政治経済レポート:OKマガジン(Vol.193)2009.6.11

与謝野大臣が景気底入れを示唆。先行きを楽観する気の持ちようも大切ですが、まだまだ予断を抱けない情勢です。貴重な財源を無駄遣いする仕組みを根絶し、社会保障制度と産業政策の充実に万全を期すことが急務です。


1.ミュンヒハウゼンのトリレンマ

先月26日、厚生年金に関する新たな推計結果が公表されました。支払った保険料総額に対する受給総額の倍率は、モデル世帯(夫は40年間会社員、妻は専業主婦)比較で1940年生まれ(来年70歳)は6.5倍(保険料企業負担分を加味すると3.2倍)であるのに対し、1990年生まれ(来年30歳)以降は2.3倍(同1.1倍)。世代間格差が広がっています。

そもそも、夫は40年間会社員、妻は専業主婦という家計は今や標準的ではなく、モデル世帯とは言えません。この「虚構のモデル世帯」だけは2050年でもかろうじて現役世代の手取収入の「50%給付」を確保していますが、それ以外の世帯は50%割れです。

その「50%給付」はあくまで65歳で年金を受け取り始める時の水準。受給開始後は徐々に低下していきます。因みに、今年65歳に到達するモデル世帯の受給額は85歳時(2029年)に名目ベースでは月額2.5万円増加しますが、物価上昇を加味した実質ベースでは2.4万円減少。

これらは様々な非現実的な前提条件の下での推計結果。中でも、2010年度以降、運用利回り4.1%(前回試算時3.2%)、賃金上昇率2.5%(同2.1%)という前提条件がワースト2(いずれも名目ベース)。

この前提条件では、2050年には年金積立金が5.0倍、賃金が2.7倍に増加。経済成長率の前提条件が低下したこと(前回は1.7%、今回は0.8%)に対応した辻褄合わせですが、現実離れした想定であり、ホラ(嘘)と言っても過言ではありません。2004年通常国会で「50%給付」「100年安心」とホラを吹いて年金法案を強行採決した政府の責任は免れません。

小説「ホラふき男爵の冒険」のモデルになったのは18世紀ドイツのミュンヒハウゼン男爵。楽しいホラなら笑えますが、年金財政計算のホラは笑えません。

ミュンヒハウゼンに因んだ「ミュンヒハウゼンのトリレンマ」は論理学の定理のひとつ。「Aが正しいことを示す根拠はB、Bの根拠はC、Cの根拠はD、Dの・・」という具合に根拠の追求は終わることがなく、Aがホラでないことを絶対的には証明できないことを示唆します。

時として「Dの根拠はA」と最初に戻ることを循環論法と言います。政府の年金財政計算の説明は「Aが成立するようにB、C、Dを設定する。なぜならばDの根拠はAが成立することだから」という循環論法を聞いているようです。

50年後、100年後の年金財政計算の信頼性は誰がやっても確証が得られるものではありません。また、現在の政策責任者がその時まで生きて見届けることもできません。現在の世代が確実にできることは、年金財源を無駄遣いさせないことだけです。

年金積立金138.6兆円(昨年3月末)のうち約半分は国債運用に回っています。お金に色はありませんので、年金積立金が国債を介して不要不急の公共事業やハコモノ建設に流用されています。

年金改革のためには、新たな制度設計とともに、年金積立金は「給付」と「年金制度を支える次世代育成に寄与する政策」以外には使わないというルールを構築することが必要です。公共事業やハコモノ建設に流用することは断じて許されません。

2.火事場ドロボー

2008年の合計特殊出生率(女性の生涯出産推計数)が厚生労働省から発表されました。前年比プラス0.03の1.37。05年に過去最低の1.26を記録した後、1.32(06年)、1.34(07年)に続いて4年連続の上昇。素直に喜びたいところですが、現実は客観的に認識する必要があります。

出生率算出時の分母となる出産期(15歳から49歳)女性人口が前年比22万5千人減少したことや、出産の中心となった30歳代女性が第2次ベビーブーム層で人数が多いことなどが出生率上昇に寄与しました。

もっとも、08年は閏年。出生数は109万1150人、前年比1332人の増加でしたが、日数調整を行うと実質的には2981人の減少です。

そもそも出生率が2.08以下では人口減少が続く計算であり、人口が増え始めたわけではありません。08年の死亡数は114万2467人。出生数から死亡数を引いた人口の自然増減はマイナス5万1317人と過去最大の減少です。

年金制度のサステナビリティ(維持可能性)を高めるためには、少子化と人口減少に歯止めをかける必要があります。そのためには子育て支援策が不可欠ですが、政府の対応はむしろ逆行。いったい何を考えているのでしょうか。

その象徴が生活保護の母子加算廃止。厳しい経済情勢の折柄、平均収入10万円台の生活保護母子家庭への支援策を廃止する局面ではありません。悪政の極みです。

政府は代替策として就労支援費を新設。3万円の収入増に対して1万円、それ未満の収入増や職業訓練中の場合は5千円の支援費を支給。しかし、病気や障害で働けない母子家庭が3.2万世帯もあるほか、そもそも現在の経済情勢の中で母子家庭の母親が仕事を見つけることは容易ではありません。

その一方で巨額の予算を浪費し続ける官僚組織。財政が火の車の中、国民の窮状を省みず、予算浪費に奔走する官僚組織はまさしく火事場ドロボー。霞ヶ関改革は待ったなしです。

その象徴が補正予算で問題視された「アニメの殿堂」。さらに、先日は政府の地方分権改革推進委員会が統廃合を勧告した国土交通省の出先機関が、この期に及んで慌てて新庁舎の建設契約を発注している事実が発覚。判明分だけで総額587億円です。

3.出城と根城

国の出先機関は言わば出城(でじろ)。その出城の新庁舎建設費の一部を地方自治体が負担させられていたのです。

橋本徹大阪府知事が「ぼったくりバー」と酷評した国直轄事業の地方負担金。これまで、国が何にどのように使ったかが全く明らかになっていなかったことに批判が集まり、初めて昨年度分の明細が公表されました。

その明細を見ると、出城の建設費のみならず、国家公務員の退職金や年金保険料などにも使われていることが判明。

国直轄事業として地方に道路やダムを造る場合、建設費だけでなく、工事に携わる国家公務員の人件費も経費のうちであり、したがって退職金や年金保険料を地方が負担するのは当然という理屈だそうです。

ミュンヒハウゼン男爵も驚くホラならぬ屁理屈です。全く笑えません。

その屁理屈が通るならば、国からの法定受託事務(かつての機関委任事務)を行う地方自治体は事務に携わる地方公務員の人件費を国に負担させるべきでしょう。

国から地方交付税として地方自治体に資金が配分されても、その資金から地方負担金が召し上げられ、その地方負担金で出城の建設費や国家公務員の人件費が賄われるという構図。これでは、結局、地方交付税は国のために使われていたという詐欺のような話です。

江戸時代、幕府は大名を普請奉行に任命し、治水工事や橋の建設をさせました。普請奉行に任命された大名は巨額の建設資金や人件費を負担し、藩の財政は悪化。幕府の狙いは大名の財政余力を奪い、幕府に抵抗する勢力の力を削ぐことでした。

不要不急の公共事業やハコモノ建設を地方に押し付ける国直轄事業の仕組みは、まさしく現代の普請奉行。おまけに、出城まで建設させていたとは江戸時代の幕府より巧妙です。

今回明らかになった2009年度予算に計上されている出城の建設費は、8省庁36施設で総額2049億円。政府が計上したものです。

一方、その政府自身の地方分権推進委員会が統廃合を求めたのはその8省庁の出先機関。地方整備局、地方農政局など15系統の出城です。幕府はもはや支離滅裂。

その出先機関は、長い間、自らの利権と政府を構成する与党議員の利権に与(くみ)して不要不急の公共事業やハコモノ建設を行ってきました。完成後は、それらの運営組織が新設されて官僚の天下り先となりました。この仕組みが財政赤字の元凶です。

出城の対語(ついご)は根城(ねじろ)。辞書によれば、出城は「敵の動きを監視するために国境などに設けた小規模な城」。根城は「主将の居城である本丸」。

幕府の出城(出先機関)が根城(霞ヶ関)の地方分権推進委員会から統廃合を求められるのは、言わば幕府内の内紛。出城がある現地では普請奉行が反旗を翻し、根城では「ハトの乱」も勃発。幕府はいよいよ末期症状です。

(了)


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