GW(ゴールデン・ウィーク)に入りました。昨日から東京に来ていますが、駅も街中も一段と外国人が増えた印象です。GW中もトランプ関税騒動に関する日米交渉が行われていますが、日本のGW中も休日ではない諸外国では技術革新や新製品開発が着々と進んでいます。海外動向をフォロー、キャッチアップしつつ、日本再興の道を探究していきます。
1.優勢5分野
このメルマガで中国の国家計画「中国製造2025(Made in China 2025)」を初めて紹介したのは2015年ですが、その頃は中国が世界の経済覇権、産業覇権を掌握することに懐疑的な人(とくに日本の全盛期を経験した経済界の人)が多かった気がします。しかし、今や現実は周知のとおりです。
「中国製造2025」は中国が製造業の高度化と技術革新を目指して2015年に発表した国家戦略で、10の重点分野が設定されました。中国自身が掲げた重点10分野は、①海洋エンジニアリング・ハイテク船舶、②航空・宇宙設備、③半導体等次世代情報通信技術、④省エネ・新エネ自動車、⑤電力設備、⑥先端的鉄道設備、⑦新素材、⑧バイオ医療・高性能医療機械、⑨工作機械・ロボット、⑩農業用機械、です。
この10分野に関連して、米国政府(とくに国家安全保障会議や商務省)、シンクタンク等の関連機関が「中国が既に世界的リーダーになった」と認めているのは、以下の4つの産業分野です。
第1は鉄道設備・高速鉄道。中国は今や世界最大の高速鉄道網を擁し、国際鉄道連合(ICU)が2023年末にまとめた調査によると、主要都市間を結ぶ高速鉄道の総延長は2023年末時点で4万kmを超えています。これは世界中の高速鉄道の営業路線約6万kmの7割に及び、日本の新幹線の15倍です。
中国中車(CRRC)等の企業は、車両製造や関連技術で世界市場をリードして圧倒的シェアを誇り、今や中国がこの分野の世界的リーダーであると認識されています。
第2は船舶・海洋工学。中国は商業用船舶の建造量で世界の約7割を占め、2位の韓国は中国の5分の1程度。米国は統計上「その他」に含まれ、グラフには表記すらされません。2024年には中国国家造船集団(CSSC)が単独で米国全体の造船量を上回るトン数を生産しました。
造船業は軍艦建造など軍事力に直結することから、この分野での中国の優位性は、米国の安全保障上の懸念事項ともなっています。米国は焦燥感を募らせています。
第3は電力装置(特に送配電設備や再生可能エネルギー関連)。太陽光パネル、風力タービン、電力インフラなどの再生可能エネルギー関連機器において、中国企業は世界市場で圧倒的シェアを占めています。例えば、太陽光パネル製造では、中国企業(隆基緑能、金風科技など)は世界市場のトップを占め、世界の供給の約80%を担っています。中国の太陽光発電量もこの10年間で約18倍の338GWに膨らみ、世界の6割を占めます。
第4は通信設備(5Gを含む)。Huawei、ZTEなどが中心となり、5G技術で先行。グローバル展開の規模、特許出願数、インフラ整備で中国はリーダー的地位にあると評価されています。これらは「中国製造2025」の成功事例として米国でも認識され、中国が技術的優位性を持ち始めていることから、経済安全保障上の懸念にもなっています。
以上の4つが米国政府の報告書に基づく4分野ですが、電気自動車(EV)とバッテリー技術も既に中国は世界一と認識すべきでしょう。個人的には5分野で世界トップになっていると思います。米国報告書に登場しないのは、イーロン・マスクのテスラに気を使っているのでしょうか。
中国は電気自動車の生産・販売で世界をリードしており、BYDやCATLなどの企業がグローバル市場で大きなシェアを持っています。特にリチウムイオンバッテリーの製造では、中国企業が世界市場の大部分を占めており、米国の報告でも「中国がこの分野で世界的リーダーである」と明記されています。
2.側方宙返り
他の5分野もトップではないにしろ、欧米や台湾・韓国に肉薄する水準に達しています。いずれの分野でも中国の台頭は、米国にとって経済的・安全保障的な脅威となっており、対中政策の重要な検討事項です。
4月19日にヒューマノイド(人型ロボット)が参加するハーフマラソン大会が北京で開催され、複数企業のジョイントプロジェクトである「Tiangong Ultra(天工)」が約2時間40分で完走しました。
ロボット、とりわけヒューマノイドは中国のみならず、米国や欧州の関係企業が開発・商用化に注力しており、今後1~2年でさらに劇的な進化と変化が起きることが予想されます。
ボストン・ダイナミクスのAtlasやテスラのOptimusについてはこのメルマガでも紹介してきましたが、ここにきて俄然注目を浴び始めたのが中国のロボット企業群です。以下では、その中でも有力な3社について記します。中国には既に世界的な競争力を備えたロボット企業(スタートアップが過半)が30社以上もあるそうです。
最初は「宇樹科技(Unitree Robotics)」です。2016年に王興興氏によって設立され、浙江省杭州市に本社を構えています。王氏は大学院修了後にドローンメーカーのDJIに勤務し、そこから独立して宇樹科技を設立。そもそも王氏は修士課程在学中に電動四足ロボット「XDog」を開発し、これが投資家の関心を集めていた関係者注目のエンジニアでした。
その流れを受けて、個人向けの四足歩行ロボットの開発・商用化から始まり、近年ではヒューマノイド分野にも進出しています。
2021年には、四足歩行ロボット「Go1」を発表し、砂地や不整地でも安定して歩行できる性能が注目を集めました。
2024年には、同社初の全身型ヒューマノイド「H1」を発表。身長約1.8mで、後方宙返り(バク宙)などの高度な動作を実現しました。明らかにバク宙で話題になったボストン・ダイナミクスのAtlasを意識したデモンストレーションです。
さらに2025年には、小型化と低価格化を図った「Unitree G1」をリリースし、ヒューマノイドの普及を目指しています。
「Unitree G1」は、身長約127cm、重量約35kgのコンパクトな設計で、23個の関節を持ち、オプションで最大43軸まで拡張可能です。
頭部には、Livox製の3D LiDAR「MID360」とIntelの深度カメラ「RealSense D435」を搭載し、周囲の空間情報を高精度に取得・分析・認識できます。
また、独自のAIプラットフォーム「UnifoLM(Unitree Robot Unified Large Model)」を活用し、模倣学習や強化学習によって動作の幅を広げています。
「G1」は、秒速2mでの歩行や、側方宙返り、スキップ、障害物の跳躍など、人間に近い自然な動作を実現しています。側宙はバク宙より難しく、ボストン・ダイナミクスのAtlasを凌駕したことをアピールしています。
また、3本指のロボットハンドを装備し、手指による繊細な物体操作も可能です。
価格は約250万円からと、他社のヒューマノイドと比べて手頃であり、研究開発や教育用途での導入が進んでいます。
政府の支援や独自に構築した強固な電子部品等のサプライチェーンを背景に、宇樹科技は技術革新を加速させています。同社のロボットは、研究機関、公共サービス、製造業など、さまざまな分野で導入・活用が進んでおり、その進展ぶりを情報収集していないと日本はアッという間に置いていかれるでしょう。
2社目は「優必選科技(UBTECH Robotics)」です。2012年に周剣氏によって設立され、深セン市に本社を構えています。同社は、教育用ロボット、産業用ヒューマノイドを中心に製品群を展開し、特許数でも世界的に優位なポジションを維持しています。
UBTECHは、2013年に初の小型ヒューマノイド「Alpha 1S」を発表し、教育市場での地位を確立しました。その後、AI技術の進展とともに、より高度なヒューマノイド開発に注力し、2023年には香港証券取引所に上場して約13億香港ドルを調達しました。
UBTECHの主力製品である「Walker S」シリーズは、産業用途を想定したヒューマノイドです。最新モデル「Walker S1」は、身長約1.72メートルで、15kgまでの荷物を運搬可能なデュアルアームを備えています。
「S1」は既に複数ユーザーの製造現場で実際に稼働しており、AGV(自動搬送車)との協調作業や荷物の積み下ろしなどの業務をこなしています。
また、UBTECHは複数の自動車メーカーとも提携し、「Walker S」シリーズの導入を進めています。BYD、Dongfeng Motors、Nioなど中国系自動車メーカーのみならず、BMWなど欧州系自動車メーカーにも導入済で、品質検査や組立作業に活用しています。
2025年3月、UBTECHは研究・教育向けのヒューマノイド「Tiangong Walker」を発表しました。このロボットは、身長170cm、10kmでの走行や階段、砂地、雪上での移動が可能です。価格は約4万ドルと、研究用途としては比較的手頃であり、大学や研究機関への導入が進みつつあります。
UBTECHはAIとロボティクスの融合を進めており、その中で「UnifoLM(Unitree Robot Unified Large Model)」と呼ばれる独自のAIプラットフォームを活用しています。これによって模倣学習や強化学習を行い、ロボットの動作精度や適応能力を向上させています。
さらに、UBTECHは世界最多のヒューマノイド関連の有効特許を保有しており、2023年末時点の発明特許件数は763件です。これは、ホンダやトヨタ、ボストン・ダイナミクスなどを上回る数であり、同社の技術力の高さを示しています。
上述のとおり、先月19日に北京で開催されたハーフマラソンには、UBTECHと北京ヒューマノイドロボットイノベーションセンターが共同開発した「Tiangong Ultra(天工)」が参加し、2時間40分で完走しました。このニュースはヒューマノイドの運動能力向上を世界に示すこととなり、同社に対する関心はさらに高まっています。
しかし、現時点では多くのロボットが転倒や過熱、バッテリー交換などの問題に直面しており、完全な自律性や実用性には課題が残っています。また、米中間の貿易摩擦や技術制限も、ロボット産業の成長に影響を与える可能性があります。
UBTECHは、現状では教育や製造業、物流等の分野で導入が進んでいますが、今後は医療や介護、サービス業への展開を企図しています。商用化に向けて、技術面やコスト面での課題解決に取り組んでいるようです。
いずれにしても、総じて、UBTECHは中国のヒューマノイド産業を牽引する存在として、今後の動向が注目されています。
3.iPhone発売のような瞬間
3社目は「フーリエ・インテリジェンス(Fourier Intelligence)」社です。2015年にアレックス・グー(Alex Gu)氏によって上海で設立されました。
当初は医療リハビリテーション用ロボットの開発に注力し、これまでに世界40ヶ国以上2000以上の医療機関に製品を提供してきた実績を公表しています。
2023年には社名を現在の「Fourier」と改め、一般用途向けのヒューマノイド市場に本格参入しました。
同年7月、上海で開催された世界人工知能会議(WAIC)において、Fourierは初の量産型ヒューマノイド「GR-1」を発表しました。
このロボットは身長1.65m、体重55kgで、両手で最大50kgの荷物を運搬可能です。時速5kmでの歩行や、障害物回避、坂道の昇降など、人間に近い動作を実現しています。また、ChatGPTのような対話型AIを搭載し、人間との自然なコミュニケーションが可能です。
2024年6月、Fourierは「GR-1」に6台のRGBカメラを用いた360度の視野を持つ環境認識システムを導入しました。
このシステムは、鳥瞰図(BEV)、トランスフォーマーモデル、占有ネットワークを組み合わせ、ロボットが周囲の環境を高精度で把握し、リアルタイムで物体を検出・追跡することを可能にします。
これにより「GR-1」は人間に近い精度での空間認識とナビゲーションを実現しています。純粋なビジョンベース(視覚情報)の環境認識であり、知覚技術の革新です。
2024年9月、Fourierは「GR-1」の後継機となる「GR-2」を発表しました。GR-2は身長1.75m、体重63kgで、片手での荷物運搬能力を高めました。
バッテリーは着脱式となり、稼働時間が1時間延長されました。また、内部配線の統合により、よりコンパクトで洗練されたデザインを実現しています。
2025年3月、Fourierはヒューマノイドの開発促進を目的として、オープンソースのデータセット「Fourier ActionNet」を公開しました。
このデータセットには、手の巧緻な動作や家庭内作業など、3万件以上の高品質な実機トレーニングデータが含まれており、研究機関や開発者が高度なロボット制御アルゴリズムの開発に活用できるようになっています。
Fourierは、医療リハビリテーション分野で培った技術と実績を基に、ヒューマノイドの一般用途への展開を進めています。GRシリーズは、産業生産、災害救助、高齢者介護、家庭内サービスなど、幅広い分野での活用が予想されます。
今後は、さらなる動作の精密化や自律性の向上、コスト削減などが課題となりますが、Fourierの技術革新とオープンな開発姿勢がヒューマノイドの普及と進化を加速させると期待されています。
調べれば調べるほど、ヒューマノイドのみならず、多くの科学技術、産業技術分野で日本が世界から取り残されつつあるイメージが強まります。実際はそうでないことを祈ります。
上記3社の最初に紹介したUnitree創業者の王氏は、ヒューマノイド分野においては、3~5年以内に「iPhone発売のような瞬間」が到来すると予測(予言、予告)しています。(了)