参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです
安倍首相が中国と韓国を訪問しました。日本は極東アジアから「引っ越し」できません。周辺国とうまくつき合っていくことは日本にとって不可避の課題です。7月に僕自身も小沢代表に随行して訪中し、胡錦涛主席との会談に同席させて頂きました。直接会って話をすることの重要性を実感した次第です。安倍首相には、論理的な思考と正確な情報に裏付けられた明確な信念を持ち、適切な対応をとることを期待したいと思います。ここまでワープロに打ち込んだところで「北朝鮮核実験実施」のニュースが飛び込んできました。極東アジアは世界的にホットな地域になってしまいました。極東アジアが大国の政治ゲームのフィールドにされないよう、当事者同士がクールダウンの努力をしなくてはなりません。
1.タイのクーデター
ところで、日本と中国の関係を考えるうえで参考になる事件が相次いでいます。
ひとつは9月19日にタイで発生したクーデター。タクシン政権の腐敗糾弾を企図した軍の蜂起ですが、ASEANの優等生、タイでの15年振りのクーデターには驚かされました。
タイの今後の動向は日本企業の対中国戦略にも影響します。日本企業の中国への進出が続く中、中国での潜在的な対日感情悪化や、貧富の格差や官僚の汚職に端を発した中国社会の不安定化が深刻になっています。対日感情悪化は昨春の対日暴動となって表面化しましたが、民衆の矛先が中国政府自身に向う危険性も孕んでいます。だからこそ、最近では中国政府が民衆の対日抗議行動を抑圧していますが、言わば、自己防衛のためです。
こうした中、中国だけに依存した海外進出リスクを憂慮し、ここ数年、日本企業は中国以外の労働コストの低い国々にも進出。そのタイプは3つに分類できます。
ひとつは中国プラスワン型。中国だけでは心配なので、中国の補完国に進出するケース。CLMV4か国と言われるカンボジア(C)、ラオス(L)、ミャンマー(M)、ベトナム(V)が典型例です。中国よりも労働コストが低いという点では魅力的ですが、中国の影響が強く、中国の政情が不安定化すれば、同様に影響を受けるリスクがあります。
もうひとつは、中国エスケープ型。中国のリスクを嫌気して、政治的安定性や経済的将来性の高いインドに進出するケースなどです。インドは中国の代替国と言えます。
もうひとつは現地選好型。中国との比較だけでなく、そもそも当該国の潜在的可能性やリソース(人材、市場)に着目して進出します。優秀な理系人材の多いインドは中国エスケープ型であると同時に、現地選好型の進出先でもあります。
さて、今回のクーデターの舞台となったタイ。インドと同様に中国エスケープ型と現地選好型の進出先として、近年、日本企業にとって重要度を増していました。
ASEANの原加盟国でもあるタイは、古くから日本企業の有力進出先。しかもタクシン政権の誕生後は、タクシノミクスと言われる経済政策によって急速な成長を遂げるとともに、中国やインドともFTAを締結。ASEANの中で特別な地位を占めつつありました。
労働コストは中国ほどではないものの、日本に比べれば十分に低く、タクシノミクスによって国内市場も拡大。しかもFTAによって中国やインドに間接的に進出する橋頭堡としての魅力を高めていました。そのタイでのクーデター。タイに進出済み、あるいは今後進出を検討していた日本企業には、タイの今後が気になります。
先日、タイの政府関係者と面談した知人が「今回のクーデターはプミポン国王が直接軍に指示したもの」と聞かされたそうです。タイ国民の大半もクーデターを支持しています。早期の政局安定と民政移行が期待できそうですが、タイのクーデターは中国戦略との関連も踏まえて、複合的な視点から影響を見極める必要があります。
2.上海疑獄
用人腐敗。政治家や官僚の汚職、政官財の癒着を示す中国語です。日本の比ではないとの指摘も多く聞かれますが、その一端を垣間見せる事件が起きました。
9月24日、陳良宇・上海市共産党書記が解任されました。中国は、どこの地域も行政区長(この場合は上海市長)と共産党書記のツートップ体制で運営されています。立場上は後者の方が優位であり、陳氏は上海市の事実上のトップ。その陳氏が突然解任されたのです。
解任の理由は上海疑獄に関与した疑い。市が管理する社会保障基金40億元(約560億円)を流用。資金の大半は不動産会社や建設会社に渡ったと報道されています。
北京周辺や沿海部での最近の好景気は異常とも言える超金融緩和政策の結果です。上海市はその影響が典型的に表れている地域であり、不動産バブルが発生していたことは周知の事実です。土地、建物、あるいは家賃は、過去5年間で平均して5~6倍。物件によっては10倍という事例もあるそうです。
陳氏が解任された2日後、今度は「上海の不動産王」「上海一の富豪」と言われた周王毅氏が身柄を拘束されました。3年前に株価操作疑惑で逮捕され、今年5月に釈放されたばかり。今後、陳氏と周氏の癒着関係にメスが入り、多くの関係者が処分されるでしょう。
上海経済は14年連続で二桁成長。しかし、今回の事件で流れが変わる可能性があります。もともと中央政府の指示を無視して拡大していた上海市の開発計画。その背後で開発資金を捻出するために行われていた不正。その双方にメスが入るとなれば、上海経済にブレーキがかかると見る方が賢明でしょう。
3.第三王朝
日本の常識は世界の常識ではありません。国によって国情も社会構造も違います。当然のこととは言え、それをリアルに想像するのは難しいことです。
中国は現在、第三王朝を確立する過程にあります。第三王朝というのは、あくまで喩えの表現です。
1949年の建国以来、中国の歴代トップは、毛沢東、華国鋒、胡耀邦、趙紫陽、江沢民、胡錦涛の6人。毛沢東時代は1949年から1976年の27年間に及びましたが、その後の30年間は5人のトップが誕生しました。
しかし、1978年から1997年の20年間の事実上のトップは鄧小平。つまり、毛沢東時代が第一王朝とすれば、鄧小平時代が第二王朝。鄧小平は主席の座につかず、中央軍事委員会の最高位の立場で事実上のトップとして君臨。そして、第三王朝を差配する事実上のトップがまだ定まっていないのが中国の現状です。
2002年、主席の座は江沢民から現在の胡錦涛に交替。政変なくトップの座が禅譲されたのは中国の歴史上初めてという指摘もあります。江沢民はかつての鄧小平と同様、中央軍事委員会最高位のポストだけは継続。鄧小平型の体制を作ろうとしたようですが、2004年にはそのポストも失い、現在の胡錦涛主席が全権を掌握したかに見えました。
しかし、中国の国土は広大です。地方の政治、行政、経済には中央政府の統制が及びません。その典型が上海市。そして、その上海市出身であるのが江沢民。つまり、上海市の幹部は江沢民グループ(上海閥)と言われています。
来年秋に開催される第17回党大会で胡錦涛主席の後継を見据えた人事が行われます。それまでの間に上海閥を一掃する意図が今回の上海疑獄の背後にあると言われています。また、再来年の北京五輪、2010年の上海万博を控え、経済の過熱と暴走に歯止めをかける狙いもあるようです。
隣国である中国には敬意を払いつつも、中国との外交、中国への進出に際しては、政府も企業も、十分な情報収集と的確な情勢分析に基づいた対応が必要です。
安倍さんに再度お願いしておきます。首相就任前の言動と、最初の外遊先として歴代総理の中で初めて中国を選んだことや胡錦涛主席との会談内容にはかなりのギャップがあります。論理的な思考と正確な情報に裏付けられた明確な信念を持ち、適切な対応をとることを期待しています。
(了)