一般企業に公的資金を投入する法案が上程されることになりました。経済状況の深刻さを象徴しています。厳しい決算や人員削減のニュースが続いていますが、こういう時だからこそ「企業とは何か」という根源的問題を熟考する局面だと思います。
1.ステークホルダー
先日、「企業は人なり」「和」を旨とする河村電器産業の90周年イベントにおける社長挨拶のビデオを見る機会がありました。劇的な景気悪化に見舞われている愛知県の企業です。
曰く「私は社長という立場で仕事をしていますが、90年の歴史はわが社で働いてくれた大勢の社員の努力の結果。改めて感謝します」。
「社長という立場で仕事をしている」という表現は心地良く、企業は社長を含む社員全員の役割分担で成り立っているという「和」の気持ちが伝わってきます。
さらに「企業とは何か」に言及し「株主に対しては企業価値の最大化、顧客に対しては価値ある製品の提供、それにもまして、働く人たちが働く価値を見つけ、生き甲斐、達成感、夢を実現できる場」と指摘。
ステークホルダーについての的確な認識に共感しました。株主のみがステークホルダーではありません。
ステークホルダーは利害関係者という意味。株主、取引先、顧客、社員、その家族、近隣住民、全てステークホルダーです。取引先は債権者だけではありません。債務者もステークホルダーです。
企業のテレビコマーシャルや広告を見るだけの人も広い意味ではステークホルダー。温暖化問題を考えれば、全国民、全世界の人々、さらに言えば動植物や環境もステークホルダーです。
だからこそ「和」を重んじることは企業経営の要諦。日本の多くの老舗企業は「和」を重んじ、地域や環境との調和を意識していましたが、グローバルスタンダードの名の下にその良き伝統が失われました。
日本型経営の再検討と再評価を行い、自信をもって世界に議論を挑むべき局面です。価値観を受け入れるだけの時代は終わり、価値観を融合させる時代に入りました。
2.「和」と「礼」のバランス
「和」と言えば聖徳太子の「和を以って貴しとなす」。論語の「礼の用は和を貴しとなす」、礼記の「礼は之れ和を以って貴しとなす」の2つが出典と言われています。
「礼」は現代の礼儀ではなく、法律や規範のこと。「礼」は社会の調和のために作られたものであり、冷たく厳しすぎるものであってはならず、杓子定規な行き過ぎは禁物というのが「和」の意味です。
最近の人員削減の動きは、企業が「礼」に頼りすぎ、「和」を欠いているように思えます。「和を以って貴しとなす」は、「和」を忘れて「礼」のみに頼る法律万能論に対する警鐘です。
もっとも、論語には「和を知りて和すれども、礼を以ってこれを節せざれば、また行うべからず」ともあります。
「和」を優先させすぎると「なれあい」となって「礼」が崩壊するため、「礼」によって「和」を律することが必要とも指摘しています。要するに「礼」と「和」のバランス、「中庸」が大切です。
日本の社会に適した雇用法制、企業と社員の関係、経営者の役割を追求すること。「百年に一度の危機」を脱するための重要なポイントです。
3.天地人
昨年末、厚生労働省は今年3月末の派遣・請負等の非正規雇用者の失業者見込みを8万5千人と発表。
ところが、1月27日、製造業関連の派遣・請負事業者の業界団体(日本生産技能労務協会、日本製造アウトソーシング協会、加盟合計120社)が明らかにした3月末の失業予測は全体の4割。両協会経由で雇用されていた25万人(昨年9月末時点)のうち10万人が失業すると推計しています。
全国の製造業関連の派遣・請負労働者は約100万人。この推計に基づけば40万人が失業することになります。
「百年に一度の危機」は、政治家、官僚、経営者に対して「企業とは何か」という根源的問題への深い洞察を促しています。経済環境悪化に伴う経営戦略としての人員削減が、企業の本質に照らして適切かどうかという問いかけです。
今年のNHK大河ドラマは「天地人」。上杉家の知将直江兼続が主人公。「天地人」は物事の判断基準を「人の和」に置くべきとする孟子の教え「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」に由来しています。
企業経営に喩えると、「天の時」は経済環境、「地の利」は経営戦略、「人の和」は社員の士気。「人の和」なくして「地の利」も「天の時」も無意味であることを諭しています。
上杉謙信のライバルは「人は楯、人は石垣、人は城」という名言を残した武田信玄。信玄も「人」が全てと思い定め、堅固な城は造らなかったそうです。そういう武田家だからこそ、家臣は粉骨砕身、組織のために一身を賭すことも厭いませんでした。
論語には「利を見て義を思う」という一文があります。「自分の利益になる事に臨んだ場合、その利が義にかなっているかどうかを考える」という意味です。人員削減という「地の利」が「義」にかなうかどうかがポイントでしょう。
「人」が調整弁となる経済システムや経営戦略の是非、企業と社員双方の心構えと推奨されるべき行動。打開策は簡単には見い出せませんが、日本型経営の再構築を図る良いチャンスです。
人員削減は経営戦略のひとつではあるものの、「人」を無機質な生産要素同然に扱う企業の将来には危惧を感じます。
(了)