して実現していくことが「国家戦略」です。

ひとつの手段ではひとつの目的しか達成できないというのが「ティンバーゲンの原理」という政策科学の鉄則。温室効果ガス削減という手段だけで複数の目的を実現することは不可能。発想の転換が必要です。

2.温暖化と寒冷化

古今東西を問わず、内政の不人気を外交でカバーするのは政治の常道。経済対策や医療保険改革の難航によって支持率が低下気味のオバマ大統領。秋以降は核廃絶と温暖化対策で世論の関心を外交に向けることでしょう。

どちらも日本に大きな影響を及ぼしますが、核廃絶は比較的展開を見通し易いテーマ。一方、温暖化対策は利害関係が複雑であり、深層に対する洞察力が要求されます。

温暖化対策の契機となったのは1988年9月にサッチャー英首相が英国学士院で行った講演。原子力発電はクリーンエネルギーであることを強調し、言わば原子力政策推進のために「環境」を「政治」に利用。

同首相の戦略は奏功し、同年11月に「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が発足しました。

1990年代は途上国の経済発展を牽制するための先進国の交渉ツールとして定着。「環境」を「経済」に利用したことになります。

しかし、米国が京都議定書を批准しなかったことに象徴されるように先進国の足並みはバラバラ。その間に経済成長を遂げたBRICS諸国は世界のパワーバランスに影響を与える存在になりました。

2000年代に入り、途上国と先進国は攻守逆転。温暖化対策は途上国が先進国から資金と技術を獲得する方便に転化。途上国は「環境」を「外交」ツールとして巧みに利用しています。

7月のサミットでは、インドは先進国が大気中に「二酸化炭素圏」を生み出したと糾弾。中国は米国が温暖化対策に取り組んでいない国からの輸入品に付加関税を課す法案を成立させたことに不快感を示し、「貿易戦争」になると公言。ブラジルはアマゾンの森林伐採に対する先進国からの警鐘を「内政干渉」として拒絶。なかなか強烈なカウンターです。

こうした「外交」のせめぎ合いの中、日本としては、温暖化対策に前向きに取り組みつつ、国益を損ねない対応、立ち回りを追求することが肝要です。

「1998年をピークに平均気温が低下し始めた」「地球の寒冷化が進み始めた」という科学者の指摘も聞かれます。真偽のほどは分かりませんが、科学者の指摘ですから真摯に受け止めるべきでしょう。

温暖化の実態に関する科学的知見を精査し、複雑な利害関係を調整することも日本の役割。国際社会におけるプレゼンス向上のためにも、日本も「環境」を「外交」に巧みに絡めるセンスと手腕が求められます。

3.巨大な将棋盤

米国では、民主党系のブレジンスキー元大統領補佐官(1928年生)と共和党系のキッシンジャー元国務長官(1923年生)が外交ブレーンの両巨頭と称されます。そのブレジンスキー氏、前回の大統領選挙でもオバマ陣営の外交顧問を務めました。

ブレジンスキー氏は元々コロンビア大学の政治学の教授であり、数々の本を執筆しています。その1冊が1972年の「The Fragile Blossom:Crisis and Change in Japan」。日本語版タイトルは「ひよわな花・日本」、サブタイトルは「日本大国論批判」。

当時、日本でも大きな注目を浴びたそうです。急速な経済成長を遂げた日本は、外交分野では未だに独立国家として行動するには至っておらず、「ひよわな花」であるというのが本の論旨です。

それから四半世紀が過ぎた1997年。今度は「The Grand Chessboard:American Primacy and its Geostrategic Imperatives」という本を出版。日本語版タイトルは「ブレジンスキーの世界はこう動く」、サブタイトルは「21世紀の地政戦略ゲーム」です。

日本に対する認識は「ひよわな花」の時と基本的には変わっておらず、本の主張は日本人には耳障りな内容です。

曰く、日本は外交に関して明確な戦略性や方向性をもっていないことから、「経済力を高めて世界に貢献してほしい」と国際社会から懇願されれば、一生懸命に経済発展に努めるはずであり、その日本が獲得した資金を全て国際機関に分配して利用すればよいという論旨です。

日本の足下を見透かしたような内容に聞こえます。あくまでブレジンスキー氏の個人的見解ですが、そうは言っても元大統領補佐官。そして、オバマ陣営の外交顧問。無視もできません。

「自国の利益を犠牲にして他国の利益を優先する国は存在しない」というのは外交交渉や通商交渉における原理原則。日本はそのことを再認識すべきでしょう。双方が利益を得る「ウィン(Win)ウィン(Win)」の関係(双方がメリットを享受する関係)がベストですが、実際の交渉はそれほど甘くありません。

「ブレジンスキーの世界はこう動く」の原著のタイトル「The Grand Chessboard」を直訳すると「巨大な将棋盤」。外交や国際政治をチェス(将棋)に喩えたタイトルです。

日本が西側諸国の一員として「特別扱い」「過保護」のポジションを保証されていたのは1980年代の半ばまで。貿易での1人勝ちを糾弾され、円高を迫られた1985年のプラザ合意がその分岐点と言われています。

それから四半世紀。日本は、自立した国家として外交や国際政治の原理原則を改めて噛み締める必要があるでしょう。

(了)


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