政治経済レポート:OKマガジン(Vol.170)2008.6.24

国会が閉会しました。とは言え、年金、医療、介護、景気、財政など、さまざまな分野で難問山積。引き続き、諸課題の解決に向けて職務に精励します。日本の改革が遅々としている間に、国際情勢は政治も経済も大きく転換しています。時代の流れを的確にとらえ、適切かつ巧みに対処することが必要です。


1.成長のエンジン

1990年代半ば以降、世界経済は、金融緩和、コストダウン、イノベーションの3つを主因に拡大してきました。言わば、成長のエンジンです。

金融緩和は日米中、コストダウンは中印が牽引。イノベーションはマイクロソフトやグーグルなどのIT関連企業が中心となり、世界経済のボーダレス化を加速させました。

しかし最近、この3つに構造変化が起き始めています。金融緩和はインフレ懸念の台頭によってターンオーバー局面。もちろん、契機は原油価格高騰です。

中国、東南アジア諸国は既に利上げを実施。欧州中銀(ECB)もインフレ対策を視野に入れ始め、トリシェ総裁は7月利上げを示唆。米国連邦準備制度理事会(FRB)バーナンキ議長も利下げ休止の姿勢を示しています。

ディマンドプル(需要超過による)インフレであれば、利上げは景気過熱の微調整に寄与します。しかし今回はコストプッシュ(コスト上昇による)インフレのため、物価上昇、利上げ、株価下落、景気後退という悪循環に陥り、スタグフレーションになる確率が高まっています。

コストダウンを支えてきた新興国(中国、インド、東欧など)の人件費高騰も懸念材料。先進国企業は新興国の工場の省人化を進めるとともに、生産拠点をアフリカ等にシフトする動きを示しています。

今後は新興国の勤労者所得の伸びが鈍化し、消費低迷を通じて経済成長が減速する可能性があります。

また、先進国は、新興国を生産拠点よりも消費市場として重視する傾向を強めています。その結果、新興国における先進国企業のシェアが拡大し、新興国の国内企業の成長鈍化、勤労者所得のさらなる低迷という悪循環に陥るリスクもあります。

イノベーションは、設備投資増加とそのメリットを普遍的に享受する段階から、それを活用できる先とできない先に二極化するフェイズに移行。企業、産業、国家の格差が拡大しています。

総じてみれば、世界経済は、インフレ、成長減速、二極化という新たな3つの要因が大きな影響を及ぼす局面に入りつつあります。世界経済が直面する構造変化に関する的確な予測と対応の巧拙が、国民、企業、産業、国家の盛衰を左右します。

2.愚の骨頂

こうした構造変化が起きている中で、日本はどう対処すべきでしょうか。

この局面を乗り切る鍵は、資源、食料、医療の3つ。言わば、成長の新しいエンジンです。この3つに関して、日本の各界リーダーがいかに的確な認識と果敢な行動力を持つかに日本経済の命運がかかっています。

日本が資源小国であることは自他ともに認める事実。オイルサンド開発などを提唱する向きもありますが、それだけではインフレやエネルギー不足によって中長期的な価格高騰が予想される資源問題を乗り切れません。

当面のポイントは、メルマガの前々回号(Vol.168)で最近の動向をお伝えした排出権取引での主導権獲得です(メルマガのバックナンバーはホームページにアップしてあります)。

排出権は「新しい資源」という柔軟な想像力が必要です。鉱物資源、化石資源がない日本は、技術によって排出権という「新しい資源」を生み出し、これを輸出するという構想力が求められます。排出権は金融商品でもあり、排出権のサプライヤーとプライスリーダーの地位獲得に注力しなくてはなりません。

今後、各国の温暖化対策が進めば進むほど、排出権の供給量は減少します。一方、通貨(ポンド、ドル)や証券(株、債券)は、経済発展に伴って供給量が増加し、20世紀を通じて傾向的に価格(価値)を低下させてきました。21世紀型の金融商品である排出権と20世紀型の金融商品の対照的な点です。

食料も今や単なる食料ではなく「新しい資源」であるという想像力が必要です。

食料価格も中長期的に上昇が予想されますが、よく考えれば、食料生産は資源獲得よりも日本にとって容易なことです。こういう環境になって、まだ減反を続ける日本の農業政策は「愚の骨頂」と言えます。

農地を維持確保して、生産を拡大し、食料危機に備えるととともに、農業を輸出産業に育てることで「新しい資源」を獲得することになります。

また、米の増産と米食推進は他の分野にも関係します。米の消費量減少と疾病率上昇(とくにメタボリック症候群などの成人病)、犯罪率上昇などの日本社会の変化は、統計的に明確な相関関係があります。

日本人の食生活をかつての姿に近づけることが、医療財政や社会政策の面でも有意であることを有効活用しない政策当局は、もはや職責を担うに足る想像力、発想力、当事者能力が欠如していると言えます。

医療産業の発展も21世紀の日本の経済立国にとって欠かせない要素。それを阻害している関係者の罪は重大です。医薬品医療機器総合機構をはじめとする構造問題を解決しなくてはなりません。

3.無から有を生む

資源も食料も医療も、言わば「無から有を生む」国家戦略。資源小国だと言って嘆いていても仕方ありません。

20世紀型の資源がなければ、21世紀型の「新しい資源」を生み出すべきです。

森林を削って宅地開発をし、人口減少社会の中で宅地の供給過剰状態をさらにひどくする20世紀型の政策フレームはもはやピントはずれ。「愚の骨頂」です。

森林は温暖化ガス吸収に役立ち、排出権という「新しい資源」を生み出します。それが分かっているなら、人口減少社会の下では新たな宅地開発は止め、むしろ森林を復元しながら、市街地は中心部に集中していくのが合理的対応です。

「新たな資源」を獲得できるうえに、宅地の資産価値が上がり、それに伴って国民の購買力や国家の経済力も増幅します。

繰り返しになりますが、食料はもはや単なる食料ではなく「新しい資源」という認識が必要です。減反政策を転換して農地を維持確保し、生産拡大によって食料危機に備えるととともに、農業を輸出産業に育てることで「新しい資源」を獲得するのが合理的対応です。

医療も同じです。医療産業は日本の新しい基幹産業であり、日本経済の国際競争力を高める「新しい資源」という発想で医療政策に取り組むことが必要です。

精密な医療機器は高度な技術力なしでは生産できません。新しい医薬品は高度なバイオ技術なしでは生産できません。日本の医療産業の発展を阻害している中央社会保険医療協議会(中医協)や医薬品医療機器総合機構、ひいては医療政策と厚生労働省のあり方を抜本的に見直し、世界に通用する医療産業という「新しい資源」を生み出すのが合理的な対応です。

合理的な政策運営を実現し、「無から有を生む」日本を目指す。それが、資源小国日本の進むべき道です。そして、人材育成も「無から有を生む」政策。人材なくしては「無から有を生む」戦略自身が実現できません。

(了)


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