7月21日、衆議院が解散されました。投開票日は8月30日。自民党中心の政権が続くのか、あるいは民主党中心の政権に交代するのか。国民の皆さんは、日本の歴史上初めて選挙による本格的な政権選択を行います。
1.悪しき慣行
解散に先立つ7月12日、日経新聞1面トップに「予算のムダ省庁別公表」「2000億円から3000億円の削減を目指す」と報じられていました。
「ムダの排除に積極的な省庁ほど予算を優先配分する仕組みを構築する」とも記されており、政権交代を睨んだ財務省のアドバルーンという印象です。
しかし、ムダ遣い一掃のためには予算編成時の査定だけでは不十分。ムダ遣いを助長する執行段階の「悪しき慣行」の根絶が不可欠です。
「悪しき慣行」の実例は、先に成立した総額15兆円の補正予算の執行の中でも続いています。現在進行形です。
例えば、厚労省に配分された緊急人材育成・就職支援基金7000億円。財務省から厚労省に資金交付するためには具体的な事業計画や資金管理計画等が決まっていることが当然の前提です。
ところが、準備未了のまま6月19日に資金交付。厚労省から同省認可法人である中央職業能力開発協会に渡りました。
それから約1か月の間、7000億円は銀行に流動性預金として置かれていました。2%の利鞘で運用すれば年間140億円、1か月で10億円以上の利益。銀行に対する事実上の補助金と指摘されても仕方ありません。
しかも当面の執行予定は最大でも2600億円。残り4400億円は来年度以降の資金であり、早々と全額を交付する必要はありません。既に7月末。事業内容の詳細が決まっていない現状では、残り8か月で2600億円を的確に執行することも困難でしょう。
事業内容の詳細が決まってから初年度の執行分見込み額として1500億円か2000億円程度をまずは交付するというのが常識的な対応です。足りなくなったら追加交付すれば良いことです。
国の資金は国民の税金です。不要不急の資金を早々と渡すのは「悪しき慣行」と言えますが、「悪しき慣行」には「悪しき背景」があると考えるべきでしょう。
2.マネーロンダリング
7000億円を早々と交付された中央職業能力開発協会は約100人の組織。元厚労省局長の理事長を筆頭に天下り官僚が幹部。しかも、今春には会計検査院から補助金を不正使用したことを指摘された札付き組織。
今回の指摘は氷山の一角であり、この協会の行状は要注意です。しかも、この協会に渡した資金は、もっと行状が怪しげな雇用促進能力開発機構に渡される予定。あの悪名高き「私のしごと館」を建設した独立行政法人であり、廃止が決まっている組織です。
まだ建設していない「アニメの殿堂」よりも、既に建設してしまった「私のしごと館」の責任は重大。中央職業能力開発協会は、「私のしごと館」建設をはじめとする多額の税金のムダ遣いを行ってきた雇用能力開発機構に資金を渡すためのトンネル役。言わば、雇用能力開発機構に資金を渡すことをカモフラージュするマネーロンダリング(資金洗浄)です。
7000億円と言えば、欧州のラトビアの年間予算と同じ規模。こんな組織に小国の年間予算に匹敵する規模の資金を早々と渡すとはまさに「盗人に追い銭」。
さらに、すぐに使わない資金はやがて国債で運用されることになります。国債の金利収入は協会のものになります。国債発行によって調達した交付金7000億円を国債で運用して金利収入を得る構図は納得できません。協会が得る金利収入も国民の負担です。
国会で議決した予算規模はあくまで7000億円。運用益としてこの協会が得る国債金利も国庫負担であることを考えると、事実上、7000億円以上に予算を嵩上げしているのと同じ。何とも言えない不条理です。
財務省は「今回の資金交付は現行法制下では合法」と説明していますが、ムダ遣いを助長するこうした「悪しき慣行」は見直しが急務。厳格な執行管理に取り組まないようでは、財務省のムダ排除の動きも単なるポーズと断定せざるを得ません。
そもそも、単なるポーズを示すだけで何もしないという行動パターンも「悪しき慣行」。霞が関のお家芸とも言えます。政権交代後は霞ヶ関全体の姿勢が問われます。
3.鉄のトアイアングル
いずれにしても、政権選択は国民の皆さんのご判断。政治はそのご判断に真摯に従って、国民の皆さんからの負託に応えるのが仕事です。
そこで、国民の皆さんの判断に資するように、自民党、民主党の政策構造の象徴的な3つの相違点をご説明しておきます。
第1に歳出面。予算の査定、編成、執行プロセスにおける特徴です。自民党は主に業界団体や独立行政法人、特殊法人、公益法人等の組織に対して資金を交付します。
戦後の復興期から高度成長期にかけて、この構造は政策を効率的、普遍的に浸透させることに寄与しました。しかし、こうした団体や組織が徐々に天下り等の既得権益集団に変質したことが今日の日本の重大な構造問題です。
一方、民主党はできる限り国民や企業に直接資金を交付することを目指します。その過程で、維持存続が自己目的化している天下り組織等は廃止・縮小する方針。当然の対応です。
第2は歳入面。予算編成の前提となる財源確保の考え方です。
巨額の財政赤字を抱える中で、既得権益集団への歳出を見直さない限り、財源余力がないのは自明の理。したがって、既得権益集団に対して複雑な利害関係を有する自民党はどうしても増税志向にならざるを得ません。
一方、民主党はそうした歳出を見直すこと自体が目的であるため、歳入は歳出見直しによって捻出することを目指します。
十分な歳出見直しを行った後には、消費税引き上げ等を検討することは必要です。しかし、それは歳出見直しの後。議論はしますが、実際の引き上げは次々回(4年後)総選挙以降の課題です。
歳出見直しの過程で、既得権益集団等に過去に交付されて蓄積されている余剰金(いわゆる埋蔵金)にもメスを入れることは当然です。
第3に霞ヶ関との関係。長期政権の下で、自民党は霞ヶ関から政策提言を受け、政策の調整を任せる関係になってしまいました。言わば受動的な立場。官僚から天下り先等の既得権益集団の不利益になるような政策提言が出てこないのは当然の帰結です。
一方、民主党は霞ヶ関に政策を指示する能動的な立場を目指します。もちろん、善良で有能な官僚諸氏の建設的で私心のない提言には真摯に耳を傾けます。
以上の3点を総括的に表現すれば、政官業の「鉄のトライアングル」に対する姿勢の違いです。「鉄のトライアングル」は、高度成長期から1980年頃までは政策を効率的に行うことに寄与し、日本経済発展に資した面もありました。言わば「良いトライアングル」。しかし、その後は既得権益死守のために暗躍する「悪いトライアングル」に変質。
自民党は「悪いトライアングル」の維持に腐心せざるを得ない一方、民主党は「良いトライアングル」の再生を図ります。
こうした構造的な違いの上に、様々な分野の個別政策が具体化されていきます。自民党も民主党も、総選挙における国民の皆さんの判断、選択の結果を受け、負託された職責を果たさなくてはなりません。
(了)