政治経済レポート:OKマガジン(Vol.178)2008.10.26

前号に引続き、金融危機についてお伝えします。10月中は週単位の目まぐるしい展開となりましたが、問題の本質を見極め、誤りなき対応に腐心しなければなりません。少々長いですが、最後まで読んで頂ければ幸いです。


1.ウィークエンド国際会議

9月15日のリーマンショックに端を発した「百年に一度の危機」は10月に入って週単位の展開を見せています。

第1週末の10月3日、米国議会で金融安定化法案が可決されたものの、ニューヨーク株価は続落。金融安定化法が用意した7000億ドル(70兆円、1ドル100円換算)では、数100兆円に上ると予想される損失(サブプライムローンやGSE債、CDS、CDOなどの金融派生商品に関連する損失)に対して規模が小さすぎることが嫌気された結果です。

そのため、第2週の株価は乱高下。市場の動揺を鎮めるため、第2週末には、緊急開催(10日)されたG7(先進7か国財務省・中央銀行総裁会議)での行動計画決定、米国ブッシュ大統領の声明発表、G20会議の開催、EU15か国会議の開催と主要国での公的資金投入決定、日米欧中央銀行のドル資金供給上限撤廃など、金融危機に対処する動きが目まぐるしく展開しました。

こうした動きを受けて、第3週に入ると欧米市場で株価が急騰、底割れが回避されました。もっとも、バブル崩壊、信用収縮、景気後退という悪循環、連鎖危機を解決できたわけではなく、とりあえず金融機関の流動性不足対策が奏功したに過ぎないことは市場が一番良く知っていました。

第3週末にはブッシュ米大統領とEU議長国としてサルコジ仏大統領が会談(18日)。来月の金融サミット開催を発表しました。

しかし、週明け後の第4週は日米欧市場で株価が急落。日本では週末24日に東証株価が前日比811円の暴落、2003年4月28日のバブル後最安値(7607円)に迫る7649円となりました。

そして、第4週末の昨日(25日)、アジア欧州会議(ASEM)が開催され、議長声明を発表。もっとも、金融危機打開に向けた決意表明と対応の方向性を示すにとどまり、具体策は金融サミットに先送りされました。これを受けた第5週(27日以降)の市場の展開は予断を許しません。

G7、米欧、欧亜と続いたウィークエンド国際会議。来月の金融サミットに向けて日米または亜米の組み合わせでの国際会議も必要です。受け身の国際会議出席ばかりではなく、日本が自らの意思で戦略的に開催する国際会議が必要です。「参加することに意義がある」という五輪気分で国際会議に臨んでもらっては困ります。

今回の金融危機は欧米、とくに米国の経済運営、あるいはグローバルスタンダード(国際標準)の失敗と言えます。来月の金融サミットに向けて、日本は「放漫なドル政策」に対する警鐘を米国に対して鳴らすべきでしょう。

同盟国を誇る関係ならば、日本は金融サミット前の日米または亜米の国際会議を提唱し、米国はこれに応じて真摯に日本の警鐘に耳を傾けるべき立場です。麻生首相の対応を見極めたいと思います。

2.グローバルスタンダードと国際協調

18日にブッシュ米大統領と共同記者会見を行ったサルコジ仏大統領は、欧州は「秩序ある市場主義」の再構築を目指すという基本姿勢を表明。早々と先手のカードを切りました。

金融危機対応には国際協調が求められますが、同時に国際政治は虚々実々のカードゲームであることを認識して行動することが必要です。

10日にG7が発表した行動計画の中に「公的資金と民間資金の双方」を危機対応に活用する方針が盛り込まれました。16日の参議院予算委員会で中川大臣に「民間資金が加えられた意図」を質したところ、「特段の意味はない」という趣旨の答弁。これでは先行きが心配です。

一言一句に意味があるのが外交交渉。今後の日米交渉や金融サミットでは、一言一句にこだわった発言と交渉が不可欠です。

今は民間資金の出番ではありません。仮に民間資金が何かの役割を果たすにしても、政府の制御下において行われるべきです。

そんな中、今日(26日)の新聞に三菱UFJフィナンシャル・グループが年度内に最大1兆円の増資計画との報道。この際、三菱UFJの迷走振りにも警鐘を鳴らしておきます。

三菱UFJは9月29日にモルガン・スタンレーに90億ドルの出資を決定。翌30日、米国監督当局はマネーロンダリング違反で三菱UFJに発していた業務改善命令を解除。無関係とも思えません。

しかし、その後の市場の混乱、モルガンの経営悪化から出資が実際に行われるかどうかが注目を集める中、出資実行日(10月14日)直前に出資条件を変更して1日前倒しでモルガンに資金供与。しかも、バンク・ホリデーに小切手振出という異例の対応。危うく三菱UFJ発のクラッシュを免れた格好です。

しかし、今度はその90億ドルの出資とほぼ同額の増資計画。さらなる市場環境悪化への対応という説明ですが、世界の金融システム全体の構造からみれば、米国発の信用不安を三菱UFJ経由で世界に拡散させているのと同じことです。

今回の金融危機は、国家間や国際社会の枠組みの中で解決すべき規模と複雑さです。民間ベースで対応できる問題ではありません。だからこそ、各国の中央銀行が流動性供給に奔走し、政府も公的資金投入を早々と決めているのです。

今後、仮に三菱UFJに公的資金が投入される事態になれば、結局、日本の公的資金(税金)が、三菱UFJ、モルガン、米国発金融危機対策に流れるという構図。本来は、日本政府と米国政府の間で直接的な支援構造を確立するべきです。その方が、責任の所在が明確であり、機動性も高いと言えるでしょう。

そもそも、三菱UFJには過去に2兆円以上の公的資金が投入されていることも忘れてはなりません。三菱UFJの経営判断は国民に対する責任も負っています。

三菱UFJのようなケースが頻発すれば、構造的には、金融危機の元凶となっている金融派生商品によって米国発のリスクを世界に拡散させたのと同じことを繰り返します。

今年4月、バーゼル銀行監督委員会の報告書が「移転された信用リスクを最終的に誰が保有しているのかを特定することは困難であり、そのことが世界の脅威になっている」と明記。今は、政府・監督当局の適切な制御と、民間金融機関の慎重な行動が必要な局面です。

金融危機に対応する国際協調と言えば聞こえは良いですが、本質を見極めて、慎重さと大胆さの双方を期す必要があります。日本は国際協調を行いつつ、国家として自律した行動をとるべき局面です。

「放漫なドル政策」に警鐘を鳴らさない国際協調は、単にグローバルスタンダードという言葉を国際協調に置き換えただけとなります。

3.実業あっての虚業

当面の間、国際協調の名の下で対策を講じることには賛同しますが、同時に、金融危機の本質を見極め、これからの世界経済が目指すべき方向性を模索する作業も並行して行う必要があります。

近代経済学はアダムスミスのレッセフェール(自由主義)からスタートしました。経済は市場メカニズムに任せ、政府は余計な介入をすべきでないというシンプルな原理原則です。

1929年の大恐慌を経て、政府が需要を創出して経済成長を実現するケインズ政策が普及。財政政策に重きを置いた考え方です。

しかし、ケインズ政策で予算は拡大傾向となり、先進各国は財政赤字に直面。そこで台頭したのがマネタリズムです。

「実体経済イコール貨幣経済」という恒等関係に着目。貨幣経済が拡大すれば実体経済も拡大するという発想で貨幣供給量を増やしました。インフレが発生し、経済に対する「滋養強壮剤」のような役割を果たしたと言えます。

しかし、マネタリズムは過剰流動性(マネー)を蓄積。その結果、世界経済は財政赤字と過剰流動性との共生を余儀なくされ、今日に至っています。

共生できている間はいいですが、財政赤字と過剰流動性の弊害には備えが必要です。財政赤字を縮小し、実体経済を育成し、過剰流動性をバブルにつなげないということです。

通貨というマネー以外に、20世紀には株、債券、為替という第2のマネーが誕生し、それでも飽き足らなくなった市場が21世紀型の金融派生商品という第3のマネーを生み出しました。そして、次々と生み出されるマネーは、貿易赤字と財政赤字という「双子の赤字」に悩む基軸通貨国、米国の「放漫なドル政策」に起因しています。

「銀行もろとも国が渦巻きにのみ込まれ、金融立国はおとぎ話だった」。最も深刻な危機に直面したアイスランドのハーデ首相の発言です。

製造業や農林水産業など、金融業以外の多くは実体経済=実業です。金融業も重要ですが、あくまで虚業。

実業あっての虚業であることを肝に銘じる良い機会です。金融危機対応で金融機関だけを救済しても日本経済は立ち直りません。実体経済と企業の資金繰り対策が肝要です。

(了)


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