政治経済レポート:OKマガジン(Vol.108)2005.11.12

参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです


来年の通常国会で審議される医療制度改革の検討が進んでいます。今回は、医療制度改革の基本的考え方を整理してみたいと思います。

1.医療費軽減「3つの選択肢」

医療制度改革が必要なのは、医療費が増大し続け、財政的に支えきれなくなっているからです。では、解決策にはどのような選択肢があるでしょうか。意外に簡単です。

第1に患者(病人)を出さないこと、第2に治療をしないこと(あるいは少なくすること)、第3に個々の医療行為のコストを下げること。基本的にはこの3つしかありません。

少子化を解消する、つまり負担の担い手を増やすという手段もありますが、これは医療制度と直接は関係ありませんので、今回の整理には含めません。

さて、現在議論されている医療制度改革は3つの選択肢のうち、どれを主眼としたものでしょうか。政府はまずその点を国民の皆さんに説明する責任があります。

検討されている内容は多岐にわたりますが、重要な骨格は高齢者負担増と診療報酬改定。このうち、高齢者負担増は第2の「治療しないこと」の範疇に分類されます。自己負担が大きくなれば病院に行きにくくなり、結果として「従来ほど治療を受けない」つまり「治療をしないこと」を目指す施策です。

高齢者にも応分の負担をして頂くという表現はもっともらしく聞こえますが、「治療をしないこと」という視点から考えてみると、国の医療政策として適切か否か、少々疑問が生じます。

2.税金と社会保険料の違い

「高齢者は必ずしも弱者ではない」。自民党・中川政調会長の発言です。たしかに、所得の多い高齢者もいらっしゃいます。所得の多い高齢者に応分の負担をして頂く論理としてこのような表現を使っています。

しかし、所得に応じて負担が変わるということになれば、構造的には累進税制と同じような仕組みになります。いったい、税金と社会保険料の違いは何でしょうか。

税金は政府に対して白紙委任でお金を預けるのに対し、社会保険料は預ける目的が限定されているという説明を聞くことがあります。しかし、税金にも目的税があります。目的税と社会保険料の違いは曖昧です。

また、医療、介護、年金などの社会保障制度にも税金が投入されています。この視点からも、税金と社会保険料の違いは曖昧です。

税金だけで国を運営する世界を想像すると何が見えてくるでしょうか。集まった税金の範囲内で医療や他の政策を運営する場合、医療財政が苦しくなれば、やはり自己負担を引き上げるのがひとつの選択肢。しかし、もうひとつは、医療政策の優先順位が高いとすれば、他の政策財源を削減して医療政策に充当することも選択肢です。

今回の医療制度改革では、医療政策の優先度、他の政策との財源割りをどのように考えているのでしょうか。政府はその点も説明する義務があります。

3.診療報酬改定の目的

さて、高齢者負担増と並ぶもうひとつの柱、診療報酬改定は、患者(病人)を出さない、治療をしない(あるいは少なくする)、個々の医療行為のコストを下げるという3つの選択肢のうち、どれに該当するでしょうか。

実は意外なことに、3つのうちのどれにも明確に当てはまりません。厚生労働省は個々の医療行為のコストを下げることに該当すると主張するでしょうが、そのことは誰も検証できません。4年前(前々回改定時)に初のマイナス改定が行われましたが、結果的にそのような効果は見られませんでした。

目的と効果が不透明、不明確な改定を繰り返し、そのことで医療政策を見直しているような気分になっていた過去20年間の歴史を反省することが必要でしょう。

そもそも診療報酬改定時の作業内容は明確でなく、医療費の積み上げ計算も実際には行われていません。このことは、前々回の改定時以来、僕自身が指摘している点です。ご関心のある方は、ホームページの資料コーナーにそのことを書いた寄稿(雑誌「医薬経済」)がアップされていますので、ご一読ください。

いずれにしても、診療報酬改定自体は3つの選択肢のどれにも該当しないことを明らかにし、その目的と効果を国会で議論する必要があります。様々な利害関係の結果として、ネゴと拝み倒しで特定の項目(薬、材料、処置)の微調整が行われているのが診療報酬改定であり、これで医療制度改革をやった気になってもらっては困ります。

4.本当の医療政策

患者(病人)を出さないためには日頃からの健康対策がポイント。生活習慣病にかからないような食生活や適度な運動を推奨するなど、本質的な対策が必要です。

患者の自己負担を増やすことで病院通いを抑制し、治療をしない(あるいは少なくする)方向に導くことは適切な対応ではありません。病気にかかった人には治療を施す、それが医療の本来の姿です。

高齢者が寄り合い所のように病院に通うという事態が発生しているとすれば、それは高齢者の生き甲斐や生活環境に関連する政策分野の問題です。

個々の医療行為のコストを下げることも、健全な医師が病院経営できなくなるような診療報酬切り下げで実現することは本末転倒です。

欧米諸国で使われている新薬がなかなか認可されず、効き目の少ない薬が高い診療報酬設定で多用されていること。あるいは、新技術(手術技術等)に関する医師のトレーニングセンターがなく、医療ミス、手術ミスが発生して結果的に医療費増嵩につながっていること。

こうした様々な問題が解決されないまま、高齢者負担増と診療報酬改定だけで対応しようとしている日本の医療制度改革は見直しが必要です。

「医療制度」の見直しではなく、「医療制度改革」の見直しです。来年の通常国会までに論点と懸案を明確にしていきます。

(了)


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