【Vol.557】トランプ関税

EUがTPPとの連携を打ち出すなど、トランプ関税を巡る各国、各地域の動きから目が離せません。と思っていたら、今日は日米交渉に突然トランプ大統領が登場。世界を翻弄しているトランプ大統領ですが、迷走しています。市場は大混乱。想定の範囲内とも言えますが、今後の展開は予断を許しません。

1.トランプ関税騒動

4月9日、トランプ大統領は発動したばかりの相互関税の上乗せ分についてわずか半日あまりで方針転換。発動を90日間停止すると表明しました。

トランプ大統領は「報復しなかった国には90日間の猶予を与えた。なぜなら彼らに『もし報復すればこちらも倍返しするぞ』と伝えていたからだ。実際、中国が報復してきたから私は言った通り倍にした」と説明。

中国は10日から相互関税の報復として追加関税を84%に引き上げると発表。これに対してトランプ大統領は中国への追加関税を125%に引上げ、即時発動すると発表しました。

有言実行なのか、朝令暮改なのか、よくわかりませんが、とくかく各国を振り回していることは事実です。そもそも各国の現在の関税率の計算から怪しげですし、とりあえず「迷走」と表現するのが最も適当でしょう。

その後も、自動車・スマホ・半導体・医薬品等、重要品目への方針を相次いで打ち出していますが、それも二転三転。修正や変更が常態化しています。

現時点では内容が不明確、不確定なので、トランプ関税政策と言わず関税騒動と表現しますが、トランプ関税騒動は米国自身を含め、各国の景気の先行きを揺さぶっています。

米国では大幅な関税引上げによる輸入価格上昇による物価上昇、企業収益悪化、インフレによる消費減速が懸念されています。不況下の物価高、スタグフレーションに陥る公算が大きくなっています。

米国の平均関税率は28.0%に達し、関税額は対GDP(国内総生産)の約3%に及ぶと予想されています。28.0%という平均関税率は、主要国がブロック経済化を競った1930年から35年頃の平均18.4%を大きく上回っています。

米国以外の国では関税賦課による米国への輸出減少が見込まれます。世界的な貿易縮小は不可避でしょう。世界経済が減速することで、どの国も景気への下押し圧力を受けます。

トランプ関税の最大の標的は中国です。最大の税率が課されました。また、これまで米国への迂回輸出元となっていた東南アジア諸国への高関税は、中国企業にとって痛手です。中国の成長率もかなり低迷する可能性があります。

EU(欧州連合)は報復関税を課す構えを見せましたが、フォンデアライエン欧州委員会委員長は米欧間の「関税ゼロ」も提案。硬軟織り交ぜた対応をしています。冒頭に記したとおりTPP(環太平洋経済連携協定)との連携も模索するなど、様々な工夫を行うと思われますが、それでもEUの成長率も0%台と低迷するでしょう。

ウクライナ問題等、安全保障上の交渉とも相俟って、EUと米国の交渉は表向きの動きだけではわからない複雑なものとなります。深い洞察と分析が必要です。

日本への関税は自動車等を除いて当面10%となる見通しです。日本は米国に対して報復関税を課すつもりはなさそうですので、日本の物価を押し上げることはないと言えます。

しかし、米国への輸出減少、世界経済の減速は日本のGDPを減少させる方向に作用します。日本企業のサプライチェーンに組み込まれている東南アジア諸国の関税率が高くなっていることも打撃です。

関税引上げは小売価格に転嫁されないと企業収益を悪化させ、転嫁されれば消費者物価を押し上げ、物価上昇は消費を冷え込ませます。トランプ関税騒動が継続するのであれば、今年以降は景気後退が続く可能性は十分にあります。

景気が悪化すれば中央銀行は金融緩和または引締路線の中断を迫られるでしょう。日本銀行は6月ないし7月に次の利上げが予想されていますが、トランプ関税騒動によって方針転換を迫られるかもしれません。ECB(欧州中央銀行)は現在2.5%の政策金利(預金ファシリティー金利)を1.5%にまで下げざるを得ないかもしれません。

物価高と景気悪化の板挟みになるFRB(米連邦準備制度理事会)も、景気減速でインフレ圧力がオフセットされるとわかれば利下げするでしょう。

トランプ関税に対しては米国内でも反対デモが起きてます。現実に物価が上昇し始め、景気減速が雇用減などの形で顕在化すれば、国民からの反発も大きくなる公算があります。

トランプ大統領は市場を軽視しても、中間選挙は重視するでしょうから、国民の反発は応えるでしょう。そうなれば関税の一部が撤回される可能性もあります。

トランプ大統領は、関税収入を減税延長やチップの非課税化などの財源に充て込むことも計画しています。減税が実現するとなれば、財源確保の観点から関税を恒久化せざるを得ない可能性が出てきます。

2.関税論争

せっかくの機会なので、改めて関税について考えてみます。関税とは、国境を超える商品の取引(貿易)に際し、取引される商品の金額や数量に対して一定割合の税金を課すことです。輸出業者から徴収する「輸出税」もありますが、輸入業者から徴収する「輸入税」が一般的です。

関税が導入された当初の目的は、国家の税収確保です。港湾や通関設備の整備、通関業務等の経費、さらには産業政策の財源等として、関税収入を当てにしました。

所得税、法人税、消費税の制度が未整備であった時代には国家収入に占める関税のウェイトはかなり高かったと言えます。現在でも途上国のなかには関税収入の割合が高い国が少なくありません。

関税のもうひとつの目的は、国内産業の保護・育成です。国内産業が未発達の状況で外国との競争に晒されると、国内産業が打撃を受けます。そうした事態を回避するために、競争上の不利を是正するために関税が設定・維持されます。農産物関税はその典型であり、国内農業を維持するため諸外国からの輸入農産物に対して関税をかけて輸入の増大を防いでいます。

関税のあり方に関してこれまで多くの論争が行われており、関税論争の歴史は、そのまま経済学(特に貿易論、国際経済学)の発達の歴史でもあります。

第1は重商主義です。16?18世紀は世界的に封建制や絶対王制の時代であり、イギリスの東インド会社に代表されるように、国家が貿易に深く関与していました。富の源泉を輸出と輸入の貿易差額に求め、国による産業保護と輸出奨励を行う重商主義が推進されました。

第2は自由貿易主義です。アダム・スミスは重商主義を批判し、自由貿易(交易)による分業こそ経済発展の源であるとの考え方を自著『国富論』において主張しました。スミスの自由貿易論を体系的に整備したのがリカードの「比較優位説」です。リカードは関税による農業保護に反対し、1846年に穀物法が廃止されました。

第3は、自由貿易主義に対する反論です。マルサスは食料の安定供給という観点から穀物法を擁護し、リカードと対立しました。また、ドイツの経済学者リストは、産業発展の遅れた段階で自由貿易を採用すると産業の発展が阻害されるとして、関税による保護貿易を主張しました。

こうした自由貿易主義と保護主義の論争は明治期以降の日本でも起き、今日に至るまで続いています。

周知の通り、日本は江戸時代に鎖国政策をとっており、長崎の出島におけるオランダ、中国との貿易を例外として外国との自由な貿易を認めていませんでした。しかし、黒船来航(1853年)以降、米国からの圧力に押されて、日本は1858年に日米修好通商条約を結び、横浜など長崎以外の港での貿易も認めることになりました。

米国以外とも同様の条約を締結しましたが、これらの条約は日本の関税自主権を放棄する内容を含んでいたため、その後の日本は、この不平等条約の改正、関税自主権の回復に多大な外交努力を注ぐことになり、関税自主権回復が実現したのは条約締結から約50年を経た1911年のことでした。

3.脱・優等生外交

ここまでの段階が今から約100年前、1929年の大恐慌までの関税を巡る考え方、貿易を巡る経済学の歴史の骨格です。

大恐慌によって1930年代に世界の経済状況が悪化すると、自由貿易を標榜していた英国も自国産業保護のため経済ブロック(英連邦特恵関税制度)を形成し、英連邦以外の国・地域からの貿易を制限しました。これを機に世界経済のブロック化が進み、第2次世界大戦の遠因となりました。

こうした展開に対する反省から誕生したのが戦後のGATT(関税及び貿易に関する一般協定)やIMF(国際通貨基金)、世界銀行です。会議が開催された地名に因んで、米国を中心とした「ブレトンウッズ体制」と称されました。

敗戦によって占領統治下に置かれた日本は1952年に独立し、その後、戦後復興、高度成長の時代に入りました。対米敗戦とその後の東西対立等の状況を鑑み、1955年にGATTに、翌1956年に国連に加盟し、国際社会に復帰しました。

そして1960年に貿易為替自由化大綱を策定。日本は貿易を原動力とした経済成長を目指し、GATTの関税削減交渉(ラウンド)にも積極的に参加しました。

GATTの加盟国数増加に伴って世界の関税率も徐々に低下。GATTは経済のグローバル化を進める原動力となり、1995年にはWTO(世界貿易機構)へと発展していきました。

共産主義の中国も2001年にWTOに加盟し、ロシアも2011年に参加。世界の自由貿易体制はGATT、WTOの下で発展する一方で、新たな問題も早くから顕現化していました。

ひとつは、途上国の経済開発問題です。1960年代に、アジア、アフリカ諸国の独立が進む中、発展途上国側から先進国中心の世界経済体制に対する批判が強まりました。そのため、1965年にGATTの中に最恵国待遇原則の例外として途上国に対する特恵関税制度が設けられました。

もうひとつは新たなグループ化の動きです。世界的規模での関税交渉が進む一方で、FTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)、関税同盟等々、特定国間で関税を撤廃・削減するという内容も含む経済統合の新たな形態が広がり始めたことです。

グループ化、あるいは事実上の新たなブロック化とも言い得る動きです。GATTの最恵国待遇原則と矛盾する側面があるため、GATTは一定条件を満たすものに限ってこれらを是認。各国はその下で多くのFTA等を締結してきました。

GATT成立当初に存在したものはベネルクス関税同盟等、ごく少数の小規模なものでしたが、1958年にEEC(欧州経済共同体)が結成され、90年代にはEC(欧州共同体)と旧東欧諸国との間で多くのFTAが締結されるとともに、北米でNAFTA(北米自由貿易協定)が成立。2000年以降は、世界各地でFTAが乱立する状況になっています。

日本は1990年代までは経済ブロック化につながりかねないFTAや関税同盟を批判していましたが、世界的な潮流を受けて2000年頃から方針転換。以後は、FTA締結等を推進してきました。

筆者の国会議員時代は、日本だけが自由貿易主義、WTOという金科玉条に拘泥して世界の流れに乗り遅れていないか、その一方で新たなFTA等を締結する過程で関税引下等が行き過ぎていないか等々の議論を行われていました。その状況はまだ続いていますが、そうした中で登場したのがトランプ大統領です。

自由貿易理論では、関税等の保護主義的制度は国民の経済厚生を低下させ、貿易は自由化した方が良いとされます。しかし、話はそれほど単純ではありません。

日本はこれまで貿易自由化を進めてきたものの、WTOにおいても、FTAにおいても、最近ではTPP(環太平洋経済連携協定)においても、工業・農業等の国内産業の保護育成に加え、安全保障上の視点等も交え、様々な交渉を行ってきました。しかし、その成果の評価は難しいところです。

今回のトランプ関税騒動では、例えばコメに関しては関税率700%と一方的に言われています。非関税障壁も税率に引き直しているといいますが、どういう計算式か聞いてみたいものです。また、食料安全保障の観点から言えば、単純な自由貿易化を是とすることはできません。

TPPに米国が不参加のことはご承知のとおりですが、もともとTPPは米国がアジアへの輸出増大、アジア諸国の取り込みを企図して提案してきましたが、米国の国内事情で離脱。酷い話ですが、米国も同じような国内事情を抱えているということです。

トランプ関税騒動はまだ序盤戦です。日本としてはかつての「優等生外交(物分かりのいいい姿勢を示して、相手国や欧米諸国、国際機関等から称賛されることを好む外交)」をお家芸にしている余裕は全くないこと、日本の現在の国力をよく自覚したうえで、打開策を模索する必要があります。(了)