政治経済レポート:OKマガジン(Vol.189)2009.4.14

1.新秩序とコンセンサス

今月初め、第2回金融サミット(G20)がロンドンで行われました。表向きは国際協調を確認して無事に閉幕しましたが、世界の「新秩序」を巡る水面下の攻防は激しさを増しています。

金融サミット後の米タイム誌の論評記事は、各国首脳の発言を引用して「新秩序」の力学を分析。ところが日本や麻生首相に関する言及は皆無。少々心許ない感じです。

昨秋以降、金融サミットや先進国財務相・中央銀行総裁会議(G8)等が決めた対策は財政出動と金融緩和を行うこと。しかし、主要国の財政出動と金融緩和は既に限界に達しており、対策が奏功する保証はありません。

財政出動には欧州が反対。先進国に対するGDP比2%の財政出動義務化を米国に断念させ、妥協の産物としてG20全体で来年末までに約500兆円(世界のGDPの約10%)の財政出動を行うという壮大な「努力目標」の設定にとどめました。

仏独は金融規制強化を主張。サルコジ大統領は金融規制強化を共同声明に盛り込まなければ金融サミットを退席すると公言して米国を牽制。首尾良く目標を達成しました。

中国とロシアはドル基軸通貨体制の転換を主張。世界一の米国債保有国となった中国の主張は米国にとって脅威。長い間世界一の座にあった「沈黙の日本」に替わり、国際通貨体制の「新秩序」というタブーに切り込みました。

インド等の新興国は世界銀行・IMF(国際通貨基金)での発言権拡大と約100兆円の支援という成果を獲得。日本はかなりの負担をさせられるでしょう。

さて、日本は何を主張したのでしょうか。それがハッキリしないところに、良くも悪くも日本の特徴があります。「良くも悪くも」と言いつつ、この局面で「良くも」とは言えないかもしれません。主張すべきは主張するのが国際交渉と外交の基本です。

「新秩序」の形成過程において、日本は何を主張し、何を獲得し、どのような役割を果たすのか。そのことに関して、主義主張を超えた国家としてのコンセンサス(合意)が必要です。

2.財政破綻の足音

金融サミットで日本が主張すべきことはふたつあったと思います。ひとつは金融安定化理事会(FSB)での主導権確保。FSBは銀行・証券・保険・会計制度の国際ルールを所管するため、その内容は今後の日本経済と「新秩序」の内容を左右します。

もうひとつは、世界最悪の財政状況にある主要国として財政規律に言及し、日本に対する過度の財政出動要請抑止に向けた先手を打つことでした。

米国は他国に財政出動を求める一方で、国内では債務残高対GDP(国内総生産)比を財政運営基準に採用して財政規律強化に着手。「新秩序」の下では財政の健全性が問われる局面が来ることを想定しているようです。

日本は自らの主張を明確にし、「新秩序」構築に主体的に参画しなければなりません。国際協調は大切ですが、自らの財政が火の車になっている中で、不用意な約束や気前の良い約束には慎重に対応すべきでしょう。

そんな中、先週10日に麻生太郎首相が事業規模で56兆円の追加経済対策を発表。株式買取枠50兆円を加えると106兆円。過去2回の経済対策70兆円も合算すると、本予算以外で就任以来約半年間に176兆円の大盤振舞いです。

「よくやった」と言うべきか、「尋常ではない」と言うべきか。いずれにしても驚愕の予算規模。56兆円のうち真水は15兆円です。

財源調達のために10兆円以上の赤字国債発行を予定しており、今年度末の国・地方の長期債務残高は約850兆円に膨張。財政破綻の足音が忍び寄っています。

米国の動きから予測できるように、やがて先進各国の財政状況が市場の評価を受ける局面がやってくるでしょう。その時の日本を巡る展開を想定しつつ、足許の対応を工夫しなくてはなりません。

「財政破綻は来ない。現にこれまでも大丈夫だった。財政破綻の懸念を訴える人たちは狼少年だ」という論者もいますが、来なければ来ないでそれはラッキー。「備えあれば憂いなし」という姿勢で臨みたいと思います。

3.中央銀行とは何か

いずれにしても、債務残高対GDP比では先進国中最悪であることは事実。既に財政政策も金融政策も異常事態になっています。

こうした中、今後は財政と中央銀行の関係が一段とクローズアップされるでしょう。日本の中央銀行と言えば日本銀行。つまり、政府と日銀の関係です。

日銀は既に「非伝統的金融政策」を採用。「金融政策の財政政策化」とも言われ、要するに日銀が財政を肩代わりすること、日銀が政府の懐具合を支援することを意味しています。

「政府・日銀」とよく言われるぐらいですから、「日銀が政府の支援をするのは当たり前だろう」という受け止め方もあると思います。しかし、実は難しい問題です。

政府が資金繰りを日銀に頼りすぎると、財政運営が杜撰(ずさん)、野放図(のほうず)になるので、そうならないようにしなければなりません。ちょっと専門的ですが、整理しておきます。

憲法83条には「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない」と明定。財政民主主義の原則です。

これを受け、財政法5条は日銀の国債引受や政府の日銀借入を原則として禁止し、「特別の事由がある場合において、国会の議決を経た範囲内では、この限りではない」としています。

日銀法34条は、財政法5条を受けて「我が国の中央銀行として」国会の議決を経た範囲内で行う国債引受や政府貸付等の異例業務を列挙。一方、日銀法33条は「1条の目的を達成するため」に行う通常業務を列挙。不思議なことに両条文の枕詞が異なります。

日銀法1条は「我が国の中央銀行として」信用秩序の維持を図ることが目的と明記。したがって、日銀法34条が信用秩序の維持に資するか否かがポイントです。

さらに「非伝統的金融政策」によって国会の議決を経ずに既に財政を肩代わりしている事態は憲法83条違反の疑義もあります。

また「中央銀行」という存在は憲法上明記されていないため、今後の財政運営において、中央銀行の定義(中央銀行とは何か)、及び憲法と財政法と日銀法の関係について議論が必要です。

日銀は自らの財務悪化に備えた自己資本増強の方針を表明しました。与謝野馨財務大臣も新たな財政再建目標の必要性に言及し始めました。日本の財政状況の深刻さを象徴しています。憲法83条の意味を噛み締めながら、国会でも十分に議論しなければなりません。

(了)


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