先週、後期高齢者医療制度廃止法案が参議院で可決されました。僕も提案者として答弁させて頂きましたが、衆議院でも是非審議をしてほしいと思います。閣僚と野党議員がそれぞれ答弁に立つ国会は、今までになく生産的な議論が行えるというのが率直な実感。その実情が的確に報道されていないのが残念です。
1.最も罪の重い嘘
「嘘には3つある。軽い嘘はただの嘘。重い嘘は真っ赤な嘘。最も罪の重い嘘は政府の嘘」。英国の名宰相ベンジャミン・デズレリーの名言です。ここ数年、景気、年金、介護など、政府見通しの信頼性が著しく低下。医療も同様です。医療費は給付費(保険+税金)と自己負担の合計。厚労省は専門家が信頼性を否定する「長瀬式」という怪しげな計算方法等を駆使して医療費を試算しています。1997年版厚生白書は2025年度給付費を108兆円と予想。95年度実績(24兆円)の5倍です。この予想に基づいてサラリーマン負担増などの施策が講じられました。2000年には森首相の諮問機関が2025年度給付費を71兆円と予想。わずか3年で37兆円下振れ。この間2000年度実績は24兆円。1995年度実績と同水準にとどまっています。しかし、小泉首相はこの予想に基づき給付費削減を企図して診療報酬マイナス改定、高齢者とサラリーマンの負担増を矢継ぎ早に実施。2002年になると厚労省が試算を見直し、2025年度給付費は60兆円に減少。さらに、後期高齢者医療制度を強行採決した2006年試算では48兆円に減少。同年実績28兆円から毎年1兆円強、19年で20兆円増加してようやくその水準に達します。因みに1990年度実績比では16年間で10兆円増加。19年で20兆円の増加ペースは過大見通しです。医療費も同様。1997年版厚生白書では2025年度141兆円と予想。しかし、2002年推計では70兆円、2004年推計では59兆円と減少。2005年「医療制度改革大綱」では56兆円と下振れ続きです。因みに、厚労省以上に医療費抑制を主張する内閣府の2005年試算(経済財政白書)による2025年度医療費は40兆円。厚労省の過大見通しが窺い知れます。こうした下振れは、介護保険制度導入や累次の健保法改正等の影響だけでは説明がつきません。要するに、恣意的な過大見通しを国民に示して医療費削減を図っているのが日本の医療政策の歴史と言えます。正しい見通しに基づいた制度改革を行うために、厚労省の試算の実態を明らかにする必要があります。
2.保険ではない保険
とは言え、今後の財政運営を考えると、医療費も青天井とはいかないことも明らか。どのように制御するかを考えなくてはなりません。財政面から医療費を軽減する手段は、患者を減らす、治療をしない、医療価格=コストを引き下げるという3つ。一方、厚労省の施策は国民負担増と診療報酬改定の2つが「車の両輪」。国民負担増は平成15年からのサラリーマンの自己負担増(2割から3割へ)など、現役層に対しても累次に亘り行われてきましたが、今回は高齢者がターゲット。しかし、75歳以上の高齢者だけをくくりだす仕組みは保険制度の体をなしていません。保険はリスクを分散して支えあう仕組みですから、リスクの低い人から高い人まで混在していることが大前提。75歳以上の高齢者は病気になるリスクの高い人たちばかりであり、後期高齢者医療制度は保険とは言えません。もっとも、財政面からの手段としては、負担増によって病院に行けない、行かないケースが増えることから、明らかに患者削減、治療回避という方向を選択しています。一方、「車の両輪」である診療報酬改定は何のために行っているのでしょうか。実はこれが不明確。本来であれば医療コスト削減に寄与する改定を行うべきですが、薬や機器・材料など、相変わらず欧米より割高な製品が少なくありません。因みに、診療報酬改定を行っているのは中央社会保険医療協議会(中医協)。コスト削減のためには、日本の医療産業を発展させ、スケールメリット等によるコストダウンを図る必要があります。しかし、薬や機器・材料の認可を行う医薬品医療機器総合機構の対応の遅さは周知の事実。開発コストが嵩み、新製品の市場投入のタイミングを逸した多くの国内企業が医療産業から撤退しています。中医協と総合機構(つまり厚労省)は、まるで日本の医療産業の発展を望んでいないかのような対応振りです。医師会が主張するように、日本の医療費(対GDP比)が他の先進国に比べて低いのも事実。他の分野での使いすぎが財政問題の本質です。本質的な問題の解決を回避し、国民負担増と質の低下のみを選択している日本の医療制度は崩壊必至。国民が治療を受けられない状況に誘導する医療制度は、正常な方向感覚を失っていると言えます。
3.医療の次は介護
国民皆年金、皆保険(医療)が始まったのは昭和36年。半世紀以上前のことです。一方、介護保険制度がスタートしたのは平成12年。人口構成や社会環境が昭和30年代と現在で同じであれば、何の問題もなく、介護保険制度も必要なかったかもしれません。しかし、少子高齢化と核家族化の進展によって、介護保険制度が必要になりました。少子高齢化は高齢者を支える財源問題につながりました。つまり、高齢者に対する現役層の人数の割合が少なくなり、医療財政や年金財政のあり方を再検討する必要に迫られました。核家族化は社会的入院の増加につながりました。かつての3世代同居の大家族制の下では、高齢者の晩年は家族が面倒をみて、家で最期を看取ることが多かったでしょう。しかし、核家族化によって晩年は入院することが普通になり、しかも治療目的ではなく、事実上の介護が中心の社会的入院が増加。社会的入院は医療費(公的給付+自己負担)増加の一因とされ、その結果、医療と介護を切り離す方針が決まり、平成12年に介護保険制度が新設されたのです。しかし、それでも医療費の増加ペースが落ちないため、今度は高齢者の医療そのものを医療保険制度全体から切り離すことになり、後期高齢者医療制度が4月からスタート。介護も社会保障費全体の抑制の観点から、給付費抑制、施設数削減、自宅介護への誘導などが行われています。年金も同様の観点から、累次の給付切り下げ、保険料アップが行われています。さて、こうした状況ですから、実は介護の実情を改善するためには、介護保険制度だけの見直しでは十分ではありません。社会保障制度は年金、医療、介護、雇用が4本柱。これらが一体となった見直しや制度設計が必要です。年金は老後の収入を左右し、医療や介護の費用を高齢者自身がどれだけ負担できるかに影響を与えます。雇用は高齢者が働いて所得を得る機会を得られるかどうかという問題です。自宅介護に誘導する現在の方向性から言えば、社会保障制度にとどまらず、住宅政策や家族のあり方に影響を与えるより大きな社会政策も関係しています。来年度には介護報酬改定が行われます。改定作業は今年の秋に本格化。また、平成18年度に施行された現在の介護保険法の見直しは、現行法の規定では「施行後3年を目途」として検討されることになっていますので、今年から来年にかけて検討され、遅くとも平成22年度、早ければ来年度に行われます。医療の次は介護です。後期高齢者医療制度の喧噪をよそに、既に水面下では検討が始まっています。今回は制度の細部のみならず、年金、医療、雇用と連動した、社会保障制度全体の観点からの検討が必要だと思います。
(了)